第4話 釜ゆで

 第二夜は釜で茹でられた。


 正座で縛られたまま釜に入れられると、水はたちまち熱を持ち始める。

 身体が温まる風呂の心地よさが過ぎると、内臓までも煮尽くそうとする熱が顔と頭の汗を噴き出させる。


 身体を冷やせ、息を深く吸えと身体中が肺の臓に要求しはじめる。

 だが、いくら呼吸をしたくても胸を強く締め付ける縄が皮膚に食い込むばかりで肺臓の膨らみを許さず、苦しさと熱さで意識が混沌としてくる。


 朦朧とした意識が、

「いっそ、このまま茹で殺されたなら楽かも知れない」と、思いを投げかけてくる。

 でも……私が鬼に殺されたとしたら、約定はどうなるのだろう。鬼のせいであれば約定を破ったことにはなるまいが、祖母が嘆き悲しむのは当然のこと。そして村は、存在の目的を無くすことになる。


『ならぬ』と別の意識が大きな声を上げた。

 どんなことをしても生き抜いて祖母を病から救わねば。そして子を成し家を、村を継いで両親の描いた業を完成させる。

 何よりも今は、つかいめが祖母に宣託したとおり、孫を抱かせなければ……。

 朦朧もうろうとしていた意識が徐々に呼び戻された。


 鬼は命を取らぬと言った。ならば苦しいも苦しくないも、すべては己の感覚が引き起こしているだけのことだ。

「耐えてみせる」言葉を口に出すと意識が覚醒した。

 そうだ、神薬を。

 それは小指と薬指の間に埋め込まれ、しこりとなっていたが、後手に縛られているので取り出すことは叶わない。

 ならば明日の夜、ここに来る前に服せばよい。そう思ったとき、縄が引き上げられ、床に転がされた。

 汗が、全身から吹き出した。

 漢鬼の長く伸びた舌が、その汗をなめ回していく。


 漢鬼の舌が涼やかな風のように感じられ、意識がより明瞭になる。

汗が出尽くすと、再び体温が上がり渇きが現れた。


漢鬼のつのから雲が湧き、その雲が何かの果実になった。

漢鬼が果実を握りしめると拳から水がしたたり落ちる。


「飲むがよい」

 不思議に冷たい、深山の岩清水に似た水が小夜の口を充たし、ながら喉を潤わせる。

 水が五臓六腑に染み渡り、再び汗になって小夜を湿らせると、漢鬼の舌が体の隅々を舐め回す。


 それは灼熱の真夏に冷風を受けた爽快感にも似て、小夜の身体を歓喜に震わせて、喜悦の声を上げさせた。

 鬼は、人間の肉よりも体液と思念を好むのだと小夜は知った。


「この味をもっと出せ」漢鬼が要求する。

 小夜がもつ『恐怖』の感情が徐々に薄れて

「自由に出し入れはできません。人の女は、情けをいただくことで心の扉が開くのです。そのときに愛しきかたのお力があれば身体も開きますが、私にはそのように想う方が居りません」 

「情けなどは知らぬ。我が何を成すのかを言え」

「では、私を愛でてください」

 漢鬼が戸惑う。

「愛でるとは何か?」

 漢鬼は愛でるということを知らなかった。

 天界の鬼が、人を愛することなどはなく、鬼が鬼を愛することも無い。


「ならば、私を優しく扱ってくだされば私が漢鬼様を愛おしく感じることでしょう。手荒に扱えば女は痛みを覚えます故、身体が硬くなり、心も体も開かず湿り気を帯びませぬ」

「心得よう」

 小夜は床に降ろされ、正座に直る。縄を解かれてようやく深く呼吸をした。


 漢鬼から出されて飲んだ水は不思議な力を持ち、小夜の身体に活きる力をみなぎらせた。



 

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