第2話決意

 孤児院でのパーティーの後、僕は夜道を歩いていた。院長先生が車で送ろうかと申し出てくれたけど断った。夜道の運転は危ないから。

 だけど後々のことを思えば、車で送ってもらったほうが良かったかもしれない。

 後ろから――いきなり殴られた。


「ぐはっ!」


 その場に倒れこむ。その後、複数の人間から思いっきり蹴られる。


「おいおい。こいつ全然金持ってねえぞ」

「はん。別にいい。楽しむだけだからよ」


 絶え間ない暴力を受けながら、必死に耐える。

 誰か、助けて……


「うわ! こいつ泣いてるぜ!」

「だせえな。大の大人が泣くか普通?」


 髪を引っ張られて、無理矢理顔を上げられる。

 黒地にオレンジの模様が描かれた覆面の男たちだ。

 唾が顔にかけられる。汚いし屈辱的だった。


「さてと。恨みはねえし殺しもしねえけど、楽しませてもらうぜ」


 きゃははと笑い声が響く。

 彼らが満足するまで、僕はサッカーボールにされていた。




 気がつくと病院だった。

 身体を動かそうとして動けないことに気づく。

 身体中、包帯だらけだった。まるでミイラ男だ。


「大丈夫ですか? ナースコール押します?」


 心配そうに僕の顔を覗くのは、病院服姿の男の人だった。車椅子に乗っていて、とても痩せている。


「お願い、します……」


 代わりにナースコールを押してもらうと数分後にお医者さんと看護師さんがやってくる。

 検温と問診をして、お医者さんが告げる。


「二週間で歩けるようになりますよ。それまで安静ですね」

「ありがとう、ございます……」

「何か欲しいものがあれば、ご家族に……そうだ。あなたのご家族は?」


 お医者さんは不思議そうに訊ねる。


「警察が連絡を取ろうとしても、所持品の住所にはあなたしか住んでいなかったと……」

「家族は……死別しました」


 その後は包帯を変えてもらって、ようやく一息ついた。

 どうやら六人部屋らしい。隣の窓際のベッドには先ほどの男性が横たわっていて僕に話しかける。


「一日中ずっと寝てたんですよ、あなたは」

「あ、それは……」

「ええ。悲鳴が酷かったです。ま、ごろつきに暴行されたらそうなりますよね」


 気遣ってくれるらしい。ますます申し訳なく思える。

 ふと見ると、枕元の棚に見覚えのあるフラワーアレンジメントが置いてあった。


「ああ。これですか。私の彼女が持ってきてくれましてね。今日も来るはずですが」

「もしかして、館山さんですか?」


 僕の言葉に男性は驚いて「彼女と知り合いですか?」と訊いてきた。


「その花、僕が作ったんですよ」

「へえ。これをですか! 何か縁がありますね」


 そんな話をしているからか知らないけど、館山さんが見舞いにやって来た。


「こんにちは。元気になった――って、双葉さん!?」




 僕は個室へと移された。僕が希望したからだ。悲鳴を聞かせたくないし、周りの人が寝不足になるかもしれなかったから。

 館山さんは彼氏――林光太郎さんという名前らしい――の見舞いのついでに僕にも会ってくれた。


「あなたもノワールのせいでこうなったんですね」


 館山さんはりんごを剥きながら話す。しかし不器用で全然丸いまま剥けなかった。こっちが心配するような手つきで切るものだからハラハラする。


「あなたもということは、林さんも?」

「ええ。同じように暴行されたんです。それで足が動かなく……」


 僕は二週間で良くなるけど、林さんは――


「許せないですよね。どうして悪い人が得をするんだろう……」


 また僕の前で泣いている。

 悲しかった。

 何が悲しいって、目の前の女性が泣いているのに、自分が何もできないのが、悲しかった。

 両親が死んだときも、僕のトラウマのときも、僕は何一つできなかった。

 無力な僕が――悲しかった。


「でも、ヒーローズが街の浄化作戦に協力してくれるそうです。だから安心できます」


 無理矢理笑う館山さん。心からの笑顔じゃない。

 僕はこのとき、決意した。

 この人が心から笑えて、安心できる街を取り戻そうと――




 柳田先生に頼んで自宅からノートパソコンを持ってきてもらった。僕は入院中、それを使って弱い僕でも戦えるようなスーツの設計図を作製した。加えて武器も考える。電気を纏った警棒を武器にしようと決めた。誰も傷つけることもなく、それでいて効果的な武器。

 設計図が出来上がる頃には、僕の身体は治っていた。世話になったお医者さんと看護師さん、林さんに別れを告げて、花屋の店長の水野さんに会いにいった。

 水野さんはお見舞いに何度か来てくれて、退院も喜んでくれた。


「元気になったわね! でも無理は禁物よ。十日ほどゆっくり休んでもいいけど、どうする?」

「そうですね……ではお言葉に甘えます」

「有給扱いにしとくわね。それじゃ、お大事に」


 柳田先生にもお礼の電話をして、いよいよスーツと武器作りを始める。

 入院中に注文した道具や材料を使って、一人で作り始める。これらの代金は両親が残してくれた遺産で買った。

 ほとんど休まずに十日かけて作ったけど、完成しなかった。仕方なく働きながら作る。

 ようやく出来上がったのは製作して一ヵ月後だった。


 身に纏うと思ったよりも暑苦しい。軽いカーボン素材で作ったので動きやすい。頭に被る兜のような帽子の内側にはジェル状の緩衝材を入れた。

 花をモチーフにしたデザインはとてもヒーローに思えない。まるで宴会芸かお笑い芸人みたいだった。

 よし。これで準備はできた。

 これからヒーローズの事務所に向かおう。




 簡単な試験と実技、そして身辺調査を受けて、僕はヒーローズの一員になった。


「よろしく頼むよ。君は今日から『フラワー』と呼ばせてもらう」


 ヒーローズの幹部、オウルに肩を叩かれた。その名のとおりフクロウをモチーフにした服装をしている。

 同じ部署と言えばいいのか分からないけど、とにかく所属しているのは三人組の女性たちと大きなマントを着ている男性一人だった。女性たちはそれぞれルビー、サファイア、エメラルドと呼ばれていた。ジュエリーズというトリオらしい。男性はバロンと呼ばれている。


「よろしくお願いします」


 初日に挨拶したけど、快く応じてくれたのはバロンとエメラルドの二人で、ルビーとサファイアは返してくれなかった。

 そして僕に任されたのは街の治安維持だった。ノワールの覆面たちを見つけて懲らしめるのだ。

 結果として任務自体は成功した。スーツは防御性に優れていて、大した装備もしていない覆面たちの攻撃は効かなかった。


「素晴らしいね。私も見習わないとな」


 事務所でバロンは褒めてくれた。オウルもよくやっていると言ってくれた。

 しかしルビーは冷やかな視線でこう言った。


「雑魚なんか相手にして、いい気にならないでよね」

「ぼ、僕はそんなつもりは……」


 もごもごと言い訳をするとルビーは鼻を鳴らしてその場を去っていく。


「気にするな。ルビーはノワールの幹部相手に戦っているが、戦果を挙げられないんだ。それで苛立っている」


 バロンは優しく慰めてくれた。本当に良い人だった。

 でもそんなバロンもそれから三日後、死んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る