第六話 宰相は勇者を選定しないといけません

「宰相、いまの見ました!? 魔法剣士ウィズローの複合魔法剣を剣技だけで押し返しましたよ」

「漆黒の双剣士トゥロン。無名だけど素晴らしい実力だね。ウィズローも南部では名の知れた剣士であるだけにこれは大番狂わせがあるかもしれない」


 私――三等書記官アンナ・ド・ヴァランタンと新たに勇者審議委員会の委員長の座に就いた宰相は帝都にある闘技場にいた。大陸全土で行われた地域予選を勝ち残った勇士がこの舞台に集結し、それぞれの技や力を競い合っている。


 手元の資料に目を落とすと、帝国騎士や貴族という経歴がはっきりしている者に混じって来歴がはっきりしない人間が混ざっている。彼らこそが在野の人材というものなのであろう。いま試合を行っている漆黒の双剣士トゥロンなどは西部第三区予選優勝ということ以外に情報はない。


「こうやって見ていると、まだまだ世界が広いことがわかりますね」

「そうだね。帝国という組織の中にいてもなかなか頭角を表せない人物もいれば、君の言うように完全な外にいる人間もいる。本来ならそういう人々を見出して活用していくというのが必要なんだけどね」


 宰相は少し寂しそうな顔をみせた。だがすぐに「こういう催しで、そういう人々を一人でも多く発掘できればいいね」と微笑んだ。確かに人を得るというのはむずかしい。帝国が諸国と争っていた時代、のちに帝国最高の軍師と呼ばれたミルラ・アークウィンは隣国のただの一兵卒であった。それが捕虜となった先で初代皇帝の目に留まり軍師となった。ミルラを得た帝国はあっという間に周辺諸国の七か国を征服した。その中にはミルラの故国も含まれる。


 故国の王族や貴族はミルラが自国の出身と知って「命だけは助けてくれ」と懇願した。


「あなた方は私が捕虜になったときの戦いで死ね、と命じられた。あのときの私の仲間は命令に従い無謀な突撃の果てに死にました。それなのにあなた方は死ね、と命じられても嫌だという。それはあまりに図々しいではありませんか」


 ミルラは助命を願ったものをすべて処刑した。もし、故国がミルラの才能を早くに見つけていれば結果は大いに違っていたに違いない。おそらく有能な人間は数多くいるに違いない。だが、それらの多くは埋もれてどこにあるか見ることができないのだ。


 初代皇帝は七カ国を滅ぼしたあとにミルラに言ったという。


「天下はどこに落ちているか分からぬものだな。わしの場合は捕虜のなかに落ちていた。路傍で拾う者もいれば、市場に並んでいることもあるだろう」


 この恐怖は言ったものにしか分からないのかもしれない。だが、人を使う者はこの恐怖を理解すべきなのだ。


 そんなことを考えていると魔法剣士ウィズローと漆黒の双剣士トゥロンの試合は佳境になっていた。魔法剣から噴き出す炎を剣圧で吹き飛ばし、身を打ち砕こうとする氷塊を切り裂いてトゥロンの二つの牙がウィズローの首筋でぴたりと止まった。


「まいった……」


 悔しさを絞りだしたような声でウィズローが負けを認めるとトゥロンはぱっと切っ先を首元から外すと二本の剣を腰につけた鞘に静かに戻した。観客からはトゥロンの剣技を褒めたたえる声が飛び交い。なかには「魔法剣士って言っても見掛け倒しかよ」みたいな負けたウィズローを侮辱するようなものさえあった。


 その声はウィズローにも聞こえているらしく彼は悔しそうに拳を握りしめるが反論はしなかった。武芸者にとって勝敗こそがすべてといえあのような言葉を耐えるようないわれはないだろう。私は文句の一つでも観客席に飛ばそうと腰を浮かせた。


「見掛け倒しだと! 彼の魔法剣は厳しい鍛錬の末に会得したものだ。それを戦いもしていない奴が悪く言うことを俺は認めない」


 その声はウィズローを倒したトゥロンのものだった。彼は自分のことのようにウィズローへの誹謗に怒りを向けた。観客席から野次を飛ばしていた数人の観客がバツが悪そうに下を見つめる、とトゥロンは舞台上で膝を折っていたウィズローに手を伸ばした。


