第7話  刈り入れ

 寅の初刻三時半


 黎明の、まだ暗い中を人が行き交う。


 示された、かり の場に現れた者達が、組頭の点呼を受け、持ち場を確認する。

「始まるまでまだ間があるから、この辺にいてくれ」と言われ、先に来ていた者と名乗りを交わす。

「その背負いのうは、目印を付けて後ろの茣蓙ござに置けば良い。その前に中身を見せておけ」 言われた者達が袋の口を開ける。

 水の竹筒、予備の鎌、砥石は誰も同じ。ただ山の衆がいつも付ける鹿革の手嚢しゅのうと紐に通した二十文が他と違っていた。

 百姓衆は手嚢に興味を持ち、それを付けるとどうなるのかと、説明を求めて人が集まる。

「俺は中指と薬指に着けるが、指し指と中指に着ける奴もいる。手の汗が乾くと石を持つ手が滑る。鹿革の手嚢は汗を吸い、湿りが石や木に絡むんだ。滑らないから鎌を握る力が長く続く」

 そんな説明の後に「儂は稲刈りはしたことがねえ。よろしく頼む」と打ち明ける。

「稲刈りは後ろで見てれば憶える。それより、それは良さそうだ。市で買えるかな」

 話し声が喧噪に代わろうとしたとき、

「そろーたー」と組頭の一人が伝えた。

 次いで「配置に付け」と古参の組頭が号令をかける。

 十人が稲の前に進み自分の目標を確認すると、奇数の五人が六株を切り取る。

「足場確認」

「おおサッ」

奇数の五人が前に出て、偶数の五人と交互に稲穂に接っすると列に凹凸ができ、これで刈り残すことも、人の身体に鎌が当たることも無い。


 寺の鐘が鳴った。

 寅の正刻を知らせる七つが鳴り終わるのを待たず、組頭の、

「さっしゃりましょう」という号令と共に太鼓がドンと鳴る。

 続いて、稲の刈り取られる音が、四拍で続いた。


陣屋の四枚の襖には、夫々それぞれ寅の正刻から戌の初刻までの各刻ときを四刻に分けた目盛りと、その横に、刈り取ったの数が記されている。十人が十人分進めば約一畝。十畝強で約一反になる。

 襖の図は、各懸かりの進捗状況が一目で分かる工夫がなされていた。


 陣屋の土間には、全村の縮図が砂でかたどられ、半刻ごとに懸かりの位置と進行方向が置き換えられ、未来位置が予測できるので懸かり同士の接触や重複を避けることができる。


村長の一人が、襖の進捗表を見て、伝令に何かを伝えさせようとしていた。

「どうかしましたか」

 小夜の問いに、

「『は』に若干遅れている事を伝えようと思います」下村の長、兼󠄄造がそう答えた。

 小夜は首を振る。

「かまいません。これは戦の総掛かりでは無いゆえ、頭が揃わずとも良い。急かさずに現場に任せようと思います」

 組頭の能力を見る良い機会でもあった。

「でも何故かは知っておきましょう」

 控えている伝令に、

「名は」

楓太ふうたと申します。十一です」

「では楓太。お前に物見を命ずる。なにゆえ遅れているのかを見て参れ」

 十一歳の少年は勇んで走り出した。

「初めてのこと故、波があるのはやむを得ません。村長殿にはお知らせしておきますが、本日の終わりは酉の正刻六時を考えています。その時に各懸かりの差が有れば、やりようを検討しましょう。遅れたものを急かすより、早かったのは何故かが大事。そのコツを聞くように」

「かしこまりました。そこまでお考えとは。少し先走りいたしましたな」

「とは言え、気にはなるであろうから、見には行かせました。陣屋勤めは、気長に変化を待つこと。素早く変化の虚を突くに備えることが肝心です」

「なるほど。驚きました。統領には戦の経験がおありのように見えます」

「実は祖父の戦記を読んだだけなのです」と言ってふふふと笑った。

  

 物見が戻ってきた。

「歌を歌っていたので、遅れたようです」

 村長と顔を見合わせる。

「歌とは」

「田植え歌です。一畝(せ)刈り取ったとき、組頭が『ひとつ歌でも歌わぬか』と。それで幾つかの村の田植え歌を歌わせ、今の稲刈りに一番合う歌を決めたそうです」

「面白い。そう言えば、村には稲刈り歌が無かったような……。それで?」

「私が着きましたときには、一節ずつ前後交代で歌いながら進んでおりましたので、十畝刈り終えるのを見届け戻ってまいりました」

「他はどれ程刈り取ったか聞かれなかったか」

「脱穀をしている者に聞かれましたが、小夜様の物見で来て居ることと、物見なので言えぬと答えました」

「うむ。物見は言えぬのか」

「塾頭に、物見の報告は、見たまま聞いたままのこと。予測、推測をふくめれば采配を振る判断を誤らせる。物見は見聞きしたことを漏らせば全ての味方を危うくするときつく言われています」

 名主と顔を見合わせて頷く。

「楓太。ご苦労であった。記録所に行って記帳を申したのち休んで良い。お前の報告が『は』の懸かりに記録して残される」

「はい」


 くめが伝令を集める。

「次は辰の鐘が鳴った折の刈り取り高と位置、進行方向を知らせ」

返事をして現場に向かおうとする伝令の中に楓太が居るのを見て小夜が声を掛けた。

「楓太は代わりがおらぬのか」

「いえ。居りますが、私が行きたいのです。かまいませぬか」

「のぞむのであればそれでよい。だが朝餉は必ず取っておけ。飯と糞は食えるときと出せるときにしておくものぞ」

「たッ只今のお言葉、みっ、皆にも伝えておきまする」

 妙齢の女性の口から出た思わぬ言葉に顔を赤らめて飛び出して行った。














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