第十四話 宰相は好敵手と再会します

君の家ヴァランタンの兵士たちは強いね。あっという間に帝宮までが制圧されていきそうだ」


 宰相は心底から感心するような声をあげるが、その先頭に立つのが四十代すぎのはしゃいだ母――シルビア・ド・ヴァランタンであり、兵士たちが手にしているきらびやかな武器がご近所の貴族の屋敷から徴発されたものだと思うと私――二等書記官にとうしょきかんアンナ・ド・ヴァランタンは目がくらむ思いであった。


 いつも我が家の門番をしている男が喜々として魔物を氷漬けにしている槍はお向かいさんの子爵家に秘蔵されていた氷槍リ・オ・レである。かつて魔王が消えぬ呪われた炎を召喚したときに炎を凍らせるために第六代勇者の時代に作られた魔法の槍である。溶けることなき白き氷結を核に魔法で加工されたこの槍は穂先に触れたすべてを凍てつかせ、細雪のように四散させる。


 門番のさらに奥ではメイド長が神経質そうな細い目で魔物たちを切りつけている。彼女の手にあるのは閃剣シャルロットだ。確か二軒隣のなんとかとかいう辺境伯の持ち物で伝説の聖女シャルロットが二代目勇者に与えた光剣である。この光の刃を持って勇者は闇の魔人を切り裂いたという。しかし、二代目勇者は相当に女たらしだったらしくこの手の話が多い。そういえば剣士トフィーが憤死する理由も二代目勇者の女性問題だった。


 メイド長の動きを補佐するように剣を振るっているのは執事見習いだ。


 彼はメイド長の死角にいる敵を的確に沈め、遠距離から狙ってくる魔物を剣から発する雷撃で焼き尽くしていく。見たことがないので自信がないが彼が手にしている巨大な剣はまさに噂の剣士トフィーが持っていた雷光剣バーチ・ディ・ダーマではないだろうか。だとすればこの戦場には二代目勇者に寝取られた男の武器と捨てられた女の作った武器があることになる。なんとも皮肉な話である。


 ほかにも料理係が肉切り包丁のように振るっている刀や衣装係が魔法を連発している杖も相当な名品であるに違いない。


「なんですかこれ? これじゃ武器の博覧会じゃないですか」

「だけどこれで市街は一気に抜けられそうだよ」


 兵士達の先頭では白馬に乗った母が景気良く魔力の込められた武器を投げ飛ばしている。投射された先では轟音と爆発が魔物たちを襲っている。魔物側から見ればわけのわからない天災がやってきたようにしか見えないに違いない。


「しかし、帝宮を守る近衛にこちらが魔王軍の後ろから追撃を加えることを知らせないと、こちらの二師団だけでは長期間は戦えませんよ。これを消耗戦だと割り切ってすりつぶし合うなら別ですけど」

「では、敵後方を攻める前に西部貴族街にある塔の一つを押さえよう。そこから帝宮に指示をだそう」

「塔で一番高いのはです。ですが、気が進みませんね。あそこは監獄ですよ」

「そういっても最近は使ってないから誰もいないんじゃない?」

「まぁ確かに、あそこは大逆人専門の監獄ですからいまは誰もいないでしょう」


 清貧の塔は帝国が大陸を征服したあとはじめての反逆者ルルリエ・アークウィンを閉じ込めた監獄である。帝国最高の軍師と呼ばれた祖母の才を受け継いだと言われるルルリエの反逆には様々な理由が語られているがいまだに様々な謎を残している。


「師団長。清貧の塔を制圧したい。悪いが中隊を二個ほど貸してくれるかな?」


 宰相が師団長に声をかけると、彼は中隊長の中から一番戦歴の長そうな中年男性を呼び寄せた。


「クグロフ。宰相に従って塔を押さえろ」


 クグロフと呼ばれた中隊長は八文字のヒゲをなぜると「了解いたしました」と野太い声を出した。


「師団長。本隊はこのまま前進し、塔からの合図を待って帝宮で近衛と争っている魔王軍の背後を襲ってくれ」

「ほかの貴族の動きは気にせずともよろしいのですか?」


 師団長がやや心配そうな顔をするが、宰相は首を左右に振った。


「もし、貴族が動けばあてにすればいい。だが、彼らが動かないことを前提に戦ってくれ」

「分かりました。では騎兵師団は市街二十八区に布陣します」


 片手を上げて師団長はほかの騎兵に指示を出すとヴァランタンの軍勢に蹂躙された市街へと進んでいった。残された中隊長のクグロフは重たそうな鈎爪のついた槍を肩に担ぐと、私たちに訊いた。


