オリオン
ユキイチヒロ
マホウ/シ/ショウジョ
帰り道
学校に通わなくなって、いったいどれくらいたっただろうか。あいまいな記憶のなかで、なんとか、じぶんというものをもちつづけている。
定禅寺ユウは、高校の制服に身をつつみながら、夕暮れのかえり道をあるいている。
なぜ、ここにいるのか。
学校には通わなかった。
それなのに、なぜ、その学校からのかえり道をあるいているのか。
じぶんでもわかっていない。
ああ、そうだ。
思い出す。
ああ、そうだ。
母のいるマンションに、かえりたくないからだ。母に、文句を言われる。母に、金をかせげとおどされる。勉強しろ。金をかせげ。金を、家にいれろ。と、いわれる。
それがつらいのだ。
それがつらいのだ。
空は晴れていて、夕暮れをひろげている。広瀬川がながれていて、道路には車がはしっている。橋のうえを、ぽつりぽつり。人びとが、あるいている。人びとは、おもたい夕暮れを背中にせおっている。まるでみな、つかれているかのように、見える。
あたりまえの光景。
あたりまえの速度。
しかし、そのあたりまえがほんのすこしズレるだけで、あたりまえはすっかりあたりまえのものではなくなる。
あたりまえの速度は、そこにはすでになく、あたりまえの光景も、まるであたりまえではなくなる。すべてがスローにうごきはじめてしまい、すべての音が巨大なトンネルのなかにひびきはじめてしまう。
どれだけがんばっても、将来は約束されない。夢をおうことも、母やクラスメイトが認めてくれない。すべては社会のせいなのか、あるいはあのウイルスショックのせいなのか。まあ、そんなことはユウには関係ない。なぜなら、人間にとってはいまこの現状以外は、ただの想像なのだ。ユウにとっても、そうだ。未来も過去も、ユウにはひつようではない。むろん、いま現在も、おなじようなものではあるけれども。
つめたい風が吹いた。
いつの間にか川べりにすわりこんでいることに気がつく。夕食はコンビニ弁当にしよう。今日もなるべくおそい時間に自宅へかえろう。そんなことをユウはぼんやりかんがえる。
いつごろだろう。だいぶ時間がたったころ、ユウはようやく帰路につこうかとたちあがる。だが、両足がしびれていた。
「っつ」
よろめく。そのとき視界に妙なものがうつりこむ。それは白い物体だった。白い物体はまるで人間の長髪かのように見えた。
人?
だれ。
よろめきながらユウは思考し、しびれた足をふんばり顔をあげる。
少女。
少女がいた。
ユウは少女と目があう。
少女のその緑色の目と。
「生きるか、死ぬか。だったら、どっちがいい?」
少女は言った。
ユウは沈黙した。
少女から視線をはずし、あるきさろうとする。ユウは少女にたいしてこわさをおぼえたのである。あの少女は危険なやつかもしれない。ああいう人間にはかかわらないほうがいい。車のはしる音が聞こえてくる。コンビニ弁当を買ってかえろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます