東京オリンピックを君と

無月兄

前編

 病室のドアを開けると、飛び込んでくるのはベッドで横になる幼馴染みの姿。


 一緒に高校に入学してすぐに発症した彼の病気は、瞬く間にその体を病院のベッドから離れられなくしてしまった。

 その姿を見てギュッと胸が痛むけど、そんな気持ちを圧し殺しながら、明るい声で言う。


正太郎しょうたろう、調子はどう?」

「なんだ洋子ようこか。どうって言われても、相変わらず退屈で死にそうだよ」


 元々じっとしているのが苦手で、本もろくに読まない正太郎にとって、ずっとベッドで寝たきりと言うのは堪らなく苦痛だと、今までにも何度かこぼしていた。


「暇潰しっていったら、これくらいしか無いな」


 そう言って、傍らに置いてあるラジオのスイッチを入れる。今はニュース番組をやっているようで、アナウンサーの声が聞こえてきた。


「東京オリンピックまで、いよいよ後一年を切りました。各所では今も、開催に向けた準備が急ピッチで進められています──」


 またこの話題か。開催まで一年あるってのに、既にニュースでは何度もこれに関係した話題が取り上げられている。


「オリンピックか。けっこう楽しみにしてるんだよな」


 正太郎はじっとしているのが苦手な反面、スポーツ全般が大好きだ。もしこんな風に入院なんてしていなければ、きっと今ごろ運動系の部活に入っていただろう。そんな彼が、かのスポーツの祭典を待ち望んでいるのは当然の事かもしれない。


「始まったら、一緒に見ようよ」

「ああ、そうだな」


 私の言葉に正太郎は笑って答える。だけどそのすぐ後、彼の目が僅かに険しくなったのを、私は見逃さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る