第12話 答え合わせ①



「さて……」

 そう言って突然、坂倉が立ち上がる。

「どこへ行く気だ」

 そしてそのまま部室を出ていこうとする坂倉を俺は呼び止めた。

 ……少し、語気を強めて。

「どこって……花を摘みに行くだけさ、乙女にそんなこと言わせないでくれたまえ」

 わざとらしく飄々とした様子で答える坂倉。今時、花を摘む、なんて隠語を言う奴がいることに驚くが……そんなことよりも。

「嘘だな。相沢の彼氏……篠宮のところに行くつもりだろ」

「篠宮って誰だい?」

「ありゃ、宮川……だったか?」

「そっちを残してどうするんだい。……それで、どうしてボクが篠原悠也のところまで行かなきゃならないのさ?」

「自分の推理の答え合わせ、それに肝心の自分語りの真偽を確かめに行くんだろ?」

 そのために篠原がどこにいるか相沢に訊いていた。

 さっき時間を気にしてたのも、篠原が所属しているサッカー部の部活がいつ終わるのかを確認してたんだろう。

 俺は覚えている。

 自分の推理があっているか、執拗に詰め寄ってきた恐怖とも呼べる坂倉の執念を。

 この女がこの程度で満足するわけがない。

 俺の確信を持った目を見て、坂倉はあきらめたように頭を掻いた。

「うん、確かにそうさ。認めるよ。それで、どうする気だい? ボクを止めるのか?」

 その問いかけを待っていた。俺は意気込んでこう言った。

「いいや、俺が代わりに行く」

「は?」






春と夏の中間ぐらいのこの季節は体感的な気温に関しても、半袖ならば少し肌寒く、長袖ならば少し暑いという絶妙なラインをついてきていた。

ただ、サッカー部の連中が必死にボールを蹴り転がしている暑苦しい姿を嫌々目に納めている今はなんとなく暑さの方が優勢な気がしたが、この絵にかいたような青春模様を見ているうちに、だんだんとうすら寒さを感じてしまい、結局変わらないような気がしてしまった。

そんなどっちつかずな事を考えながら、しばらく待っていると、それまで集合し、締めをしていた部員たちが散り散りになった。

各部員たちは疲れただのなんだのぼやきながら帰り支度を始める。

俺は周りを見渡す。

さて、問題はここからだ。

俺は篠原悠也なる人物がいったいどんな容姿をしているのかを知らない。

つまり、サッカー部関係者の誰かに篠原を呼んで来てもらわなければならないのだ。だが、固まっている部員達には少し聞きづらい。

どうしようかと思案していたところ、部員たちの方に集団が駆け寄って来た。

サッカー部の女子マネージャー達だ。

お疲れー、と労いの言葉をかけながら、数人がかりで水が入っている水筒を順に手渡していく。

よし、あの人達の誰かに聞いてみよう。

隙を見てその場から離れた一人に話しかけた。

「あのースミマセン……」

 可憐な女子マネージャーは俺の顔を一目見ると一言、即答した。

 汚物を見るような目で。

「うわキモイ、話しかけないで」

 そう言って走り去ると、他の女子マネージャーのところへ行き俺の顔を嫌悪の眼差しで見ながらひそひそと話し始めた。

 …………。

 ……うんまぁ、頑張って生きよう。

 


俺は気持ちを切り替えるように再度、周りを見渡した。すると、

ん?あれは……。

たった一人グランドの隅でぽつんと所在なげに立ち尽くしている女子生徒を発見する。

他の女子と同じマネージャー用の服を着ている。なのに、なぜ一緒になって水を配らないのか。

俺はその理由を一瞬にして察した。

――彼女は俺と同じ側の人間だ。

坂倉の件で俺は学年内で敵視されてしまっている。

普通の生徒に安易に聞いてもさっきみたいに答えてくれないだろう。

つまり、今の俺にとって彼女が適任だな。

俺はその女子生徒に近づくと小さい背中に声を掛けた。

「あのー、すみません」

「…………」

「あのー……」

「…………」

聞こえてないのか、それとも無視してるだけか、いくら声を掛けても反応しない。

ぼーっとしたまま、現在進行形で青春を楽しんでいる部員達を見つめているだけだ。

 白みを帯びた短い髪だけがゆらゆらと元気そうに揺れている。

「聞こえてますかー?」

我慢できずに肩を軽く叩くと、やっとのんびりとした様子でこちらに振り向いた。

どうやら、ただ単に気付いていなかっただけのようだ。

少し面倒くさそうな表情をしながら淡々と聞き返す。

「……何?」

「君、この部活のマネージャーだよね」

 頷く。

「篠原裕也って人に用があるんだけど僕、その人の顔を知らないから呼んできて貰えないかな」

「…………」

 面倒そうな表情をしたまま、まるで調子の悪いPCのようにフリーズする。

 ……まぁ、そりゃ嫌だよな。

 ただでさえハブられているのに俺の言う事なんか聞いた事がバレたらさらに嫌われかねない。

 ……仕方ない。

 「あー、やっぱりいいや。ごめんね」

 一旦、対策を考えよう。

 俺は踵を返し、歩き出した。

……瞬間、袖を掴まれる。

 おかげでつんのめかけた。

「うん?」

 もう一度振り向くと、彼女は小動物のように小さい口元をわずかに動かした。

「……出雲真?」

「え?……えと、僕の名前はそうだけど」

 するとこちらをじっと見つめながらでぽつりと呟いた。

「……いい」

「な、なにが?」

 圧倒的に情報量が乏しすぎる言葉に思わず困惑する。

 少し考えよう。いい……良い?

「もしかして、篠原君を呼んできても良いってこと?」

 こくりと頷く。

「お、おお、そうか。助かる」

と、うっかり素で喜んだのもつかの間、彼女の言葉は続いた。

「条件」

「条件?」

「話がある」

 ド、ドユコト?

 コイツの発する言葉は最低限の情報量にも達していないんだが。

 もう一度考える。俺の名前を聞いた後に条件を持ち出したってことは俺でなければいけないようなことを頼むつもり。

 俺でなければいけないようなこと……俺の特殊な立場といえば……つまり。

「……僕の部活に話をしに来てもいいかってこと?」

「そう」

 よし、当たってた。

 ……推理に没頭する坂倉の気持ちが分かったかもしれない。

 確かに少し嬉しい。

 それとは別に話を聞くのはぶっちゃけめんどいが。

 まあ今更一人訪問者が増えようが、やることは変わらない。

 俺は頷いた。

「ああ、それなら全然構わないよ」

「そう」

「じゃあそういうことでよろしくね」

「……こがいひとみ」

「う、うん?」

 今度はまともな日本語ですらなくなったぞ。

 またしても困惑してる俺を見て、軽く首を傾げると再度口を開いた。

「小飼瞳……名前」

「あー、君の名前ね覚えとくよ」

 ようやく小飼はゆっくりとした足取りでサッカー部員たちがいる方へ歩き出していった。

 ……まぁ俺、人の名前覚えるの苦手だけど。

 今にも消えてなくなりそうなほど小さい背中を見て俺は他人事のようにそう思うのだった。

  

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