「帝宮の方は呼応してくれますかね? いまの近衛団長は貧乏貴族の三男坊で剣しかとりえのないお人でしょ?」

「それは大丈夫だよ。彼が無能なら帝宮は既に落ちていただろう。それに私は彼にはあったことがないが信用はしているんだ」

「なぜです? 近衛団長は会ったこともない相手なんでしょう」


 中隊長は理解しかねるといった様子で首をひねる。


「私は前の近衛団長を知っている。そして、アイツがあとを任せたのがいまの団長だ。無能を後任にはしてはいないさ」


 宰相はそう言って笑うと西部に向けて動き出した。そのあとを私と中隊長が続く。西部貴族街には魔物がチラホラとは見えるが数は多くない。貴族の屋敷からは弓兵が尖塔や石壁の上から散発的な攻撃を魔物に行っているらしく風鳴りが遠くで聞こえる。


 私たちの部隊がうまく路地を抜けるとひときわ大きな塔が見えた。

 塔の周囲には数匹の魔物がいたが騎兵が弓で片付けた。だが、中隊長が渋い顔をした。


「もしかすると塔の中に敵がいるやもしれません」

「戦闘になるか……」

「敵があの塔を占拠しているとすれば。帝宮内部の様子と市街の様子を監視するためでしょう。いま倒した雑魚ではなく相当な強敵がいるかもしれませんぞ」

「それならなおさら行かなければならないよ。市民のためにも」


 宰相はそう言って塔の入口を押す。扉の閂はすでに魔物に壊されていたらしく簡単に開いた。中隊長はその様子を黙って見守ると部下を引き連れて扉の中へ突っ込んだ。埃臭い塔の内部は上へと向かう螺旋階段と階層ごとに真横に伸びたいくつかの部屋でできているらしい。兵士たちは乱戦に備えて長柄の武器から小型の剣や鈍器に持ち替えている。


 一階にいた数匹の魔物たちは兵士たちに囲まれて沈黙する。短い静けさのあと塔の上部で激しい金属音がした。金属音に紛れて聞こえる声は誰かに怒りをぶつけるように鋭く激しいものだ。中隊長と宰相は黙ったまま階段に足をかけるとそろそろと塔を登っていく。


 上部まで登ってくると声がだいぶ聞き取れるようになった。


「仮にも魔王軍四天王だったんだ。抵抗くらいしてみたらどうだい?」

「檻の中にいる者を一方的に攻撃してよく言う」


 声のする部屋を覗けば、監獄の中に見知った顔の青年が繋がれている。そして、檻の前には人のように二足でありがらも脚には禽獣のような鋭い爪をもち、手には極彩色の羽を生やした異形がいた。異形の怪鳥は尖った嘴を揺らして甲高い声で笑うと極彩色の羽を投げナイフのように飛ばす。


 羽は真一文字に飛び出すと青年の腰に突き刺さる。


「そうだった。お前は剣がないとダメだったんだよなぁ。ご自慢の暗黒剣リベリオンも魔剣ムラマサも壊れちまった挙句に捕虜とは情けないよなぁ。ルシエンテ」

「その情けない捕虜にちまちまと羽を飛ばすしかないお前も情けないがな、コンフィズリー」


 ルシエンテは拘束されていない左手で腰に刺さった羽を抜き取ると地面に投げ捨てる。コンフィズリーと呼ばれた怪鳥は嘴と腕の羽を震わせると甲高く鳴くとさらに数十本の羽をルシエンテに突き立てる。


「口に気をつけろ。お前が捕まってる間に俺が四天王になったんだ。お前の代わりにな」

「それはおめでとう。その四天王さまが俺をどうするつもりだ?」

「決まってるだろ? 殺すのさ。魔王軍の恥だからな」

「……違うだろ? コンフィズリー。お前は怖いんだろ。俺が生きていれば四天王から降格されるかもしれない。そう思ってるんだろう?」


 全身から血を流しながらルシエンテは笑う。反対にコンフィズリーは脚に力を込めて床板に爪を突き立てる。


「お前の強さは魔剣があってのもんよ! 俺のような全身凶器が剣をなくしたお前を恐るわけがないだろ!」

「……確かに俺は魔剣をなくした。それでもお前には負ける気がしないな」

「なら檻の中の小鳥として死ね!」


 コンフィズリーが再び羽を飛ばそうと全身を毛羽立たせたときだった。


 宰相は階段を駆け上がると手にしていた剣を檻の中へ投げた。剣は一度牢獄の壁にぶつかり鋭い金属音を立てたあとルシエンテの唯一自由な左手に収まった。その瞬間、ルシエンテが笑った気がした。だが、彼の表情を確認するよりも早くいくつもの斬撃が周囲を斬った。


