第2話 模擬戦(二)状況開始
鐘が四つ鳴り、巳の刻(十時)の報せとともに状況が動いた。
竹笛が鳴り伝令が「状況開始」と叫んで走る。
赤の大将蝶次郎は、素早く、敵の接近が予想される経路を選定し、監視の目を出した。
急ぎ編制を組み直し、防御陣地に適した兵員の構築をしなければならない。
白の大将多助は、攻撃に適した編成に組み直す間を惜しみ、状況開始と同時に動ける全軍を率いて、陣地を構築前の大沢山正面の階段から突入した。
竹笛が鳴るや否やの速攻で、 審判部が配置に着くと同時に出された
慌てた審判部は、白の攻撃を赤に知らせると、赤の対応を確認した後、状況の一時停止を発令した。
赤の大将をイ室に呼ぶ。
「全軍で迎え撃つとあるが、それでよいのか」
審判員の問いかけに蝶次郎は、
「通常であれば陽動を考慮して備えを残すところですが、この短い刻で陽動の人員を
蝶次郎を帰した審判部は、塾長忠兵衛に意見を求めた。
「白が攻撃を開始した場所からの距離。赤の監視がそれを発見して迎え撃つ態勢をとる時間。それで戦闘前縁の場所が決まる。その場所に如何に早く多くの兵員を投入できるかが、この場合のキモじゃが……ふむ。蝶次郎は審判員や多助の性格まで読んで対応していたか。それに白の兵員は疲労が激しい。簡単に員数割はできぬとなると勝敗はついたことになるが……だがここで決着を付けては教育にならん。やり直しじゃな」
「納得できない。奇襲、速攻は有効の筈だ」
白の副将は不満たらたら、イ室に質問の短冊を出した。
『紅はいつからこの山を占拠しているのか』
『一日前』と回答が赤白双方に出された。
「一日前! そんな馬鹿な」
「赤に有利じゃないか」
すぐに二報が白に追加された。
『現在赤は多方面を監視しながら防御の強化を検討中である』
陣地は未完だ。通常なら攻撃の好機だが、態勢を整えなくては各個撃破されてしまう。
「なんだこれ。まるで俺達が奴らの監視に驚いて逃げ帰ったみたいじゃないか」
「ふふっ。まあいいさ。実戦でこんな事ができる筈も無いので試して見たかっただけだから。けど塾頭や審判達を慌てさせたと思うぞ」
「ははは。確かにそうだ」
「こうなったら取り敢えずは正攻法だ。参謀は槍二十と弓二十で五組の分隊を作れ。斥候は敵の移動監視との遭遇に気をつけながら大沢山の全周を視察。接近経路、できれば脆弱な侵入経路を探せ」
参謀がイ室の審判に行動を伝え、組頭が現況盤上に駒で兵員を配置した。
白の副将が大将に、
「ところであのお侍は誰なんだ」と訊いた。
楓太が、「弓隊の雪さんに聞いたら、統領の友達とか言ってたし、厨房では、俺等の戦のやりかたを指導に来た城の軍師様とか。滅茶苦茶でわかりません」
「さすが情報通の楓太だ。よし。それならお前等も目立つ働きをすれば、いいことがあるかもしれないぜ。楓太は稲刈りの伝令で統領からお言葉を頂いたのだろう」
「本当か楓太。何と言われたのだ」
「それは……その、ここで言っても良いのかな」
「此奴、独り占めにする気か」
「そうではない。先輩やお前達にも伝えると俺は言った。ある意味とても深いお言葉だ。聞くなら心して聴け」
「おおっ無論のことよ」
「『飯と糞は食えるときと出せるときにしておくものぞ』と言われた」
「……うっ……」
楓太を除く、ウ室の全員が腹を押さえて床に転がり、声を抑えてのたうち回る。
「まッまるで糞を喰えと言ってるように聞こえるではないか」
「くっ苦しい」
「腹が……痛い。副将、白の指揮をしばらくお前に任す」
「むっ無理だ。笑ってないのは楓太しか居ない」
「あー。参った。確かにそれはそうだな」
ようやく涙を拭きながら立ち上がった。そのとき、
「大将。あれを」
副将が指さす先に赤の副将が厠に入る姿を捉えた。
「よしっ。副将と弓隊参謀。二人で、正面突破とみせて南の藪からの侵入を図っていると風聞を流してこい」
「承知」
二人は厠に近付くと声を潜めて、同じ兵力での攻防戦など、絶対に攻撃側に不利であると、文句を言いながら連れだって
「だが、あの山には意外な落とし穴がある事が解った」と、一段と声を潜めた副将が厠の横で言う。
「それは南側の雑木の藪だ。それを見つけるかどうかが今回の戦の勝敗を決定づける。そうでなければこんな差の有る攻防戦、審判部が作るものか。我等はあくまで正面突破を匂わせ、敵を正面に引きつけておいて南に集結。侵入するのが最善策」そんな会話をしながら帰ってきた。
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