新しい同居人

 マークスはトイレへと入る。

 騎士の一人は彼に付き添って中へ。

 もう一人は入り口近くに立った。


 これはいい、同業者の方から標的と離れてくれるとは。

 どう引き離すか悩んでいたのだ。


 気配を殺したままドアの取っ手に手を掛けようとする。


 ――が、鋭い蹴りが出され、俺は反射的にそれを躱した。


「感触がない、避けられたか」

「…………」

「貴様がずっとこちらを見ていたことには気が付いていた。姿を現わせ」

「どうしてバレたんだ」


 俺は殺していた気配を緩めた。

 騎士はその目でしっかりと捉える。


「匂いだ。あいにく私は嗅覚が鋭くてな。いくら気配を誤魔化したところで隠れきることはできん」

「なるほどね。匂いか」


 たまにいるんだよな、隠密術を破る奴。

 これは想定以上に厄介な相手だぞ。


 騎士は兜を脱ぎとり鎧を外す。


 中から出てきたのはショートヘアーの中性的な顔立ちの女性だった。

 黒のノースリーブジャケットにショートパンツ、両手にはグローブがはめられている。

 武器は見当たらないので格闘戦を得意とするタイプだろうか。


「見ない顔だな。街の外か、それとも国外か」

「答えないと分かってて聞くなよ」

「それもそうだな」


 お互いに間合いを読みつつ距離を詰める。


 すでに腕の良い同業者ってことは確定済みだ。

 王都の暗殺者ってだけですでに田舎の暗殺者とは格が違う。


 しかし、相手が普通の田舎暗殺者ならばの話だが。


「ふっ」


 一呼吸で肉薄し拳が突き出される。

 確かにかなり速い攻撃だ。

 だが、俺には遅い。

 相手の腕に手を添えて軽く逸らした。


 次々に繰り出される打撃を俺は全てを受け流す。


 あまり時間を稼がれるのは好ましくない。


「強いな。こちらの攻撃が通じないなんて驚いた」

「そう言う割に言葉に感情がこもってないようだが」

「まだ本気を出していない、くらいは分かっているだろ」

「まぁな」


 彼女の構えが変る。

 軽いフットワークからしっかりと足で床を掴む形へと変化した。

 東で伝わっている暗殺武術の使い手か。


 ならばとこちらも似たような構えを取る。


「鶴天流の構え……まさか同じ東の?」

「違うさ。けど、教えてくれた人はそうだったよ」


 次はこちらから攻撃を仕掛ける。

 鶴のくちばしに見立てた右手で的確に急所を狙う。


 相手は紙一重で躱し、一瞬の隙を狙って守りの内側へと体を滑り込ませた。


 俺の鳩尾に掌底がめり込む、彼女はそこから氣を込めて強力な一撃を放った。


「何故効かない!?」


 彼女は激しく動揺する。

 イメージでは俺が大きく突き飛ばされるはずだった、らしいが微動だにしなかったことで思考に大きな乱れができていた。


 打ち込まれた氣に氣をぶつけて相殺したのだが、彼女にはそれが分からなかったようだ。


 一秒にも満たない時間で彼女は己を立て直した。

 すぐさま至近距離で目潰しを狙うも、すでに時は遅し。

 氣を込めた拳を彼女の腹部へ沈ませた。


「っが!?」


 どさり、彼女は倒れる。


 死んではいない。けれど目が覚めるのは数時間後だろう。

 別にここで始末しても良いが、たぶん彼女は俺のことを報告しないはずだ。


 暗殺者が最も嫌う失敗は同業者による妨害だ。


 護衛する相手がで死んだともなれば、不可抗力として片付けることもできる。

 わざわざ正直に報告して評判や評価を下げる馬鹿もないだろう。


 俺は気配を殺してトイレのドアを開ける。


 入ってすぐのところにもう一人の騎士が立っていた。

 

