第11話 推理②

 閑話休題


「話が逸れてしまった、君のせいでね」


 俺をなじるように一瞥した後、坂倉はチラリと時計を見た。

 因みに先程、俺が坂倉の性癖を盛大に誤解していたが、実は相沢は自分語りをしている最中も語り終えた後も湯呑に一度も口をつけず、それどころか、お菓子にも手をつけなかったらしい。


「なあ……お菓子ならともかく、相沢はどうしてあれだけ長く喋っていたのにお茶を飲まなかったんだ?偶然、喉が渇いていなかったって言われればそれまでだけど……それにしても、しっくりこないな」


 そんな疑問を投げかけると坂倉は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。


「スイカ頭の君にしては良いところに気が付いたね」

「というと?」

「今からボクが言おうとしてた最後にして最大の特徴がソレさ」

「相沢がお茶を飲まなかったことが、か?」

「違うね」


 坂倉は心底楽しそうに否定した。


「厳密には『手を一度もこちらの見えるところに置かなかった』ってことだね」

「手を見せなかった……?」

「そう。しかもそれが分かるのはあの時だけじゃない。最初からずっとさ」


 俺は思い返す。相沢の今までの振る舞いを。


 ……そうだ。部室に入ってきたときも、自分語りをしていた時も、ずっと相沢は服の袖を掴んで自分の手を隠していた。


 お茶を飲まなかったのは湯呑を持つ手を見えるところに置きたくなかったから?


 だが、別に手の甲や指先は普通に見えていたはずだ。手のひらはわずかしか見えなかったが少なくとも隠している感じはしなかった。


 つまり、もっと具体的に言うなれば……


「……手首を隠していたのか」


 俺はその答えが正しいことを坂倉の冷笑を見て悟った。


「ボクが最初に違和感を感じたのは彼女に抱きつかれた時だ。妙に強い力で手首を押し付けられたうえに、背中にしっかりと手を回すというスキンシップが苦手な日本人らしくない挙動。それに感づいたときから、それまでの鬱憤よりも相沢美優という人間への興味が湧いてきた」


「ってことは……もしあの時、それに気づかなかったら」

「怒りに任せてデコピンしてただろうね」  

「あぶねぇ……」

「だからそういう意味では彼女に感謝してるよ。相沢美優、ありがとう。リストカットしてくれていて」

「…………」


 ……サラッと言いやがった、この女。 


 俺がドン引きしている横でなおも坂倉は続ける。

「ここまでの話をまとめよう。彼女、相沢美優は自傷行為をしている。さらに身なり、口調、性格から鑑みるに円滑な人間関係を結べるような人間ではない」 


 そして躊躇なく答えを口にした。


「結論を言おう。相沢美優は昔どころか、現時点でもイジメを受けている。しかも自傷行為をする程度にはそれに病んでいるようだ」


「ま、待て! そんなこと言いきれないじゃないか!」


 あまりにも悲痛すぎる結論に俺は納得出来ず、思わず声を荒げた。


「反論かい?まぁ、初めに許可したのはボクだからね。別に構わないよ、どうぞ」


 坂倉は頬杖をつくとニヤリと笑った。言外で「覆せるもんなら覆してみろ」とでも言いたげだ。


 そんな挑発的な様子に俺は腹を立てつつ、必死に反論、もとい無駄な抵抗をしたのが以下である。

「相沢と同じクラスの人間が浮いてる女子をイジメるほど酷い奴らだって証拠はあんのかよ?」

「愚問だね。酷いも何も、異物を排除しようとするのが人間の本能じゃないか。それが普通さ。君もそれは今までの学校生活で身をもって実感しているはずだろう?」

「ぐっ……て、手首の傷だって実際に見えたわけじゃないだろ?単に何か他に見られたくないものがあったかもしれない」

「ふーん、例えば?」

「……お、お茶目な落書きとか?」 

「ふっ、実に下らないね。もし仮にそうだとして、じゃあなんで手首には描いたのに、手のひらにも手の甲にも描いていないのさ?不自然じゃないか」

「あ、確かに」


 と、反論した当の本人が納得するレベルでボコボコに言いくるめられたところで、坂倉はため息をついた。


「君だって分かってるんだろう?」

「……なにを」 

「わざわざこの部活に来てまで自分語りをする人間は総じて、まともではないってことにさ」

「…………」


 黙りこくった俺を見ながら坂倉は偽悪的な笑みを浮かべた。


「相沢美優の自分語りだってそうだ。あんなどこにでも転がっているような陳腐な話、普通ならわざわざボクらなんかではなくクラスの友人なりに語ってさぞかし自己承認欲求を満たしていたことだろう。だが、彼女にそんな相手はいない」

「お前がそうなんだろ」

「逆に言えば、ボクしかいないんだよ。下手にボクに近づきすぎるとさらにいじめられかねないのに、それでもボクに話をしに来たのは他に相手がいないことを意味するのさ」


 自身でそう言った直後に坂倉は首を傾げた。


「……だが、少し気になる点がある。ボクは彼女にこの部活のことを教えていないんだ。来たら面倒なのはわかっていたからね。なのになぜ、事前に彼女はここの部活内容をしっかり把握していたのか。君、何か知っているかい?」

 心当たりはある。が……それを言うと更にこの推理大好き女が深い思考の海に沈んでいくだろう、というのは目に見えて分かった。もう推理話はお腹いっぱいだ。俺は首を横に振る。

「いや、なんも知らん」

「……本当に?」


 目を細めてこちらを凝視してきた。勘の鋭い奴だ。


 そのまま数秒ほど見つめ合い、俺が目を逸らしたところで坂倉は舌打ちをすると

「これ以上君を見ているとあまりの気色悪さに吐きそうになるから追及はここまでにしとくよ」


 そんな失礼なことを言って、ようやく俺から視線を外した。

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