 檻は飴細工のように剣が触れたところから切断され、ルシエンテを拘束していた最後の枷は剣で軽々と打ち破られた。


「なっ!」


 コンフィズリーは何が起こったか分からなかっただろう。籠の中の鳥だと思ってルシエンテがあっというまに籠を破って出てきていたのだ。毛羽立たせていた羽は檻を切り裂いた斬撃で吹き飛ばされ無防備になったところを彼は頭から切り落とされて鳴くことさえもできなかった。


「素晴らしい差し入れでした」


 ルシエンテは宰相を見つけると照れくさそうに謝意を表した。


「久しぶりだが元気そうだね」

「あと……俺を捕まえるように命令した女か」


 宰相に対する好意的な反応とは反対に私を見つけると彼は親の仇を見つけたような顔をした。なにか私が悪いことをしただろうか。役人として私は当然のことをしたのだが、正論というのはなかなか理解してもらえないものらしい。


「魔王軍が帝都を攻めていてね。あまり時間がないんだ」

「コイツから聞きましたよ。四天王首座である煉獄の大将軍ロスキーリャが来てるそうですね」

「私もいま来たところで敵の大将までは知らなかったんだ。そうか。煉獄の大将軍ロスキーリャが相手だったんだね」

「では宰相はなぜこの塔へ? 捕虜を見せしめとして殺すためですか?」


 平然とした顔でルシエンテが微笑む。


「君を殺すつもりならさっきの鳥人間に任せてたよ。私はこの塔自体に用があるだけだよ。君についてはこのまま逃げてもらって構わないよ」


 宰相は真顔で言うと中隊長たちが慌てたように剣を構える。さきほどの戦いを見る限り四天王ルシエンテの剣技にいささかの衰えもない。正直に言えば今いる人間の中ではまともに対抗できないに違いない。


「俺がこのまま魔王軍に戻って攻撃してくるとは思わないのですか? それとも俺は敵にもならないと?」


 少しの悔しさをにじませてルシエンテが問いかける。


「いや、君は強いし敵にするのは怖い。だがね。この戦いだけに限れば君は私の不利になるようなことをしない気がしたんだ」

「なぜです?」

「君は私と一緒にルッジェロを倒してくれた。それではダメかね?


 ルシエンテは宰相の言葉を聞くと「これはかなわない」と小さく漏らした。


「あなたはなぜそこまで強いのだ。剣技もたいしたことない。魔法も他の武技もそうだろう。でもあなたは絶対に退かない。俺はあのとき二度心を砕かれた。剣技でベンに負け、絶対の自信を持っていた魔剣をルッジェロに砕かれた。でもあなたの心は一度として破れなかった。いまだって魔王軍に勝つためにあなたは働いている」

「……私だって無理だと思うことがあるよ。だけどね。役人である私が諦めたら、諦めていない人々に合わせる顔がない。可能性が少しでもあるなら、少しでも民のためになるなら止めるという選択肢は出てこないんだよ」


 宰相はそう言って塔の頂上へと向きを変えた。ルシエンテは宰相が投げた剣を握り締めると言った。


「どうだろう。俺を雇わないか? 暗黒魔剣士ではなくなったが剣士としてもまだまだいけてると思うんだが」


 ルシエンテは宰相の背中に売り込みをかけると楽しそうに唇を緩めた。


 宰相は振り返ってルシエンテを見たあと私の方を見ると訊ねた。


「傭兵の緊急雇用は許されるのかな?」

「……そうですね。今回の場合は戦時特例第百五号に当たりますので、傭兵の緊急雇用と運用が認められます」


 答えると中隊長たちは慌てたように手を振ったが、宰相は私の回答に満足したように頷いてみせた。


「では剣士ルシエンテを雇うよ。すぐに戦闘になるけど構わないね?」

「それこそ望むところですよ」

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