第3話  模擬戦(三)攻防

 街道に面した階段の奥に陣地を構築すると赤が通知を出した。 

 工事のため四十人が一刻拘束される。

 

 蝶次郎は、自分が攻めるとしたら工事中の今しか無いと考えたのだ。そのために相手と接触する戦闘前縁ぜんえんを正面階段の取り掛かりと決めて、浅い堀を作ると審判部に申し出た。


 堀からの立ち上がりを狙う弓隊を配置し、弓隊を挟むように前後に槍隊を置く。

 堀で立ち止まった相手を側方から射るための、雨戸で隠した隠・掩蔽壕いん・えんぺいごうも備えた。

 遊撃隊を編成し、相手の奇襲攻撃、侵入に対応する。その為に物見、伝令を当初の二倍多く配備した。

  守備側が最も脆弱になるのは工事の最中だ。

  あと一刻で工事が終わる。そうなれば相手の総攻撃の機会は失われる。

 

 だがついに白の攻撃はなく、四半刻(三十分)が過ぎたとき、副将は厠で聴いた話を大将に告げた。

 だが、それを聞いた赤の大将が出した指示は、

「敵は夜間攻撃、しかも全周に分散して攻撃してくると予想される」

 というものだった。

「左右に気を取られるな。自分の正面に全力を尽くせ」 


その頃白は『軍議』として参謀、各隊の長と『大沢山奪取の本旨』とでも言うべき核を模索していた。

 分散攻撃の場合、ともすれば、自分たちは孤立しているのではないかという、疑心暗鬼に捕らわれやすい。

 だが、その戦闘の先に或るものを見て闘うと、不思議に戦場全般が見えてくる。


 赤が大沢山を守る理由は何か。或いはわれが大沢山を取ったとしたら次の行動は何か。


 任務分析の途中で肝心な『目的』が見失われていることに気がついた。

 命令は大沢山奪取だが、上級部隊、或いは戦略的観点から見た本来の目的がその後にあるはずだ。


 だが奪取そのものが目的だと思わされていた。これは状況を示される途中で仕組まれた、担当者の言葉のカラクリではないのか。だとすれば何が隠されているのか探らなければならない。

 

 質問によって得られた回答では、奪取後、敵の動向を『監視』となっていた。


「監視ならば解ります。山上から道路の監視が出来ます。少数の敵が眼下を通過すれば弓で、不意を突いての急襲もできます。或いは敵主力が来たら狼煙を炊いて味方に知らせることも出来ます」参謀の一人が言った。


「そうだ。それに前の丸山に一隊を隠しておけば街道を隘路あいろに変えることができる……まてまて。何故丸山には敵も味方もいない。戦場図には含まれているのに」

「それに丸山の方が遙かに街道の見通しが利くし、交通の要衝というなら道が交差しているこちらのほうが利点がある」


「しかも高い。大沢山を見下ろしで弓が放てるので赤を攻撃する足掛かりにもなる」

「では、我等が丸山に陣を構えたとして、想定と状況に違反していることはあるか」


「問題は刻でした。通常なら何日の何刻までに目標奪取、となるはずが、今回は刻の制約がありません。また丸山は戦場図にも含まれているので使うのに差し支えないはず」


「では、理由付け次第だな。よし。伝令、筆記用意」


「宛て。本隊(審判部)及び白全将各隊長」

「本文」

『我は大沢山の赤陣営の動向を監視しつつ、逐次丸山を占拠、街道及び全周に於ける敵情の監視報告通報に任ずるとともに、大沢山の赤陣営の駆逐を味方主力の到着を待って行う』」


「これでどうかな。副将」

「『駆逐』のところは『制圧』にしないか。追討する余裕無いし。それに刻が示されてないとなれば兵站も考慮せねば」

「急ぎ食料の調達隊を出します」参謀の一人が素早くイ室に駆け込み、二十人が一刻、食料調達に減ぜられる。と言う書き付けを受領してきた。

多助が、「随分少ないな……」と疑問を投げる。


「副将。調達する兵糧が数日分しかない。ということは近いうちに大きな変化があると予想される。その場合直ちに丸山に陣地変換。全部隊を収容する」


「副将、了解した。作戦参謀。敵が警戒してる我等の侵入予想経路だけど」

「五カ所あります」

「敵と同じ数を同じ箇所に出してくれ。膠着状態にして敵が出て来るのを防ぐ」

 情報参謀の小次郎が副将に質問する。


「それって、味方が来るまで何もしないということですよね。夜間攻撃とか、南の藪から攻めるとか、そちらに引き寄せて正面から攻めるというのはどうするんですか」

「ああ。あれはもうバレてる」

 副将がひとこと言って大将と笑う。

「バレてるって。なぜです」

「相手が蝶次郎さんだからだよ。それに何もしない訳じゃない。逆に相手を山に閉じ込めている間に陣地や指揮所を丸山に移す。そうすればこちらの山からは弓の遠射が効く」

「兵を無駄に死なせないということだ」


「そうだ。それに小次郎はいつも物見を一人で出すが、敵と接触した物見はそれで終わりだからな。物見からはこちらの情報が漏れるんだぞ。そんな風に勝手に報告隊を使うな」

「分かりました」と頭を下げる。

 大将が、

「副将。それから参謀。このあとのことなんだが、大沢山から街道の所に突き出した岩場があるだろ。あれを取れば丸山とで道路を挟めるんだが、岩場の後ろからの敵を防ぐ方法がないかな」

「そんなもの丸山の一段高いところから、弓で味方の頭越しに射ればいいじゃないか。弓隊参謀。どうかな」

 弓隊の参謀が射手に確かめる。

「造作も無いこと、と」

「よし。敵の遊撃隊が出てきたら、我が方は退がりながらこの隘路に誘い込む。じゃあこれで。認証してくれ。審判に提出する」

「副将同意します」


 白の行動命令としての文書がイ室に出されると、実射検証のため、状況一時中止が言い渡された。

 丸山からの弓の遠射がどれ程効果があるかを試されるのだ。

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