EE

 ビジネスホテルに一泊し、食料品を購入し、それをたがいのバックパックへといっぱいに詰めこんで、センダイ駅へとやってくる。

「おそらく、使途や魔法使いをひとり、EEからおくりこまれる。警戒しよう」

「うん」

 現代の世界では、魔法は危険行為と見なされている。ナイフや拳銃がとうぜん危険と見なされるように魔法も危険だというふうに見なされているのだ。

 ましてや、電車のような公共交通機関では魔法などつかえるはずもない。イシノマキ行きの電車にのりこんだはいいものの、もしもこの電車内で敵に待ち伏せされていたりしたらそれこそ逃げ道がうしなわれたようなものなのである。そして、それは現実におこったのだった。彼らはユウたちがぜったいににげられない環境をじっと待ち続けていたのだ。

 四人がけの席にふたりで腰かける。電車が出発する。ユウは安堵すらおぼえる。良かった、電車が発進してくれた、と。しかし、いっぽうのライラは、つねに周囲を警戒している。それゆえにそのおとこが戸をひらいてやってきたのにもライラはいち早く気づいたのだ。

 がたんごとん。

 ライラが後方へ反応するので、ユウは緊張しはじめる。まさか敵が来たのか。この電車内で。敵が待ち伏せていたのか。

「やはり、マークされていた」

「追っ手……?」

「わたしが原因みたい」

「おい、ガキども」

 おとこがおおきな声を出す。

 ユウはおどろいた。

 心臓が高鳴る。

 始発電車ゆえ、ほかに乗客はいない。

 それはやってはならない行為だったかもしれない。

 もっと人の混雑する時間を選択しておけば良かったのかもしれない。

 だが、あとのまつりか。

「下手な真似、すんじゃあねえよ」

 ライラが席を立ちあがった。そのおとこと向かいあう。ユウも席から身をのりだし状況をうかがう。

 おとこはデカい。身長一八〇センチはあるかもわからない。精悍な顔。みじかい赤髪。黒のスーツ。口には電子タバコをくわえている。この人がEEなのだろうか。わからない。しかし使途には見えない。人間そのものである。

「オリオンから不法侵入してきたやつがいるってんでやってきたが、おまえら、どうみたってガキだよなあ」

「EE?」

 ライラが質問する。

 おとこはライラを見おろしだまりこむ。ライラを観察するようにだ。それから、口をひらく。

「ロボットだな」

「そう」

 ライラはまるでおとこにたいしてよくわかるねという態度でそうかえす。

「そっちがハンターか」

「わたしもハンター」

「てめえが?」

 電車ははしりつづけている。窓の外は朝の風景をながす。時間の一秒一秒がとても長い。まるで針でもさされるかのようにするどくいたみだす。

「能力を言え」

 おとこがユウに質問する。

 ユウは、おとこがこわくて声が出ない。そのうえじぶんにはまだその能力はわかっていないのだ。そもそもおとこの質問にはこたえようがないのである。

「っち。しゃべる度胸もねえのか」

 ユウはたしかにそんな度胸はないなと落ちこんだ。

「ユウ」

 ライラがうったえかけてくる。つよくなって。態度では負けるな、と。

「おい、抵抗するな」

 と、おとこが電子タバコを吸い、吐いて言った。

「おれは、EEの最高レベルの魔法使いだ。てめえらみてえな素人に巻かれるほど、弱くはねえよ」

「最高レベル?」

 ライラが疑問符をなげかける。

「ああ」

 おとこは余裕の口ぶりでそうこたえる。

「世界に、五人しかいないはず」

「だから、その世界に五人のうちのひとりがおれだよ。ま、べつにしんじろとは言わねえが。ただ、おれは事実を言ってる。どうでもいいはなしだが。おどしにはなるだろう?」

「たしかに。なら、なぜ、あなたのような魔法使いが、わたしたちをおいかけてきたの」

「さあ、なぜだろうな」

 ちいさな沈黙。電車の音。

 ライラがはっとなにかに気がつく。

「まさか、ユウの能力が――!?」

 おとこが言う。

 おとこの態度から一気にすごみが増す。

 なんだ。

 おとこの魔力が急激に高まったようにユウにはかんじられた。

 これは恐怖だ。

 こわい。

 たたかう勇気はある。

 だけど、こわい。

 勝てない。

 どうあがいても、このおとこには勝てない。

 それがこわい。

 これは絶対的敗北感。

 ユウは恐怖のあまり呼吸もあらくなる。

 心臓もさらにいたみだす。

 ここにはいたくない。

 いますぐにげだしたい――。

「てめえらは、オリオンには行けねえよ。かえるか、死ぬか。どっちかしかねえ。わかったら、とっとと街にかえることをかんがえんだな」

 おとこのおどし。

 だが、どこかおとこのそのことばにはやさしさもふくまれている。

 この人は良い人だ。

 しかし、ヤルときにはヤルというすごみがあるのだ。

 抵抗してはならない。

 抵抗することは死を意味するだろう。

 街へかえればいいのだ。

 だが、その選択肢はユウのなかには存在しない。

 そして、ユウはようやく気がついたのである。


 これは、"つながり"だ。


 これは、ライラとのつながりなのだ。

 意識のつながり。

 目的のつながり。

 いのちのつながり。


 いのち?


 その意味はいったいこのあたまのどこからほりおこされたものだろう。

 わからない。

 あまつさえ、ではないかもしれないが。

 契約者のライラと契約した。

 それがこのつながりの理由なのだろうか。

 否。

 それはちがったようにユウにはかんじられる。

 このつながりは契約者としてのつながりなどではない。

 もしかすると、

 ライラと出会うまえからの、

 きっととおいむかしからの、

 つながり――。


「だれなんだ」


「ユウ」

 ユウははっとした。

 どうやら思考のなかにまよいこんでいたらしい。

 この子とのつながりをかんがえるばかりに。

 ライラが、バックパックの側面部分から魔法の杖をひっぱりだし告げる。

「たたかう。わたしたちは、とまれない」

「ヤルのかよ」

 おとこは、うんざりしたように肩をおとす。

「ま、ヤルってんなら手はぬかねえ。手加減した魔法で死にたくねえだろう?」

「死なない」

「ったく、なんでおれがこんな目に……」

 がたんごとん。

 電車ははしりつづけている。

 その電車の最後尾。

 切迫する。

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