第八話 宰相への手紙
拝啓、私の敬愛する上司であり東部戦線へ逃亡中の元宰相閣下。
今回は残念なお知らせとさらに残念なお知らせがあるので筆を執りました。
一つは、勇者決定戦は無期延期となりました。参加者の素性を詳細に調べずに四天王である暗黒魔剣士ルシエンテに侵入を許したということが、その大きな理由です。そのため準々決勝まで残っていた参加者は身元を調査したうえで勇者候補生という曖昧な待遇で軍に編入されます。小康状態にある東部戦線にも誰かが配属されると思いますのでお会いになったときは声くらいかけてあげてください。
二つは、壊れた勇者の盾のことです。破片を集めて修理が可能か調べてみましたが、とても修理ができないということがわかっただけでした。そういうわけで勇者の盾については、北部属州ホルマで発見された光盾シャイニグナンがいかにも勇者が持っていそうな輝きを放っているのでこれで代替品としました。
なので、くれぐれも勇者の盾が壊れたことは内密にてお願いします。
もし、これがバレると大貴族の私はともかく平民出身の宰相は頭と胴が分離することになります。口を開くときは言の葉が断頭台の刃にかわることを常にご注意ください。
追伸、新しく竜の娘ができたことに関して娘さんから、気持ち悪いとの伝言を預かっております。次にお会いしたときにには表情込みでお伝え致します。
公私混同を許さないあなたの素晴らしい部下 二等書記官にして大貴族であるアンナ・ド・ヴァランタン。
「なんで昇進してるの? 君、三等書記官だったよね」
「帝都に侵入した魔王軍四天王を捕獲した功績ですよ。知らないんですか? 仕事をすると評価に応じて昇進するんですよ」
私が呆れたように目を細めると宰相は手紙をから目をあげてこちらを見た。
「君は戦ってなかったよね? 主にルシエンテと私が必死にあの変態を倒したじゃない?」
「あの変態とルシエンテが戦い。潰し合うように仕向けたのは私です。敵の敵は味方。これこそ謀略の基本ではありませんか」
「君は悪魔かなにかなのかな?」
しおしおと力なくうつむく宰相に私は燦然と輝く花のような笑みを浮かべた。
「悪魔? あなたの可愛くて可憐で有能な部下ですけど何か?」
「私はときどき君の将来が心配になるよ」
「安心してください。私が結婚するときは宰相には特等席を用意してきますので」
「えっ、そういう心配はしてない。……っていうか結婚するの!?」
天地がひっくり返ったような表情する宰相の頭に私は拳を加えた。宰相が鈍い悲鳴を上げるが気にしない。
「冗談です。いまのところ予定はありません。ですが私の権力と財産に蟻のように群がろうとする男たちは多いですから、変な男に騙されるという可能性も捨てきれません」
「いや、君はないよ。というか君にいいよってくる人のなかにロクなのいないよね」
「まぁ、国難のときですし今は仕事が恋人っていうかぁ」
私がモジモジして見せると宰相の口から煙のようにもくもくとため息が吹き出していた。深いどころではなく湧き出しているようだ。私は宰相を睨みつけると口だけを動かして悪意を伝えた。
「……あと、どうして手紙を君が持ってきているの? 手紙の意味なくない?」
「ええ、私も手紙で終わる予定だったのですが、追伸の部分を一刻も早くお伝えするためにやってまいりました」
「悪魔よ。去れ!」
目を見開いて怒りを表す宰相にひとまず満足した私は、本題を切り出した。
「冗談はそろそろおしまいにしましょう。宰相の次の職場の説明をします」
「……良かったよ。そろそろ私の心は砕ける寸前だったからね」
「ええ、私もこれ以上、宰相を言葉の刃で斬りつけると後ろからすごい表情で睨んでいる新しい娘さんに燃やされそうなので」
私と宰相が話している後ろで
伝説を詳しく調べたところ彼女は、人を模した姿で火山にひっそりと住んでいたらしい。あるとき火山に変態が訪れて一方的な恋に堕ちた。それから変態はマジョリカに付き纏い。追い回し、そして強制的にその身体と心を融合させた。
