第4話  模擬戦(四)実射検証

 道場に沿った道路上、四十五間先に人形ひとがたの板が五枚並べて置かれた。

 重藤しげとうの弓を持ち、筒袖の道着袴姿の娘が進み出て来賓と審判に礼をする。

「白の弓隊、雪と申します」

 則忠が「おっ。そなたは」と、驚きの声を上げた。

  雪は速射といえるほどの早さで、間を置かず弓を引き、五枚の板に次々と矢を立てていく。

 審判を担当する組頭の一人が、的の板を一枚運んで皆に見せる。

 やじりはしっかりと板に打ち込まれ、威力の程が確認出来た。

「丸山の高所から射下いおろすのであれば、あと十間はこれ程の効果がありましょう」

「うーむ。これほどの差があったとは」則忠はあらためて祭りの夜をおもいだし、雪の技量に拍手を送る。 

雪が帯に差した扇子を則忠に見せて礼をしたとき、状況終わりの竹笛が鳴った。

 

「あら。終わってしまいましたね」


 領主の則忠と随伴の軍師が「ほうっ」という様な溜息にも似た声を出して緊張から解き放たれた顔をする。

          

「塾生はイ室に集まれ」と伝令の声が廊下でする。

 領主が、

「訊ねるが」と、小夜に声を掛けた

「あの娘の腕前だが、村ではどれ程のものなのか知りたい」

「あの娘は十七歳で村での腕は三段です。十九歳以上の娘は四段以上を持つのが村の決まりなので、中の中といったところでしょうか。則忠様が祭りのときに遠的を競われた娘が初段。すると則忠様は、さしずめ村では二段ということになりましょうか」

「であれば、十八以上の娘は皆三段以上の腕を持つことになる」

「と、申しますより十七歳以下の娘を除いた村の女は、全て四段以上なのです」

「うーむ。恐れ入った」

 唸る領主に軍師が、

「と申しましても所詮は女。膂力りょりょくが男とは違いますからな。恐れるには足りませんぞ」

「たわけ。あの弓を持ち、あの矢を手に取り、一矢を引いてなおその言葉が出せるものなら出してみよ」

「あら」と小夜は領主を見る。

 祭りのときは遊びという事もあり、則忠の思うに任せたが、遠射を見てかなりの腕前だとは知っていた。

 弓は、腕力の強い者が遠くまで矢を飛ばせるのではない。

 どのようにしなる弓か。弓弦をどの強さ(長さ)で張るか。それを熟知した上で、弓が反発する全ての力が弦にかかり、矢筈にかかり、矢筈の芯は一分の狂いもなく鏃の先端に重なるように、一直線で伝えられなければならない。


「さすが、則忠様はお眼が鋭い。矢にも気がつかれましたか」

「重さ、長さ、太さの全てが良く揃い、整っている。その上矢羽根の切り方にまで工夫がされている。矢だけではない。弓も引くに軽く返しに強く鋭い。どんな材を使えばああなるのか検討もつかぬわ。祭りの後で城中の弓を集めてみたが、ただの一張りもあれ程のものは無かった」

小夜は口に手を当て首を傾け、くすくすと笑う。

「お殿様はそのような細々としたことにお気を煩わされますな」

 一張り所望などと言い出されては面倒なことになる。

 幸田の弓造りは職人の名も、作っている場所も伏せられている。

 各々の弓は、娘達が子供時代に使っていた半弓から離れるとき、届けられた数張の中から最も自分に合った弓を選び手許に置く。


「このあと判定者と組頭が協議をしたのち講評を述べますので、お聞き頂きまして、何かございましたらお言葉を」

「いや。余よりも軍師がよかろう。存分に意見を聞いてくれ」

 則忠は小夜に目配せし、軍師に聞こえるように言った。


「では先ず審判部から延べよ」と塾長の忠兵衛が指名する。

「双方とも違反事項はない。但し白が厠の前でやった情報操作は、場外活動違反に極めて近い。今後注意せよ」

「すみませんつい雑談してしまいました」

 再び塾長が

「次に状況現示を担当した者としてであるが」砂盤の前に立つ。

「まず赤は、占拠して一日経つのであれば、何故何も工事が終わってないのかと思ったことであろうが」

「そのとおりです」

「陣地構築の手順をどうするかを見るが為であった。その点に於いて、先ず低い堀を手早く掘り、弓隊を潜ませながら陣地を構築したのは賞賛できる」

「有り難う御座います」

「次に白であるが、丸山に気付かなければどうしていた」

「はい。まず、工事が終わる前に物見を三人、走らせました。それで陣地前縁に堀、十五間置いて弓と槍。三十間奥に弓隊がいることが判りました。側防は特定できなかったので、どちらにしてもこれではとても正面からは無理です。それで皆が考えるように夜間に侵入を考えて、地形地物の偵察をしていたときに丸山に気付いたのです。それがなければ、方法としては山の全周から交互に声を出して混乱させながら相手を分断させます。秘匿して行動するより、声を出してどれが主攻か分からない様にする。そうすれば隙間からの侵入と見せかけられると思っていました」

