桜と宴会と暗殺者

 リンが同居人になって数日が経過した。


 早朝、まだ肌寒い時刻。

 俺達三人は山を登る。


「ねぇ、どこかで休憩しない」

「その程度で音を上げるのか。やはり夫の座はアタシがいただいたも同然だな。イズルの相棒はこのリンがふさわしい」

「五月蠅いわね。いちいち張り合ってこないでよ。それと相棒は私だけで充分だから」

「まぁまぁ、二人とも喧嘩せずに」


 ぎゃーぎゃー騒がしいのはいつものこと。

 どこへいってもこの調子だから気苦労は絶えない。


 ただ、おかげで毎日は楽しい。


 山道を歩き続けると桜の樹を見かけた。

 満開に咲き誇り花びらが舞う。

 枝にはウグイスがとまり鳴いていた。


 今日も快晴、気持ちの良い一日になりそうだな。


「いいわよ、あんたとは決着を付けないといけないと思ってたから」

「田舎の一桁がアタシに挑むか」


 フィネたんは虎の構えリンは蛇の構えで火花を散らす。


 今日のフィネたんの服装は春使用だ。

 首にマフラーを巻いていて薄めのジャケットとハーフパンツにレギンス。


 一方のリンは未だ冬仕様でシルエットが丸い。

 リンは極度の寒がりなので着込まないと寒さで動けなくなるのだ。


 じゃあどうして仕事では薄着なのかと聞いたことがあるのだが、本人が言うにはもこもこ姿では締まらないから頑張って耐えているらしい。

 表向きはクールな都会暗殺者だが、実際は家でドテラを着込んで鍋をつつくような田舎的美的感覚の持ち主である。しかも一度横になるとなかなか動かない。


「おい、二人とも置いていくぞ」

「「あ」」


 フィネたんとリンが追いかけてくる。



 △△△



 山の中腹、開けた場所にそこはある。


「わぁぁ、素敵!」

「これほどの場所は祖国でもなかなか」


 一面が桜色。


 数百の桜の樹が並ぶ秘密スポットだ。


 教えてくれたのはもちろんマイス。

 彼も毎年ここで花見をしているらしい。


 地面は散った花びらで桜色に染まっている。


 俺達は適当な場所で荷物を下ろししばし見入った。


「桜って甘い感じがするわよね」

「そうか?」

「アタシも同感だな。見る糖分と言ってもいいくらい甘い」

「わからないなぁ」


 ぼーっとする二人をそのままに、俺は作業に移る。

 買ったばかりのドーム型テントを取り出し設置、タープも組み立てて、折りたたみテーブルとチェアを置いた。

 それから焚き火台を置いて炭の入った箱も出す。


 火を付けると、まずはケトルで水を沸かしコーヒーを淹れる。


「非常に美味。やはりアウトドアは良いものだな」


 リンがコーヒーでほんわかする。


 彼女の素晴らしいところはアウトドアに興味を示したところだ。

 フィネたんと違って俺の話に耳を傾け、めきめきとキャンパーへの道を歩んでいるのだ。

 ようやく一人沼に沈められそうだと俺は内心で笑みを浮かべている。


「それでこれからどうするの」

「しばらくのんびり時間を過ごしてから食事の準備をするよ」

「じゃあ飲んで良いわよね?」

「どうぞご勝手に」


 クーラーボックスからボトルが持ち出される。

 一本十万もするような高級酒だ。

 あれ一本でアウトドア用品がいくつ買えるのかと考えるだけで複雑な気分となる。


 栓を開けたフィネたんはグラスに注いでその味を堪能する。


 桜の舞い散る季節に飲む酒はさぞ美味いだろうな。


「くぅううう、美味しい! これだけで来て良かったって思えるわね!」

「アタシにも少しよこせ」

「ほら、グラス出しなさいよ」


 二人はグラスを持ったままふらふらあるいていった。

 迷子にはならないと思うが食事までには戻ってきてもらいたい。


 さて、俺は下準備をするとしよう。

 クーラーボックスから食材を取り出す。


 本日はBBQ。アウトドアと言えばこれだろ。


 沿岸部から取り寄せた魚介類を並べる。


 四十センチもあるキング車エビ。

 二十センチサイズのホタテ。

 それからアワビにサザエにイカに魚も数種類。


 そう、海鮮BBQだ。