それから数百年、彼女の心は完全に擦り切れた。今いる彼女は変態から解放されて生まれ変わったような存在なのだという。そして、彼女は鳥類よろしく初めて見た相手を親だと認識した。それが宰相なのである。つまり、彼女から私は外敵に見えるのかもしれない。
「マジョリカ。大丈夫だよ。彼女は私の部下だ。別に私を傷つけたりはしない」
宰相が優しい声で語りかけるが彼女はきっとこちらを睨んだまま警戒を緩める様子はない。どうやら私は彼女に相当嫌われているらしい。彼女が変態から解放されるのに私も一役買ったというのにひどい話だ。
「では改めまして、次の職場の説明をします。現在、東部戦線は広域結界と蟲殺しの効果でじわじわと戦線を押し上げています。しかし、敵の蟲を操っている親玉は依然として見つかっていません。そこで宰相には敵の親玉がいると思われている地域に潜入していただき調査をしていただきます」
今回は調査が目的であり討伐は任務にはない。討伐は別の人間に命じられる手筈になっているのだ。
勇者決定戦は無期延期となったが準々決勝まで残った勇者候補生がどれくらい役に立つのか試したい、というのが軍部の考えである。解散となった勇者審議委員会としてはこのような運用は考えていなかったが決定戦自体がなくなった今としては口を挟むこともできない。
「東部と言っても広いけど場所は決まっているのかい?」
「はい、蟲の出現などからいくつかに絞られています。宰相にお願いするのは属州アーモッドの州都サンドラです。十年前に帝国からの独立を求めた属州の中の問題児が今回の行き先です」
属州内ではいまだに帝国派と独立派の反目があるという。
「分かった。行くよ。それで救われる民がいるのなら私はどこへでも行くよ」
宰相がそういうことは分かっていた。
だが、私はたまに思うのである。なぜそこまでできるのかと。
「お父様が行くなら私も行く」
美しい声だった。振り返ると先程までこちらをじっと睨んでいたマジョリカがいた。腰まで伸びた真っ赤な髪に炎のような明け色をした瞳の持ち主は笑うわけでも怒るわけでもなく超然とした表情をしていた。
彼女は当然とばかりに宰相の横に立つと「いいよね?」とこちらに訊ねた。
「そうですね。東部にはまだまだ魔物も多いですし、なにより毒を撒き散らすというバジリスクがいるといいますから用心棒が必要でしょう。許可します。でも、これはちゃんと隠してくださいね」
私が尻尾を引っ張るとマジョリカは身体をビクリと震わせた。どうやら尻尾を触られるのは苦手らしい。
「……分かった。隠す」
幸い東部では長衣が平服である。隠すには苦労しないに違いない。
「いいのかい?」
宰相が困ったような表情で訊ねる。
「いまの宰相は武器もありませんし用心棒は必要だと思っていました。彼女が名乗り出なければフォン・ダン・ショコラ様あたりにお願いする予定でした」
実際問題、バジリスクが現れれば、倒せるのは勇者候補生かファン・ダン・ショコラ様かマジョリカくらいしかいない。さらに厄介なのは死体の処理である。毒の塊であるバジリスクは、死後も毒を垂れ流し地域一帯を汚染する。それを浄化するためには膨大な聖水が必要になる。
「なるほど。分かったよ。行ってくるよ」
「もう一度言いますが、あくまでも調査です。危ないことは避けてください」
「……珍しく心配してくれるね」
「はい、今回はついうっかりして娘さんの真似をしそこねましたので、宰相には早く戻っていただいて渾身の物真似で大いに凹んでもらわねばなりませんので」
私が言うと宰相は、何とも言えない表情で「ゆっくり行ってくるよ」と言った。
「早くていいですよ」
「……やだよ。本当に心折れるから」
そう言って宰相とマジョリカは新たな任務へと向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます