電車

 がたんごとん、がたんごとん。

 がたんごとん、がたんごとん。

 がたんごとん、がたんごとん。

 がたんごとん、がたんごとん。

 その異変に気づいた運転手が、戸を出てやってくる。

「どうしました」

 運転手はおそるおそるユウたちのほうへとあゆみよってくる。運転手はユウたちがもしかすると喧嘩でもはじめてしまったのかもしれないと思ったのだろう。そう見えてしまうのも無理はない。

 政府のおとこが、ポケットからなにかを取りだした。それを運転手へとほうる。カードだった。運転手はカードをひろいあげ態度を一変させた。表情はみるみるこわばり、声もうわずった。

「せ、政府の魔法省のかたでしたか……!!」

 おとこはめんどくさそうな口調でその運転手を注意してかえす。

「いいから、運転席へもどれ」

 この状況、じぶんたちはかんぜんに悪役だ、とユウは思った。だが、それはしかたがないことかもしれない。理由はこのおとこが魔法省の人間で、われわれはただの一般人だったからである。正義はむこうがわに存在する。それはこの列車内においては、どうあがいてもくつがえすことのできない、絶対的なものだったのである。

「おれの能力は、火。触れたものに着火する」

「自然系の能力……」

 ライラはことばをうしなった。

「手で、触れたものじゃあない。身体で触れたものすべてを、燃やす。操作系の能力にも、同様の反応をします」

「銃や、ナイフは」

「さあな」

「まだ、なにかかくしてる」

「言わねえよ」

 おとこは、唐突に電子タバコをすてた。

 内ポケットから古いタイプの着火式タバコを取り出すと、それに指で火をつけ、深く吸いはじめる。

 ライラは、おとこの様子をじっと観察していた。

「けむり……」

 空中にただよいはじめる白いけむり。けむりはもくもくと列車内へとひろがってゆく。

 ユウは、かんがえる。

 おとこは、この世界で五人にえらばれるほどの達人の魔法使いだという。

 その魔法使いが、いかにも防御系の能力ばかりを会得しているとは、とてもかんがえにくい。

 十中八九、攻撃も防御もかんぺきのはず。

 いま、おとこは防御面でのはなしをしたが、攻撃面でのはなしはなかった。

 そもそも、みずからの能力を口にするほど、おとこは馬鹿でもないはずなのである。

 では、なぜ。

 みずからの能力を、口にしたのか?

 それは、攻撃面へのとまどいをいただかせるため?

 あるいは、ただの慈悲?

 おとこは、スウハアスウハアと呼吸を繰りかえしている。

 まるでユウの耳にもそのおとこの呼吸音が聞こえてくるかのようだった。

 たばこのけむりは、あっという間に密閉空間を満ちる。

 ユウは、たばこのけむりというものは、映像でしか見たことがないが、それはこんなにもすばやく密閉された空間で、ひろがってゆくものなのだろうかと、感心する。


「着火」


 おとこが言った。

 つぎの瞬間、列車内は爆発した。

 いや、おそらく爆発したかのように一瞬でけむりが燃えあがったのだ。

 ユウの全身が、火のひかりにのみこまれる。

 火は、瞬間的だった。

 まずい。

 このままだと、焼死体になる――。

「このていどなら……」

 ライラがさけぶ。

 ライラの魔力。

 そのあたたかさ。

 周囲のほのおを押しかえす。

「ユウ」

 ライラがこちらを振りかえる。

 ほのおのまばゆいひかりのなかでライラがさけぶ。

「にげて。ユウだけでも、オリオンにたどりつければいまはいい。わたしは、再起動できるから……」

「え」

 にげろ、って言ったって、どうやってにげればいいんだよ。

 ユウは、絶望した。

 周囲は、ほのおのひかりでつつみこまれているんだ。

 にげ道など、どこにもありはしないじゃあないか。

 ふと声がした。

 死の間際の幻聴か。

 いや、ちがう。


 ――そこだ。


 だれだ。

 その声は、確実にユウにとどいた。


 ――見えるだろう、おまえなら。そこにひとすじのひかりがある。


 知ってる。

 この声、

 ぼくは知ってる……。


 ――オリオンに、来る決断をくだしたんだろう? ようやくな。だったら、そんなところであぶらを売っていないで、とっとと来たらどうだ。おまえなら、すぐにあがってこられるさ。【F】は、きっと、おまえを待っている。


 とつぜんユウのなかでなにかがあふれだした。

 とおい過去の記憶だろうか。

 あるいはみずからのうちがわにねむっていた潜在的意識がほりおこされたのだろうか。

 わからない。

 とにかく、

 ユウは、

 みずからのちからをさとったのだった。


 こう、か。


 ユウは、魔法の杖をかざした。

 そのひとすじのひかり目がけ、まるで鈍器で思いっきりたたくかのように、魔力のちからを壁にあてる。

 ばりん。

 窓ガラスが二枚ほどいきおいよく割れる音がする。

「ライラ」

 あたまのなかで先行するイメージ。

 これがみずからの能力なのだ。

 もうまよいはない。

 まよいは弱さだったのだ。

 すくなくとも、このたたかいにおいては。

 まよっていては、死が来るのみなのだ。

「窓から、脱出する」

「行って」

「ライラも、いっしょに行く」

「無理。わたしが、このほのおをさえぎっているから、いま割った窓から、ユウだけでも、にげて……」

「いや、だいじょうぶ。ライラも、にげられる」

 ユウがそう伝えると、ライラはぱたりとだまりこんだ。

「ありがとう、ライラ。むかえに来てくれて」

 ユウは、まるで人が変わったかのようにライラへとそう礼をのべた。

 ライラを、だきよせた。

 ユウは、目をとじた。

 このみずからのうちがわで先行するイメージどおりに、ユウはテレポートした。

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オリオン ユキイチヒロ @YukiiTihiro

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