 ウィズローは不思議な顔でトゥロンの手を握った。その手に引っ張られるように立ち上がった彼は「ありがとう」といって少し照れくさそうにした。


「いや、いい試合だった」

「俺の魔法剣をあそこまで切り刻んでよく言うよ……。結局、剣技だけに自信が持てなくて魔法に逃げた俺の負けなんだろう。」

「いやいや、危ないところだったんだ。これを見てくれよ」


 トゥロンは上着の胸元を指さすとウィズローのほうに伸ばして見せた。その部分はわずかに焦げて穴が開いていた。


「そうか……。俺の攻撃は届いていたんだな」

「あと少しあなたの剣圧が強ければ、もう少し魔法が強ければ負けていたのは俺だったよ」


 照れくさそうに笑うトゥロンにウィズローが「その少しが大きな隔たりだ」と呆れたような顔をした。


「あなたはまだ強くなれる」

「こんな嫌な励ましもないが、ありがとう。半端者と言われる魔法剣でもまだ先があるとわかったからな。つぎは負けない」

「俺も一刀だけでは自信が持てなくて二刀流になったんだ。俺たちの違いは手を出したのが魔法か二刀流かそれだけだ。でも、勝つのは次も俺だけどね」


 トゥロンは片手を振って舞台から降りて行った。残されたウィズローは生気を取り戻したすがすがしい表情で「まだ俺にも」と拳を握りしめなおして舞台を降りた。私はこの様子を眺めたあと宰相を見た。宰相も一連を見ていたらしくこちらを見ると「なにあの人格得点高めの発言!」といった。


「しゅ、主人公みたいでしたね。やばいですね!」


 まるで戯曲の主人公のような発言で聞いているこちらが恥ずかしくなった。あの台詞を言ってくれと頼まれたら私は拒否する。


「君が言っていたら胡散臭くて逆に人格悪そうだけど、彼みたいな爽やかな青年が言うと印象が全く違うね」

「宰相? どういう意味ですか? 私みたいに可愛らしくて仕事もよくできて家柄も素晴らしい花まるだらけの私を引き合いに出して胡散臭いってどういうことですか? 全く理解できないんですけど」


 下から見上げるように睨みつけると宰相はため息と一緒に「そういうところじゃないかな」とこぼしたので手を柔らかく握りしめて鳩尾≪みぞおち≫に叩き込んでおいた。宰相が低いうめき声をあげて机にふちを握りしめているとき背後から二等書記官が書類を持ってやってきた。


「密偵からの報告になります」


 短い報告に私は軽く手を挙げて応じると二等書記官はくるりと踵を返して戻っていった。


「おかしくない? 君はまだ三等書記官だよ。彼は君の先輩の二等書記官だよ? どうして彼が部下みたいになっているの?」


 隣でぎゃーぎゃー、とうるさい宰相の脇腹にもう一撃を加えると少し静かになった。私はその間に書類に目を通してゆく。書類の中身は密偵に調べさせていた魔王軍のことである。まえに宰相が倒した地喰大樹マンテカードは魔王軍四天王の一人であったが、ほかの四天王は正体も動向も分かっていなかった。そのため、ずっと密偵を各地に送って調べてきたのだが、ようやくその結果が出たらしい。


「残りの四天王の名前が分かりました」


 私が声をかけると宰相は腹を抑えたまま身構えて見せた。どうやら私がさらなる攻撃を仕掛けると考えているらしい。


「まず、一人目が煉獄の大将軍ロスキーリャ。次に雨毒の魔女マルケシータ。最後に暗黒魔剣士ルシエンテ。これが残りの四天王になります。ロスキーリャとマルケシータに関しては今のところどこかに出撃したという報告はありません。東部の毒虫あたりがマルケシータの配下なのかと思ったのですが関係はないようです。

 暗黒魔剣士ルシエンテは西部で目撃が報告されていた幽霊船を率いているようです。幽霊船と戦った帝国海軍の報告では幽霊船から出現した夜の闇をさらに深くした黒いなにかが軍船を真っ二つに切り裂いた、とありますのでこれがルシエンテだと思われます」


 宰相が地喰大樹マンテカードを倒したときに使った陽炎剣フランベリオンは地面を溶岩に変えるほどの熱を宿しているらしいが、炎を噴き出す、という点ではあまり飛距離がない。


 伝説の竜殺しルッジェロが持っていた剣と言っても船を切り裂くほどの長さはないのだ。暗黒魔剣士ルシエンテと戦うときは敵の攻撃をどうやって回避するかが問題になるかもしれない。私がまじめに考えていると宰相が私の肩を叩いた。何かと思えば次の試合が始まっていた。私は慌てて報告書を投げ出すと対戦内容を確認した。


 次の試合は、先ほど勝利を収めた漆黒の双剣士トゥロンと南部出身の農民ベンだった。字面を見る限りトゥロンの勝利は間違いないように思われた。だが、舞台上での試合は全く逆だった。双剣を煌めかせたトゥロンの鋭い連撃をベンがあっさりとはじいたのである。


 彼の武器は剣でも槍でもない。大鎌である。農夫たちが実った麦を刈り取るために振るう農具。それがベンの武器なのである。そのひと振りは地面を引き裂き、受け止めるトゥロンの剣を削る。本来ならば手数の多い双剣が有利であるはずなのにベンは大鎌の角度を微妙に変えることで受け流して自分の攻撃に繋げている。


