第5話  改革

「ご統領」

 組頭が手を上げた。

「西村の佐七ですね」

「はい。只今、思うところがあればと申されましたので、お言葉に甘えさせて頂きとうございます」

「聞かせてくれ」

「鎌であります」

「稲を刈る鎌か」

「左様です。我等が稲刈りで使う鎌は、余程良い物でも三十把も刈れば刃先が滑って切れなくなります」

「稲刈りの一把は八株程か」


「ここは十株とお考え下さい。私はその都度腰に付けた砥石で研ぐのでありますが、あるとき鍛冶屋殿が、昔のお侍は、戦に出るとき刀で砂の山を何度も切っていく。と申しました。そのために、武家は庭に砂山を作ってあったのだと」


「研ぐのではなく、砂山を切ると。それは何故」

「それはじゃな」忠兵衛が口を開いた。

「砂山を切ることで刃に傷が付く。先の軟い鉄が摩滅し、強い刃が残るからじゃ。それで鋸のようになり、血糊でも滑りにくくなる。肉の切れ味が続くというわけじゃ。おおっこれは話を途中で折ってしまった。話を続けてくれ」

「いえ。おかげで分かり易くなりました。それで私も試してみましたところ、確かに刃が滑り出すまでに四~五十把ほども刈り取れました。ならば鎌の刃を最初からそのように作ればと思いたち、鍛冶屋殿に、大工が使う鋸の様な刃をつけた鎌を作って貰ったところ六十把も切れ味が続きました」


「それは素晴らしい。その鎌を村の全部に行き渡らせることはできますか」


「その為のお許しを頂きたく、お話しさせて頂きました。ただあと少し工夫が要ります。つまり、切れ味を長持ちさせるには刃の山形を大きくせねばならず、そうすれば力が要ります。軽く楽に刈り取るためには、刃を薄く山を小さくせねばなりませんがそうすると、長持ちしません」


「ふーむ。刃の長さ、柄との角度も工夫せねばなりませんね……西村の名主殿」

「西の名主、西村三造。心得ましてございます」

「これは。相変わらずお聡いこと」と、松が名主に笑いかける。

 

「そこまで聞いてご指示を受けるまで動けぬでは、我が家の名折れ、統領の配下と言えませんからな。佐七はその鎌ができるまで鍛冶屋で働くが良い。田畑のことは我等で引き受けるので、鋸鍛冶も訪ねてみよ」

 小夜が手を叩く

「そうだ。できあがったら鍛冶と佐七の銘を入れよ。柄には幸田の焼き印も。さすれば近隣からも求めてくるであろう」 

「有り難う御座います。幸田の名に恥じぬ良きものを作ります」

「人を使い量を作れ。私の感だが、それは将来何千も必要なときがくる。鉄と完成までの費用は私が見よう」

「有り難うございます」


「私も脱穀で考えがあります」

 別の男の手が上がった。

「おおっ。申してみよ」

 その男が話し出す前に、別の男が、

「次には私を。私は田植えの時の型枠について聞いて頂きとう御座います」

  と、声を上げた。

 座が熱気に包まれて、次々に農具の改良が提案される。


 なかでも米の分け前を、七十になった年寄りに無条件で一石付与して重労働から外す。病気、怪我の者は療養の期間、扶助米を給するという小夜の案は、村の財力が疲弊するのではないかという危機感を持たせたが、東村の名主が言った「心配することはない。今、一家で面倒見てる年寄りを、村の皆で見るわけだ。すると一人の負担は茶碗一杯の飯よりも少ねえはずだ。年寄りを大事にするのは将来の自分のためってことだ」という声に歓声を上げて歓迎された。

