第九話 宰相は反乱を未然に防ぎます

 私――二等書記官アンナ・ド・ヴァランタンは伏し目がちにこちらを伺う三人の中年男性と頑なに目を合わせまいとするトカゲのような尻尾を生やした女性にため息混じりで尋ねた。


「宰相。私が頼んだお仕事はなんだったでしょうか?」


 困りきったという表情で宰相はこちらを見ると歯切れの悪い様子で「属州アーモッドの州都サンドラでの潜入捜査です」と答えた。今回、宰相に与えられた仕事は、東部地域でいつまでも姿を現さずに隠れている敵を探し出すことである。


「ですよねぇ。じゃー宰相のとなりですいませんを繰り返してガタガタ震えているのは誰ですか?」


 私は目線を動かして宰相のとなりで愛玩犬のように小刻みに震えている中年男性を睨みつける。男性は私と目が合うと「ひっ」と小さな悲鳴を上げると地面にのめり込むように額をこすりつけた。


「どうか命ばかりはお助けください。これからは帝国のために身命を捧げ、いかなる命令をも受け入れます。どうかどうかご容赦ください!」


 地べたに涙と鼻水をぶちまけながら命乞いする男の姿に私は何とも言えない気持ちになった。


「私はあなたが誰か訊いてるんです。くだらないことをグチグチ言わないでもらえます? 私は忙しいんです。ただでさえ聖水の違法販売を摘発する間を縫ってここに来ているんです。砂時計の一粒が砂金と同じだと思ってください」


 男は嗚咽でとぎれとぎれになる声で「私はこの地にありましたアーモッド王国で騎士の家系にありましたコンラッド・タルトタタンと申します」と言った。


「で、宰相。このコンラッドさんはどうしてこんなに必死にかつ哀れに謝っているのですか?」


 私が言葉の矛先を宰相に向けるとコンラッドは死にそうな顔をすこし緩めた。代わりに宰相がきょろきょろと動き回る目で私の質問に答える。


「彼は私とマジョリカが州都サンドラに入ったときちょうど兵を集めて反乱を起こそうとしていたんだ」


 宰相は額から玉のような汗を拭き出させて三人目の男に視線を送る。私はそれに合わせて視線を動かした。


「なるほど、宰相がこの地についたときまさに反乱が起きようとしていた。では、次の質問です。そこでひき殺されたカエルのように地面にひれ伏している属州総督はそのとき何をされていたのですか?」


 三番目の男である属州総督バタール・カンパーニュは私が声をかけると大柄な体を貝のように固くした。


「わ、私は……」


 バタールは奥歯に何か挟まったようなようすでごにょごにょと聞き取りにくい声を出した。私ははっきりしないその物言いに腹が立ち床を大きく踏み鳴らした。総督府の大理石の床にするどい音が響き渡る。その音に合わせてバタールは怖がるように肩を揺らした。


「はっきり言ってください」

「すいません。私は……、私は」

「私は?」

「……私は反乱に参加しておりました!」


 やけくそのような大声でバタール叫ぶ。


「なるほど。つまり、お二人とも帝国に対して反旗を掲げていたと。では九族皆殺しですね。書類に家族の名前を記入してください。迅速に手続きをすませて明日の午後には処刑を致します」


 私が処刑者名簿を手渡すと、コンラッドとバタールの二人がそれぞれに涙を流す。


「家族は関係ないんです。私、一人の企みなんです。来月には息子の嫁が初孫を生むんです。どうか、息子家族だけでも助けてください」

「私はどのような刑でも構いません。どうか、妻だけは……妻だけは……」


 二人の中年男性が私の足元で泣き叫ぶ。


 なんだろう。私は正しいはずなのにひどく悪い人間のような構図ができている。そもそも、反逆は九族皆殺しというのは子供でも知っているようなことなのだ。それをこの男たちは何を言っているのだろうか。


「頼むよ。彼らを許してはくれないか。反逆と言っても彼らは広場に集まってすぐのところをマジョリカにボコボコにやられて何もできなかったんだ。今では反省して忠実な帝国の臣民になると誓っているんだ。だから……」


 私は片手で宰相の言葉を止めると、柔らかな微笑みを浮かべてみせた。三人の男性も釣られてにこりと笑った。人は誰もが道を誤ることがある。許すこともまた必要なことに違いない。


「まぁ、それはそうとしても罪は罪ですから。諦めてください」


 二人の反逆者はすっかり心が折れたように座り込むと放心したように口を開けたまま動かなくなった。

「そこを曲げて頼むよ」

「いや、反逆は見逃せないですよ。」

「そこをなんとか!」


 宰相が両手を合わせて私を見つめる。その背後では二人のおっさんが期待と不安が入り混じる瞳をこちらにむける。彼らはここで私が折れて喜劇のように罪を許すことを望んでいるに違いない。ならば、私のするべきことは一つしかない。


「分かりました。反逆を悔いている二人に今一度、機会を与えます。帝国にとって有益な情報をもたらした一人の命を許します。もう一人はたいへん残念ですがご家族ともども断頭台に登っていただきます」