 素早く意識を刈り取り床に寝かせる。


「グエインめ! いつもいつも見下したような眼をしやがって! 今に見てろ、持てる全てを使って将軍の地位から引きずり落としてやる!」


 四つほど並んだ個室トイレ、その中の一つからマークスの声がした。


 先ほどの出来事がよほど気にくわなかったらしい。

 自業自得だと思うが、わざわざ言ってやる必要もないだろう。


 俺はナイフを取り出し個室のドアの隙間に差し込むと、ナイフを上げて施錠を解いた。


 ぎぃいい。

 ゆっくりとドアが開く。


「だ、誰だお前!?」

「すぐに楽にしてやる」


 瞬時にマークスを気絶させ、水で満たされた便器の中へ顔を突っ込ませた。

 数秒後に覚醒して暴れ出したがすぐに動きを止める。


 筋書きはこうだ。


 飲み過ぎたマークスは、トイレでうっかり便器に顔を突っ込み窒息してしまった。そして、勤務中に居眠りをしてしまった騎士は、彼の異変に気づくこともできなかった。

 護衛に失敗した彼女はその事実を認める。これで事故は完成する。


 個室のドアを内側から閉め、上から外へと出た。


 後は廊下で転がっている同業者を適当な倉庫に押し込めば完了。


 トイレを出ると気配を殺しホールへと戻った。


「やはり君は見れば見るほど美しい。一目惚れだ。是非我が輩の元へ来てくれないか」

「困ります。私はそんなつもりはなくて……」

「恥じらう姿も素晴らしいな。ますます妻にしたい」


 少し見ない間にフィネたんはグエイン将軍に迫られていた。

 よほど好みだったのだろうか。

 フィネたんも拒みつつ少し嬉しそうではある。


(ちょっとイズル、もういいでしょ! 今すぐ帰りたい!)


 相棒から撤収させろと要求があった。

 仕事も終わったわけだし問題ないだろう。


 俺は適当な花瓶を床に落として盛大に割った。


 スタッフと客達の視線が音のする方へ集中する。


 俺は素早く将軍の背後へ回り込み気絶させる。

 相棒の手を取ると裏口にへと引っ張った。


 どうやら上手くいったようだ。


 店の外に出て路地裏へと入った。


「はぁぁあ、疲れた。精神疲労が半端ないわ今回の仕事」

「でも成功したし報酬もたんまりだぞ」

「あんたわいいわよね。始末するだけだから」


 ジト目で俺を責める。

 今回の分け前は多めに渡そう。

 だからそう睨むなよ。


「ところで同業者はいたの?」

「ああ、格闘戦の得意な奴が一人張り付いていた」

「そいつはどうしたわけ」

「適当にぶっ飛ばして気絶させたよ」


 倉庫に押し込んだというとフィネたんは腹を抱えて笑い始める。

 どこがそんなにおかしいだろうか。

 彼女の笑いのポイントがいまいち掴めない。


 俺達は夜の街を歩きつつ宿へと戻った。



 △△△



 王都の依頼から数日後。

 フィネたんが焼きたてのケーキを差し出した。


「正直な評価を聞かせて」

「ん~、いいんじゃないか。甘すぎないし俺は好きだな」

「よし! 商品化決定ね!」


 彼女はぐっと両手を握りしめる。


 十作目にしてようやく一つ目とは先が長い。

 毎日菓子を食わされる身にもなって欲しいな。


 コンコン。


 玄関のドアを叩かれる。

 するとドアの下から手紙が差し込まれた。

 開けてみるが誰もいない。


 差出人は書かれていないがアンネばあさんだろう。


 席に戻って手紙を開く。


「なんて書いてあるの」

「王都の№2が俺を探してるってさ」

「はぁ!?」


 この№2と言うのは暗殺ギルドの一桁ランカーのことだ。

 言うなればザザ家を除いた業界トップの凄腕。


 だが、なぜそんな奴が俺を探しているのだろう。


 次男だってどこかでバレたのか?