「見せかける。とは」

「それで敵の脆弱な場所がわかりますので、こちらの主攻を秘かにそこに集めます。その場合、弓隊の援護が必要になるので、弓隊に有利な場所を捜していました。ですから我等が丸山に気づくのは時の問題であったと思います」

「赤の大将は、白は兵力を分散しないと言っていたが」

「私が大将をやるようだと情報を入手してから、普段から話しのなかでそう思わせたのです。塾長が孫子の兵法を良く話されますので、兵力の集中運用しかないと言う様な口ぶりを蝶次郎にしておきました。そのうえで逆にあらゆる情報を伝えれば混乱するであろうと考えました」

「うむ。そういう事らしいぞ蝶次郎」 

「いえ。それ程には混乱していません。夜戦になることは各將に指示してありました」

「うむ。それについては確認済である。だが白が丸山に陣を移そうとしていたことはどうか」

「我等はすでに大沢山に入っておりましたので、丸山のことは何も知りませんでした」

「うん。そうだな。双方とも、先ずすべきことは情報の収集。地形の確認であった。若し赤が十人規模の威力を持つ偵察を出し、周辺の地形を外から確認しようとしていたなら先に丸山に気付いたのは赤かも知れぬ」

「そのとき大沢山の守備の命令はどうなるのでしょう」

「それが情報の収集ということだ。情報を持っているのはどこだ」

「それは本隊かと」

「そのとおり。本隊は丸山を見落としていたのかも知れぬ。或いは他の思惑があるのかも知れぬ。幾つもの疑問を出して意見具申をしなければならない。それで本隊は行動の指針が明確になり、また自分は何をすべきかが明らかになる」

「わかりました」


 運営を担当する組頭が、総評を促した。

「では藤井塾長、総評をお願いします」


「うん。今回は今までに無い想定を出したので戸惑う者もおるかなと思ったが、白の立ち上がり様の速攻は効果があった。あんな戦の始まり方も実際にはあるということじゃ。だがあの攻撃には欠点がある。白の副将は気付いていたかな」

「兵の損耗でしょうか」

「うん。それもあるが、我々の戦法が生かせないということじゃ。我々の主なやりようは敵と干戈かんか交える事では無い」

「あっ。弓と槍です」

「そのとおり。敵の矢が届かぬ場所から矢を飛ばし、相手が届かぬ遠閒から飛び込んで繰り出す瞬速の槍じゃ。白の大将はこの前、剣の段位があがったので腕に自信ができたようじゃが、あれでは赤の弓隊に何本の矢を立てられるかの。弓隊の者」


 刺子の筒袖に革の胸当て、袴の裾を絞った娘が、えびらを背負い弓を携えて皆の前に立った。

「赤の弓隊、一組一番手。えいと申します。一町先からの突入であれば五拍手で二射。矢を渡してくれる補助の者が居たなら五拍手ごと三射が一町からの切り込みに対して的中出来る数です」


「まあ、そんな訳で緒戦で白には引き返して貰った訳じゃよ。よいかな」

「はい。よく解りました。ありがとうございました」

「ふむ。それでよい。さてこの戦に参加した者も、参加しなかった者も知っておいて貰いたい。今回の模擬戦を始める前に、十一年生以上に教えておいた戦術は『緊要地形の確保』についてであった」

 忠兵衛は襖を外して部屋の壁に傾げると地図を描いた。

「緊要地形というのはじゃな。その場所が我の目的にどれ程重要な役割をするかということで、若し我が取ればどういう利点があるか。若し敵が取れば我にどのような不利があるかを考えて選択する」

 交差した道を描いた。

「このように交差した道は交通の要衝であるからここを押さえれば、物資、人の流れを我がものに出来る。またこの近くに小高い山があればそこに物見を配置して、敵の接近をいち早く察知して、その側背を討つこともできる。というように、考えを進めていくのじゃ」

忠兵衛は筆をしまいながら、「さてそこで」と皆を見回した。

「今回の緊要地形は、実は丸山じゃ。しかし命令は大沢山の確保であった。そこで現場の将の資質が問われる。どうすればよいかな」

 多助がすかさず挙手をする。

「まあ待て。さいわい此度は城の軍師殿も来ておられるので、良い機会であるから、是非お教えを願おうではないか」

 忠兵衛が下がり、入れ違いに軍師が前に出た。

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