 コンラッドとバタールは少しの間、お互いの顔を見合わせて黙ったあと急に表情を変えた。


「はい、このバタールは帝国が魔王軍との戦いが続いていることをいいことに属州での税金を本国に送らず、みずからの懐に入れてました」

「あ、てめぇ。言いやがったな! お前も旧アーモッド王国の再興を言い訳に豪商から金を巻き上げたり、帝国軍の補給物資をかすめ取ってやがったくせに!」

「うるせぇ、お前なんか属州兵の給料をちょろまかしたり、随分と甘い汁を吸ってきたじゃないか」

「こんな田舎な属州総督なんてそれくらいの旨味がなけりゃやってられるか!」


 二人の中年たちはお互いの暗部を押し出しながら、絡み合うようにつかみ合うと殴り合った。それは市井の人々が熱中する闘鶏のように騒がしく見苦しい争いだった。


「なるほど、良くわかりました」


 私が大きな声で頷くとコンラッドとバタールは自分こそは助命されると思い込んだ柔らかい表情を張りつけていた。


「では、この大逆人コンラッドを刑場へ!」

「いえいえ、この邪悪なる総督バタールを刑場へ!」


 仲良さそうに互いの首をつかみ合う彼らに私は生暖かい視線と一緒に言葉を向ける。


「二人とも助命する価値なし。死刑」


 コンラッドとバタールはしばらくつかみ合ったままそれぞれの顔を見あったあと絶望的な表情で力なく拳をほどいた。


「しかし、宰相はどうしてこんな二人を助けようと思ったのですか?」

「確かに彼らには弁護するところはないんだけど、反乱は未然に防いだし。なにより規模がね……。こういうと悪いんだけどこの二人の身の丈にあったものだったんだ」


 そういえば、反乱の規模を私は知らない。だが、仮にも属州総督をも抱き込んだ反乱だ。


「ちなみにその身の丈に合った反乱は何千人が加担したのですか?」

「四十人」

「……四十人? 属州総督が参加してどこぞの盗賊団くらいの規模だと?」

「だから、彼らは金も権力もあったんだけど、人望はこの上なくなかったんだ。結果、蜂起の檄を飛ばして町の広場で気勢を上げていたんだ」


 四十人という数は、個から見れば多い。だが国から見れば塵に等しい。


「つまり、彼らは馬鹿なんですか?」

「うん、そもそも帝都にいる君のもとにまで地方の異変が届くというのが変なんだよ。普通、反乱をするなら必死に情報が広まらないようにするんだ。でも、彼らはびっくりするほど人望がなく仲間が集まらなかった。属州の役人がこっそり帝都に異変を知らせるくらいにね」


 なるほど。私は事態を理解すると、致命的に人望がなかった二人を見た。中年男性たちはお互いの事をなじりながら涙を流し、大理石に座り込んでいた。


「これもかれも総督の部下であるミケーレの話なんか聞くんじゃなかった!」

「ミケーレ? あれはお前の部下だろう! アイツはいつも都合のいいこと言いながら今回の反乱には来ないし!」

「全くだ! ミケーレめ。あいつも同罪だ!」


 すごく気になる発言だった。


「ちょっと待ちなさい。そのミケーレって誰なんですか?」


 私が訊ねると二人は相手の顔を指さして「コイツの部下ですよ」と言った。


「これは見事に担がれたんじゃないですか?」

「みたいだね」


 宰相は珍しく呆れたというような顔をした。コンラッドとバタールの二人は私たちが何にあきれているのかわからず困惑した表情で座り込んでいる。


「しかし、属州を巻き込もうとしたミケーレという人も驚いてるでしょうね。まさか、権力者である二人がこれほどまで人望がないとは」

「そうだね。町の人たちも広場で騒いでるこの二人のことあからさまに避けてたし。そうとう人気がないんだろうね。普通、亡国の遺臣とか現役の属州総督っていうのは人々から慕われているものなんだけど……」


 私と宰相がため息をつくと、二人の反逆者は「いや、今回はたまたま」と言い訳をしたがそれさえも不人気な理由な気がした。


「えー、帝国に逆らった逆賊のお二人様。どうしても生きたいですか?」


 二人は犬のように首を縦に振る。


「では、命令します。あなたたち二人をそそのかしたミケーレなる人物を探しなさい。宰相の忠実な犬としてあなたたちを反乱へと誘い込んだ人物を捕縛しないさい。それをもって罪を減じます」


 私は二人に言い終えたあと、宰相に言う。


「では、次の職場の説明をします。宰相にはこの二人の小悪党を猟犬にしてミケーレなる不審人物の正体と居場所を捕捉してもらいます。よろしいですね」


 宰相が頷くと背後にいたコンラッドとバタールがこれは逃げ出す機会があるかも、というような表情をした。私はずっと私たちのやり取りを呆れた様な表情で聞いていたマジョリカに「この二人が逃げたり、攻撃してきたら殺していいわよ」と微笑んだ。


 マジョリカは本気かと二度訊ねてきたので「全く構わない」とはっきりと伝えた。

 二人の反逆者は龍の力をもつマジョリカと単純な権力を持つ私を見て死にそうな顔をした。

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