 同時にそのような村の財力を管理するための、城の勘定方のような役割をする部署を作るように、忠兵衛からの助言があった。



 次の日。昨夜の宴の熱気がまだ冷めやらぬ朝。忠兵衛が、長脇差しを腰に、ふらりと屋敷を出て中村の長、久三宅を訪れた。

「これはようこそのお越しを。まずはこれに」

 久三は自ら案内して座敷に招じ入れ、家人に「お茶を」と申しつける。


 忠兵衛は、左手で腰から脇差しを抜き、膝を揃えて座ると、

「昨日はご足労でござった」

 ねぎらいの言葉をかける。


「いや。『触れ』でございましたから、なにをおいても駆けつけませぬと。それで今日はどのようなご用件でございましょう」


「久三殿は昨日の統領を如何がご覧になられた」

「そうでございますな。最初は、多少は賢きおなごぐらいに見ておりましたが、刻とともになかなか面白きと思えて参りました。

「面白き……と」

「さようです。あの様子では商才についても、伸びましょうな」


「村人の数についてやり取りがござったが」


「いかにも。まさか私の読み間違いとは思いもよりませんでした。いやお恥ずかしい。みごとにひっくり返されました」


「では、統領が村人の数を知らなければどうなりましたかな。お手前の勝利になりますが」

「いや。勝利と言われましても勘違いのようなもの。笑って終わりでございますよ」


「そうではない」

 突然、忠兵衛の口調が変わった。

「そなたは統領襲名の儀に於いて、統領に万座の中で恥をかかすところであったのだ。それが分からぬか」

 久三はその口調に息を呑んだ。


「あのとき統領は、急な参集ゆえ許すと申された。数が違っても構わぬ。自分が知っているので間違いは許すと申されて式の進行を促されたのだ。そのときそなたは、例え自分の知る数と違っても、かしこまって引き下がるのが臣下のとるべき姿である。それを自分は書面を受け取っているので間違いない。そんな筈は無いなどと言い張るとは言語道断。それでまことにそなたに間違いがなくば、統領を貶めたそなたは満足であろうが、軽んぜられた統領の面目はなんといたす。されば統領が指示なさる村の運営にも影響が及ぶやもしれぬ」


「あっいや、それは却って統領の卓越した知識を披露することになったのでありますから……」

「たまさかである」

「……」

 あのように、たまたま才があるお方であるがゆえ、そなたの間違いで場が救われた。そうでなければ得意がる臣の前に頭を下げる統領の姿が有ったはず。そうなったら何とした。

「……」

「本来、統領の言葉が先ず有り、それをいかに具現化するか心を砕くのがそなたの役目であろうが」


 久三は急に、忠兵衛が長脇差しを左脇に置いたことが気になりだした。

 違和感を覚えたのは、普段、胡座あぐらで座る忠兵衛が正座で座ったことだ。

 正座は立ち上がりにくいために、敵意がないことを示す作法ではあるが、逆に抜き打ちをするためなら膝が邪魔にならないので適していることを久三は知っている。


 目の前の忠兵衛の膝元をよく見れば、つばの手抜き緒の小穴と栗形を結ぶ紙縒こよりも今日はしていない。

 いつだったか、『儂が紙縒りをするのは鯉口が緩んでしまったのでな』と説明した後、組頭が『あれは緩んだのではなく、居合いのためにわざわざ緩めたのだ』と囁くのを聞いたことがある。

 

「統領も申されたように、我等はこれから采配を振られる統領の号令一下。右を向くも左を向くも一心同体。その中に其処許のように、面白いとか商才があるなどと、統領に向かいて上から物見を楽しまれる御仁は、最早不要」

「不要……と申されましたか」


 久三は大きく息を吸いそして、止めた。覚悟を決めた。

 自分が間違っていた。今、自分がした覚悟以上のことを、あの統領はしていたのだと気がついた。


「では、この身は如何に致しましょう」

「隠居されよ」


 忠兵衛は出されたお茶をゆっくり飲み干した。

「聞けば当家のご長男は組頭とよく田畑に出向き、野良仕事に余念が無いと聞く」

 それについても久三が、『村の長になる者がそんなことをすれば家格が下がる』と言っていることを、小夜の持つ情報網から忠兵衛は聞き知っていた。


「嫁御も壮健。孫もよく育っておるようじゃ。まことの侍ならば腹を切るところであるが、それは統領がお許しになるまい」


 命は助かったのだと安堵した。


「そなたは若者への口出しなどやめて、東国を旅して見聞を広めてこられてはどうであろうかの」 

 忠兵衛は「見送りは良い」と立ち上がり、久三宅を後にした。


 それから三日後、中村から久三の隠居願いと息子の後継についての認可。それに伊勢、東国への旅行許可などの願書が届けられた。


「久三殿」

 旅立ちの挨拶に来た久三に、小夜が声をかける。

「この村にないものを、たんと見つけてお帰りなさい。そうすれば若者の方から貴方を求めてくるでしょう」

 そう言って、「姫神様と鬼神のご加護がありますように」と餞別のお守りを渡した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る