「それでも剣士か。農夫の農具も打ち破れぬとは笑止」


 日に焼けて色黒のベンは、白い歯を見せてニッと笑う。彼は農作業で鍛えて抜いたたくましい身体をしなやかな鞭のように動かしてトゥロンの剣を打ち落としていく。トゥロンは肩を激しく動かして息をしているのだが、ベンは平然とした様子で今から農作業に行くような自然さがあった。


「……これが農夫だと!?」

「そうだ。雨にも負けず風にも負けず自然と対峙し、生き抜いた者の力よ。我が鎌は実りを刈り取るもの。だが、家族や村人が魔王に脅かされるこの世においては命を刈り取ることも覚悟している」


 大鎌を片手で振りぬいたベンの一撃は、トゥロンの身体を水平に真っ二つにするかに見えた。だが、振りぬいた先に彼の身体はなく、大鎌を踏み台にしてトゥロンがベンに肉薄する。その手に握られた二本の剣が流星のようにベンを襲う。


「あぁぁぁ!」

「……我が一撃を避けるか。見事」


 気合を込めたトゥランの一撃にベンは感嘆の声をあげた。彼は残されていた片腕を振り上げてトゥランの顎を砕いた。トゥランの双剣はベンの首の薄皮を裂いて力尽きた。会場は一瞬の静寂のあとベンの名を呼ぶ声に包まれた。


 私と宰相は口を馬鹿のように開いて「ええ……?」と目を見合わせた。


「これでベンは上位四位が決定です。準決勝と決勝は昼からになります」

「歴代初の大鎌を使う勇者の誕生かな?」


 宰相が冗談めかして言うが、私は頭を抱えていた。伝説の武器は数あれど農具である大鎌はないのである。ベンが勇者になった場合、どんな武器を与えればいいのか分からない。伝説の勇者が使った剣を炉にくべて大鎌にするのは許されるだろうか。


「……と、とりあえず。お昼ごはんにしませんか?」

「ああ、そうだね。できたら揚げ物以外がいいんだけどなぁ」

「どうでしょうね。役員弁当って言っても予算はかつかつですから薄いカツが入っていればいいところじゃないですかねぇ。あ、宰相。ちゃんとフランベリオン持って行ってくださいね。この間、椅子に掛けたままになってて椅子焦げてたんですから」


 宰相が慌てた様子で椅子に立てかけていたフランベリオンを腰につける。まったく人のあげたものを邪険にするとは許せるものではない。観覧席を出て休憩室に向かっているとどこかで見た顔が通路に座り込んでいた。


「宰相、あれって」

「漆黒の双剣士トゥロンだね。傷は回復魔法で直してもらったみたいだけど……」


 項垂れた様子で生気のない彼を宰相はかわいそうにという表情で声をかけた。


「見事な試合だったよ」

「やめてください。俺はあの男に完敗したんです。最後の大振りも俺を誘い込むための罠だったんですよ」


 膝を抱えたままトゥロンは涙を隠すようにうつむいた。


「それでも君の剣はベンに届いていたじゃないか」

「薄皮一枚ですよ。それが遠い。」

「君はまだ強くなれる。これは君がウィズローに贈った言葉だよ。一度負けたくらいいいじゃないか。次がある。その次だってあるさ」


 宰相はトゥロンの肩を優しくたたくと、彼は顔を上げたはじめて宰相を見た。


「……まだ、頑張れますかね?」

「頑張れるさ。そうだな、今回は武器は鉄製と決まっていたから次は別の武器を使うとか。君の戦い方に合わせてみたらどうかな?」

「なるほど。確かに俺は今回の試合では鉄剣を使ってましたけど、普段は暗黒剣リベリオンと魔剣ムラマサを振るってるから次は勝てますよね」

「聞いたことないけど、すごい剣を持ってるのだね! それならきっと勝てるさ」


 確証のない励ましを口にして微笑む宰相とは裏腹に私はなにかが引っ掛かっていた。


「今回は使えませんでしたけど、暗黒剣と魔剣を融合させる光絶漆黒一閃もありますし、勝てますよね!」


 すっかりと自信を取り戻した様子で顔をほころばせるトゥランに宰相もにっこりと微笑む。


「ほら、立ちなさい」


 宰相がトゥランに手を差し出す。彼はその手をしっかりとした手で握りしめると立ち上がった。

「宰相!」

「なんだい?」


 手をつないだまま宰相がこちらを向く。トゥランも私に気付いて「どうも」と会釈をする。だが、いまはそんなこと関係ない。


「手を放しちゃだめですよ」

「なんで?」

「だって、その人たぶんですけど、暗黒魔剣士ルシエンテ……」


 私が言うとトゥロンがなぜだ、とばかりに顔をしかめる。宰相はまたまたと笑うがトゥランの表情を見て顔をこわばらせた。それでも手を離さない宰相に私は心の中で称賛を送った。


「なぜ、バレた!? このまま優勝して勇者に成りすます計画だったというのに」

「宰相! いきなりですが、次の職場の説明をします。魔王軍四天王である暗黒魔剣士ルシエンテを捕獲してください!」

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