少女ライラ
テレビの音声が聞こえてくる。ユウは敷布団から出ることなく携帯電話をいじりはじめる。早朝のニュースをなんとなく携帯電話ごしでながめるのが日課だった。別室には母がまだいるため、ユウはトイレにも行かずにじっと待ち続ける。二〇分、過ぎたころ、母はテレビをけし、仕事へと出かけていった。それを見はからい、ユウは布団を出る。
トイレに行き、いったん部屋にもどり制服へと着がえ、さて、今日はなにをしようかとかんがえる。学校には行きたくないし、街をぷらぷら、あるこうかなって。
ぴんぽん。チャイムがなる。ユウは居留守をつかう。ぴんぽん。ふたたびなる。だれだろう。この早朝の時間に。鍵のひらかれる音。ユウははっと玄関を振りかえる。とびらがひらかれ、白髪の少女があらわれる。
あの子……。
ユウは思い出した。
あの子は、きのう、川で話しかけてきた少女。
ユウに緊張がはしる。
少女が言う。
「時間がない。わたしと契約して」
少女が靴のまま玄関をあがってくる。
「勝手にはいってくるんじゃない」
ユウは少女をしかった。
だが、少女はとまらない。
「知らないだろうけど」
少女ははなしを勝手に続けた。
ユウは少女を無理やり制するだけの元気がなかった。
体操座りをし、壁に寄りかかったままユウはうごけない。
「契約すれば、魔力が増大される。もう、それほど時間はない。はやく、ここから脱出しないと」
いったいこの少女はなにを言い出したのだろう。川でもそうだった。生きるか死ぬか、とか。ユウは少女が理解できなかった。あたまのおかしい人間なのかもしれない。かかわりたくない。ぼくのことなんか、ほうっておいてくれ。
「うわああ」
そのときとつぜんじぶんの尻が宙にうかびあがった。
少女が木の棒のようなものをこちらへ突きつけてきていた。まるで魔法の杖とでもいうかのように。
「な、なんなんだ、これは……」
宙をうかんでいた。うかんでいるのだ。かんぜんに。
「魔法。わたしは念のようなものだと思ってる」
「念……」
「イメージの武器。人は、かんたんに殺せてしまう」
ユウは一瞬で血の気がひいた。ぼくは殺されるのか、とかんちがいした。
「どうやら、ほんとうにわすれてしまっているみたいだね」
少女は抑揚のない口調でそうこぼした。
「な、なにを……」
声がうわずる。無理もない。死が近くにあるのだ。
いつも、死ぬことばかりかんがえているけれど。
いざ、そうなってみると、死にたくなくなるものである。それはおそらく人間の本能的部分がそうおもわせるのだろうとユウはかんがえている。だが、ユウは死にたいのだ。それはぜったいにそうなのだ。
少女が言う。
「あなたは魔法使いだよ。いまはわすれてしまっているだけ」
【契約者】
①使途を殲滅するための戦士となる。
②そのための魔法を誓約とする。
③そのかわりその本来の個人の魔力は、より強大なものとなる。
④契約者は、契約者を新に選択し、契約を結ぶ事が可能となる。
「これは、ある意味。コミュニティのようなもの。契約者は契約者たちとの巨大なコミュニティを形成している、そんな感じでもある」
「なるほど」
ふたりは部屋のなかではなしあった。
「ぼくに」
ユウは興奮した口調でうったえた。
「魔法をおしえてほしい」
彼女がおこなった浮遊の現象。あれをじぶんもやってみたい。あんなことがじぶんにもできるのなら。ほんとうにできるのなら。
「もちろん。わたしはそのためにここに来たから」
ユウはくいっと顔をあげた。白い少女の顔がある。
「わたしのことを、すこし自己紹介する。わたしははんぶんロボットで、はんぶん人工知能で、はんぶん人間。でも、魔力は身体にのこった。まあ、たましいのようなものがのこったのかもしれない。それは、わからないけど。とにかく、だから、おしえるていどなら、きっと、かんたんにできるはず」
ユウは少女のそのはなしを聞きとてもよろこんだ。これはすごいことだよ。ぼくにも魔法がつかえるかもしれないんだから。
「けれど、魔法は人をかんたんに殺す。だから、よく注意してあつかわなければいけない」
「わかった」
「ユウなら、だいじょうぶだと思う」
「そっか」
「わたしのなまえは、ライラ。よろしくね」
ライラは右手を差し出した。ユウはライラと握手した。
「うん、よろしく」
「元気、出た?」
ライラがユウの鬱を気にかけたかのようにやさしく言ってくれる。
「うん、出たよ」
ユウはえがおでそうこたえる。
「それは良かった」
「契約する」
ライラはおどろいた。
「契約するよ」
ユウは身をおこす。
「まだ、ぜんぜんしんじられるはなしじゃないけど。でも、魔法はほんとうに存在する。もちろん、その魔法についてもまだまだぜんぜんわからないことだらけなんだけど。けれど、この日々を変えるためには――」
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