 一応肉も持ってきてはいるが、酒のつまみ程度しかない。


 まずは海鮮のアヒージョから作るとしよう。

 美味い酒には美味い肴が必要だろう。


 フライパンを取り出しオリーブオイルを入れる。

 さらにニンニク、ローズマリーを入れて、中火で熱を通す。

 香りが出てきたらローズマリーを取り出し、エビ、ホタテ、輪切りにしたイカを放り込んで炒める。

 具材に火が通ったら塩、コショウをふりかけ味を整え、最後に白ワインを加えてアルコールが飛ぶまで煮込めば完成。


 フォークでホタテの貝柱を口に含むと、ほくほくしていて、ニンニクとローズマリーと白ワインの香りが混ざり合い食欲をかきたてる。


「良い匂いね」

「恐ろしく嗅覚を刺激する」


 匂いに惹かれて二人が戻ってきた。

 時々あの二人って子犬みたいに見えるんだよなぁ。


 揃ったところでBBQを開始。


 網の上にエビと魚を載せ、ホタテ、アワビ、サザエを貝殻が付いたまま置いて行く。


 見ているだけで幸せな光景。


 ホタテの染み出るエキスが沸騰する。

 そこでバターと醤油を加えた。

 できあがりを口に入れたフィネたんは足をばたばたさせる。


「ん~、言葉にできない!」

「アタシはサザエの方が好ましいな」


 淡々としているリンだが、心なしか顔が緩んでいるようにも見える。

 一人だけでサザエを食い尽くす勢いだ。


 サザエがなくなるとアワビに視線を向けた。


「もう始めてるのか」

「遅いぞ、マイス」


 マイスが冒険者達を引き連れて花見地へと現れる。

 今や彼はティアズの街のアウトドアアドバイザーである。


 冒険者達は指導を受けながらタープの立て方などを教えていた。


 あの調子だとこっちに来るにはもう少しかかりそうだ。


「こんにちは」


 その中で唯一俺達に声をかけた冒険者がいた。

 ルカ率いる『炎ノ翼』である。


 何の目的で声をかけてきたのか疑った。


「マイスさんから聞いています。アウトドア仲間のイズルさんですよね」

「あ、ああ……」

「キャンプをこよなく愛する方と聞いていたので、ひと目会いたいと思っていました」


 正体はばれていないみたいだ。

 もしバレても証拠がないので言い逃れできる。


「あんた達も一緒に食べる?」

「いいんですか!?」

「宴会は多い方が楽しいでしょ」

「じゃあ遠慮なく」


 フィネたんが招き入れて大人数でのBBQが始まった。

 彼らも大量の食材を持ってきていたので、途中からは海鮮と肉のBBQになってしまう。


 ほくほくのエビを口に入れて俺はチェアに深く腰掛けた。


 ふと、どこからか指向性のある殺気が向けられる。

 俺だけに気づかせるこの技術、間違いなく身内の仕業だな。

 用を足すと言って席を立った。





 木々に覆われた山林の中。

 一際大きな大木へと近づく。


「今の時代を楽しんでおるようじゃの」

「何の用だよじいちゃん」


 木陰から坊主頭の老人が姿を見せた。


 ザザ家前当主ゲンゾウ。


 着流しに黒の羽織りが彼のいつものスタイルだ。


「なんじゃ、孫の顔を見に来るのもいかんのか」

「そういう人じゃないだろあんたは」

「失礼じゃな。儂も人並みに孫を愛するくらいの感情は持っておる」

「どうだか。要件があるならさっさと言ってくれ」


 隙を見せつつ警戒は解かない。

 ウチのじいさんは何をしてくるか分からない手合だからな。


「三名の五聖人の居場所が判明した」

「!?」


 いきなりの重大情報に動揺が表に出そうだった。


「一人捜し出すのに手を焼いていたあんたらが、なんでまた三人も見つけられたんだ」

「簡単な話じゃよ。あの日、エドワードの秘密研究所周辺には、他の聖人の監視者が来ておった。儂らはそれを追跡して居所を見つけたんじゃ」

「俺はいい囮だったわけだ」

「そうすねるな。おかげで予定は大幅に早まった」


 じいちゃんは暗に『早く自由になれるぞ』と教える。

 俺の役目は聖人の始末、それが終われば後は好きにしていいと伝えられていた。

 もちろん条件付きだが。


「それで、一番近い奴はどこにいる」

