20時限目 女子部屋、再び


 女子部屋の暖炉の近くで、マキネスはすやすやと眠りこけていた。ずっと雨に打たれていた割には、熱が少しあるくらいで穏やかな顔で眠りについていた。


「怪我もなくて良かったです」


 彼女の顔を見ながら、フジバナはホッと息をついた。森の奥から巨大な触手が現れた時は何事かと思ったが、二人とも外傷がなくて、フジバナは安堵あんどした。触手を出した反動で、マキネスは気を失ったように眠ってしまったが、それだけだった。


「熱を下げる薬をもってきたニャ」


 ツボに入った軟膏薬なんこうやくを持ってきたミミが、マキネスの方に歩いてくる。「ちょっと失礼するニャ」と言いながら、マキネスの服の中に手を突っ込むと軟膏を塗り始めた。


「……ん」


「マキネスの腕、柔らかいニャ」


「あー良いなー。私も触らせてー」 


 彼女が眠っているのを良いことに、リリアとミミが手当たり次第に、マキネスの身体を触り始めた。ほっぺをつねられたり、お腹を触られたりで、マキネスは「ううん……」とうなされるように声をあげた。


「いつものお返しー」


「ミミは唐辛子食べさせられたニャ」


「顔に落書きとかしちゃう?」


「ぐっどあいであニャ」


「ちょっとちょっと、二人ともやめなさい」


 インクと筆を取り出したリリアを、フジバナが諌める。行儀よく正座した彼女は、きりっと咎めるような口調で言った。


「相手は病人ですよ」


「そんなこと言われても……今しかチャンスがないんだよ」


「フジバナ先生はマキネスの悪行を知らないニャ」


「そうそう、私だって何回、触手に巻き込まれたか。先生も昨日危うく服の中に入られるところだったじゃない」


「……っ。それとこれとは話は別です。やるなら正々堂々とやりなさい。夜襲をするのは戦争だけで十分です」


「正々堂々って言えばさ」


 ぴょんとソファに飛び乗ると、リリアはフジバナを見て言った。


「フジバナ先生とダンテ先生って、本当に付き合ってないの?」


「話に脈絡がなさ過ぎる気がするんですが」


「いやー前から気にはなっていたんだよねー。だってさだってさ、フジバナ先生って先生でもないのに、毎日学校に来てくれてるじゃん。それってつまりさ……」


「通い妻だニャあ」


「それそれ! ね、実際のところどうなのさ。付き合ってるの? ないの?」


 興味津々と言った感じで迫ってくるリリアに対して、フジバナはやや強めの口調で

答えた。


「前にも言った通り、私には隊長に命を救われています。他にもいろいろとお世話になっているので、力を貸したいと思うのは当然ではないですか」


「あ、先生、むきになってる」


「顔が赤いニャ」


「……!」


 思わずフジバナは自分の顔を抑えた。彼女の仕草を見て、ミミはニヤッと笑った。


「嘘ニャ」


「策士……!」


「ちょろいニャあ」


「フジバナ先生って真面目そうに見えるけど、天然だね」


 リリアとミミはおかしそうに笑いながら、狼狽するフジバナを見た。


「ふぅん、片思いかぁ」


「純情だニャあ」


「お、大人をからかうのはやめなさい……!」


 バンと机を叩いて、フジバナは視線をそらした。机を叩く音に反応したのか、寝ていたマキネスが「うーん」と声を発した。慌ててフジバナが駆け寄って行く。


「マキネス、起こしてしまいましたか。体調は大丈夫ですか」


「……はい。ごめんなさい、勝手に逃げてしまって」


「いえいえ。私もきちんと教えるべきでした。体調が戻ったらまた一から頑張りましょう」


「ぜひ……お願いします。ミミとリリアも迷惑かけてごめんね」


「良いってことよ」


「ニャニャ」


 任せなさいと自分の胸を叩いたリリアたちに、マキネスはにっこりと笑みを見せた。ふふと笑い声をあげた後、何かを思い出したように、マキネスはフジバナに質問した。


「そういえば、先生さっきの話は本当ですか……?」


「さっきの話?」


「……ダンテ先生のことが好きだっていうことです」


 その質問にフジバナの表情が固まる。「聞いていたんですね」とわざとらしく咳払いをすると、フジバナは言い聞かせるようにゆっくりと口を開いて言った。


「隊長はただの隊長です。恋心は一ミリもありません」


 その言葉にマキネスはすっと眼を細めた。胸の内にあるものを探るようにじいっと眼を向けていた。うーんと唇をかんだマキネスは、ちっと口の中で舌打ちした。


「……ライバルですよ。私たち」 


 そう捨て台詞をはくと、マキネスは再びすやすやと眠りこけてしまった。


「え? え?」


 どういう理屈なのか分からない。好きではないと言ったはずなのに、なぜライバル視されなければいけないのか。


「……ちょっと、どういうことですか。マキネス。マキネス・サイレウス?」


 なぜかフジバナの腕に鳥肌が立っていた。わたわたと混乱した様子のフジバナを、リリアとミミがにやにやと笑いながら見ていた。

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