21時限目 理解者(1)
シャワーを浴び終わったシオンが、自分の部屋に帰ろうとすると扉の前でダンテが待っていた。
「うわっ、先生。どうしたんですか?」
「シオンちょっと話がある。中、良いか?」
「もちろんですよ。どうぞどうぞ」
シオンがダンテを男子部屋に招き入れる。男子部屋は旧校舎の一階の奥、宿直室とは真反対のところにある。女子部屋と同じように本来教室だった場所を、シオンが壁紙を張り替えるなど好みに模様替えしていた。
とは言え、女子部屋に比べると改築具合は簡素で、クローゼットが2つと布団が
「全部、実家から持ってきたものです。うちの家系はあまりお金がある方ではないので、使わなくなった余ったやつですけど。このストーブとかもだいぶボロですよ」
シオンは笑いながら、自分のベッドに腰掛けた。
彼の家系であるルブラン家は、フラガラッハやサイレウスと言った名家に比べると、日も浅く地位も低い。シオンもまた普段から節制することを心がけていた。この部屋にも最低限のものしか置いていない。
「それで話ってなんですか?」
シオンは首をかしげて言った。長い金髪がさらりと肩にかかる。ドレスからパジャマに着替えていたが、やはり男とは思えない
「ひょっとしてイムドレッドのことですか?」
「おう、そうだ。勘が良いな」
「そろそろ聞かれるかなと思っていたんです」
「彼とは
「そうですよ。イムとはここのクラスに移ってからも、ここで一緒に暮らしていました」
シオンは床に置かれたもう一つの布団に視線を落とした。主人を失った布団は、清潔に保たれていてシーツもピンと張られている。
「イムの家とは隣同士で、家族とも仲が良かったんです。うちのお母さんと一緒にケーキを作ったり。こっちに来てからは……一ヶ月くらいしかいませんでしたけど、とっても楽しかったです」
「今日、あいつの家に行ってきたよ」
「……元気そうでした?」
「もう、何週間も帰っていないそうだ」
ダンテの言葉を聞いたシオンは、ため息をつくと、ベッドの枕を抱きしめて悲しそうな顔でうなだれた。
「やっぱり……」
「お前ならどこにいるか知っていると思ったが、何も分からないか?」
「分かりません。手紙を送ったり、イムが行きそうな場所を探してはいるんですが、どこにも見当たらないんです」
「家のメイドに聞いてみたが、同じことを言っていたよ」
シオンは枕に顔をうずめると、小さな声で言った。
「イムが出て行ったのは僕のせいなんです」
「クラスメイトに暴力事件を起こしたと聞いていたが、違うのか?」
「そうです。でも……もともとの発端は僕です。僕の代わりにイムが怒って、上級生に殴りかかったら停学になったんです」
「何があった?」
ダンテの質問に、シオンは潤んだ瞳で見返した。
「僕のことをバカにされたって。男のくせに女の格好している変な奴だって。校舎の隅でいじめられている僕を見つけて、イムがそいつらのことボコボコにしたんです。そしたら貴族の親たちがイムを停学処分に……」
「……日誌にはただの素行不良としか書かれていなかったな」
「誰もかばいませんでしたから。僕の家もイムの家も、貴族の中では下の下です。上流の貴族たちにはどうあったって逆らえません」
そう話すシオンは決して泣くまいと我慢しているように、ダンテには見えた。
「でも、イムが殴ることなかったのに。僕が勝手に女の格好しているんだから、自業自得なのに。僕がどうにかするべきことだったんです」
「気にするな。第一、イムドレッドの停学処分はもう切れている。いつでも戻ってこれるはずなんだ」
「……ブラッドの家はイムを貴族学校に出すのに反対していたんです。あそこの家業は特別で、貴族と同じ学校なんかに行く必要はないって。でも、イムは反対を押し切って学校に来ました」
シオンの声は震えていた。ベッドの上に
「絶対にやりたいことがあったはずなんです。それなのに……」
無念そうにシオンは唇を噛み締めた。
ブラッド家。
処刑人として名高い彼らは、王国の歴史の裏側で
王都公認の殺し屋。ブラッドの名を背負うものは、どんな道を歩むにせよ奇異の目で見られることは間違いなかった。
イムドレッドもまた同じ運命を背負っていた。シオンはずっとその姿を見ていた。
「先生、お願いがあります」
グッと涙をこらえてシオンは言った。
「イムを……イムドレッドを探してくれませんか。僕にはあいつがこのまま退学になるのなんて、嫌なんです」
「もちろんだ。アイリッシュ卿には全員を卒業させるように言われている。イムドレッドもその一人だ」
「……ありがとうございます」
「お前がお礼を言うことじゃないさ。大丈夫、安心しろ。すぐに見つかるさ」
ダンテが近寄って頭をポンと叩くと、シオンは安心したように笑みを浮かべた。目を細めて、ダンテの腰のあたりに手を回してギュッと抱きしめた。月明かりに照らされたシオンは、深く呼吸をして、かつて起きたある一幕を思い出していた。
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