 コンコン。


 再び玄関のドアが叩かれる。

 またアンネばあさんだろうか。

 それともマイスか。


「ようやく見つけた」

「げ」


 玄関にいたのは王都で戦ったあの女暗殺者だ。


 今は偽装の為に一般人の格好をしているのだが、マフラーに分厚いダウンジャケットにぶかぶかの厚手のズボンを穿いていいて、暑苦しいほどシルエットが丸い。

 この時期にこんな格好をする奴がいるんだな。


 女は「中で話をさせてもらう」と強引に中へと体を押し込んでくる。


「ほぅ、なかなか落ち着いた家だ。気に入った」

「なんだよ急に来て。あの件ならもう片付いただろ」

「貴様のおかげで事故となったよ」


 どすんっ、とさっきまで俺が座っていた席に腰を下ろす。

 こいつ人様の家で態度がデカいな。


「お、美味しそうな菓子だ。どれ一つ」

「ちょっとあんた! 勝手にずかずか入ってきて食べ物までねだろうってわけ!? まずは自己紹介位しなさいよ! 礼儀でしょ!」

「もっともだな。だが、先に菓子をいただく」

「おい!」


 女はもぐもぐケーキを食べ始めた。

 おまけに勝手にお茶まで飲んで我が物顔だ。


 やばい、面倒な匂いをビンビン感じる。


「ふぅ、馳走になった。アタシはリン、人は『流麗のリン』と呼ぶ」

「王都の№2なんでしょ。なんでそんな最上クラスの奴がこんなところに来るのよ」

「その前にここは暖かいな。服を脱いでも良いか」

「自由気ままか!?」


 リンはジャケットを脱いで半袖ショートパンツ姿となる。

 前回はあまりよく見ていなかったが、細身のくせにやけに胸が目立つ。


 その胸を見て、つるぺたフィネたんが硬直した。


「用があるのはそこの男だ」

「俺?」


 とりあえず椅子に座って話を聞くことにする。

 用事を済ませてもらってお帰り願おう。


「自慢ではないが、アタシは今までたった二人にしか負けたことはなかった。一人は我が師である御方、そして、もう一人は№1の男。貴様は三人目だ」

「なるほど」

「アタシの言いたいことは分かるな?」


 三つ目の敗北は許されない、そういいたいのか。

 たまにいるんだよなぁ、独自の自分ルールを持ってる奴。

 特に暗殺者は敗北すれば死ぬことが多いから、勝利へのこだわりは一際強い。

 せっかく逃してやったのに死にに来るなんて馬鹿な奴だ。


「貴様はアタシの嫁になるのだ」

「「はぁ!?」」


 俺とフィネたんは揃って立ち上がる。


 な、なに言ってんだこいつ!

 しかもなんで嫁!? 俺、男だけど!??


「師も№1も良い男ではあるが、どうも好みではないようだ。しかし、その点貴様はなかなかそそられた。もはや嫁にするしかないだろ」

「そのさ、まったく話が見えてこないんだけど……」

「嫁の辺りか?」

「違うだろ。いや、違わないけど、なんで結婚的な話になるんだ」

「簡単だ。アタシはアタシより強い男と子孫を残す、貴様はその条件を満たし見事、嫁の座を得ることができたのだ」


 リンは「貴様となら強い子供が作れそうだ」と指をごきりと鳴らす。

 にじみ出る熱を帯びた猛烈なヤル気に頭が痛くなる。


 こんなことを言う奴は初めてだ。

 どう対処するべきなのだろう。


「イズルはそんな話受けないわよ! そいつは私の相棒なんだから!」

「すでに相方がいたか。だがアタシは一向に構わん。男というのは相手を複数持つらしいからな」

「なんだこいつぅうううう!! 頭のネジが外れてるのか!」


 そろそろフィネたんがヤバい。

 怒りのあまり頭をかきむしっている。


 ひとまずここは場を収めなくては。


「お前の主張は理解した。けど、俺にも選ぶ権利があるだろ。リンが俺の条件に見合わなければ今回の話はなかったことにしてくれ」

「ふむ、道理だな。アタシも無理を通して嫌われるのは避けたい」

「分かってくれてよかったよ」

「では、しばらくの間パートナーとして最適か、近くでじっくり見てもらうことにしよう。しばらく世話になるがよろしく頼むぞ」


 ウチで暮らすつもりなのかよ。

 だんだん相手するのも疲れてきた。


 まぁ、部屋は余ってるし住まわせるくらいなら構わないか。


 問題はフィネたんだが……。


「もういいいわ。好きにしたら」


 彼女は諦めたのか自室へと戻って行く。

 しかし、うっすらとだが殺意がにじみ出ていた。


「フィネたんとは仲良くしろよ。じゃないと話はなしだからな」

「善処しよう」


 リンは暖炉前のソファに移動して眠り始める。


 参ったな、同居人が増えてしまった。

 頼むから面倒を起こさないでもらいたい。


 俺は静かにアウトドアをしたいだけなんだ。


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