「それが隣国の王室に匿われているようなのじゃ」

「場所は?」

「リンブール」


 思わず舌打ちしてしまう。

 リンブールと言えば有名な暗部を有した国だ。

 そんなところの深部に置かれてはなかなか手が出せない。


「やってくれるな」

「断ったりしないさ。俺の役割はよく理解している」

「よろしい。ならばお前にはこれを贈ろう」


 木の陰から一台の馬車が出てきた。

 車を引くのは白い六本足の馬。


 毛並みはビロードのように光を反射し、金色のたてがみは絹の糸のように風にながれる。


 聖獣とよばれる魔物スレイプニルだ。


 その力はドラゴンにも並ぶとされている。


「貴重なスレイプニルをもらって良いのか。一族の馬だろ」

「構わん。いずれ一族の全てはお前が引き継ぐのだ」

「あんたも俺を当主にするつもりなのかよ」

「以前にも伝えて置いたと思ったがな。まぁよい、いちいち言わなくとも気づくくらいの裁量は身につけよ」

「話は変るけどさ……これってもしかして」


 スレイプニルの引く車はどう見てもキャンピング馬車だった。

 しかもマイスが乗っていた物よりもデザインも質も良い。


 たぶんエドモント公爵が持っていた高級キャンピング馬車よりも高い。


「国外ともなれば移動に苦心するじゃろう。そこでお前には乗り物と住居を与えることにしたのだ。幸い今のご時世は良い乗り物があるようだったからの」

「それでキャンピング馬車なのかよ」


 じいちゃんは口角を鋭く上げていやらしい笑みを浮かべる。


「それにイズルよ、お前には早く跡継ぎを作ってもらわねば困る。できれば早いほうが良いの。あの二人の女子を妻にするつもりなら儂は歓迎するぞ」

「いやいや、フィネたんもリンもそう言うのじゃないから」

「はて、何か言ったかの」

「都合の悪いことは聞こえないふりかよ」


 相変わらずだな。

 ウチのじいちゃんは。


 彼は大木に軽く人差し指を添え、一瞬で真っ二つに引き裂いた。


 割れた大木の向こうには老婆が一人。

 言うまでもなく俺の祖母。


 じいちゃんはばあちゃんに歩み寄り振り返る。


「ひ孫を期待しておるぞ。くっくっくっ」

「早く帰れ」


 ばあちゃんがじいちゃんの肩に手を乗せ二人は消える。


 結局じいちゃんの言いたかったのは『早く結婚しろ』ってことらしい。


 前の時間軸では結婚してなかったことを言ってあるから、じいちゃんとばあちゃんは危機感を抱いているようだ。

 余計なお世話だ、と言いたいところだが俺にも原因があるのは確かだ。


 少しくらいは頭に留めておこう。


「悪いけど、明日までここで過ごしてくれるか。ちゃんと飯は持ってくる」

「ひひん」


 スレイプニルは地面に座る。

 彼をいきなりマイス達の前に連れて行ったら大騒ぎだ。


 一晩だけ大人しく待っててもらおう。


 俺は相棒達の元へと戻る。





 花見場では盛大などんちゃん騒ぎが起きている。


 冒険者がどこからか狩ってきたイノシシが丸焼きにされていて、なぜか酒ダルまでも積み上げられていた。

 静かな花見にはならなかったらしい。


「あ、お帰り」

「遅かったな」


 フィネたんとリンはアヒージョをつつきながらワインを飲んでいた。

 二人とも少し酔っているのか顔がうっすらピンクである。


 ルカ達は二人にすっかり酔わされたのか、すでにでろんでろんだった。


 マイスは別のグループの宴会で酒を飲んでいる。


 生ぬるい風が吹き、桜の花びらが華麗に舞った。

 花見場では笑い声の響く。

 これこそがアウトドア、俺の求めるキャンプだ。


 また来年も今日のような日を迎えることだろう。


 俺はイズル。


 アウトドアが趣味の暗殺者だ。



 【完】


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暗殺キャンプ△殺し屋一族の天才次男は趣味にまみれてのんびり暮らしたい 徳川レモン @karaageremonn

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