第10話 推理


足音が聴こえなくなったのを確認してから俺は大きく伸びをした。


「あー、疲れた。マジで面倒だったな、あの変な女」

「……ああ」


 机をじっと眺めながら何かを考え込んでの返答。


 どうにも煮えきらない態度だ。

 まあ、原因は分かってるのだが。


「さっきの話で腑に落ちない点でもあったのか?」


 坂倉の肩がピクリと反応する。


 ……どうやら図星のようだ。一瞬の間の後、おもむろに首肯した。

「……まあね」


 すかさず俺は問い詰める。


「推理はしないんじゃないのか?」

「…………」


黙り込んだ坂倉を尻目に俺は頬杖を突きながら湯呑みを指で弾いた。コツンと小気味良い音が静かな部室によく響く。


 ……今回ばかりは咎めないでおくか。

 それに……少し気がかりな事もあるし。


「ま、いいさ。話せよ」

「良いのかい?」

「それでお前が身勝手に満足できるならな」

「……嫌な言い方をするね、君は」


 坂倉も否定はしない。彼女自身も分かっているのだ。

 今から自分がすることは他人のかけがえのない思い出をぶち壊す最低な行為である、と。


「まだ完全に推理しきれた訳ではないから、考えながら話すよ。君はそれに相槌を打つなり、質問するなり、反論をするなりすればいい」

「ああ」


 坂倉は腕を組みながら目を瞑り、ぽつぽつとその推理を語り始めた。


「ボクはまず、彼女自身について考察した」

「彼女自身?」

「要するに彼女……相沢美優がどのような性質の人間なのかってことさ」

「どうしてそんなことを考える必要があるんだ?」


 考えるべきなのは相沢の語りについてだけで、相沢自身の人間性なんかはどうでもいいはずだ。

 そんな疑問を坂倉はつまらなさそうに一蹴した。


「それこそ考えるまでもない。だって、あの話は相沢美優本人による自分語りだからね」

「ああ……なるほど」


 つまり坂倉は、そもそも相沢の語りの信憑生を疑っているというわけだ。


「でもまあ実を言うと、そこに関してはもう結論が出てるんだ」

「相変わらずの早さだな」


 まだ話を聞き終わってから五分も経ってないぞ。

「中身スカスカな上にドロドロに腐敗してるスイカみたいな君の頭と一緒にしないでくれたまえ」


 素直に称賛してやったのにバカにされた。

 俺はむすっとしながら促す。


「……さっさと言え、その結論とやらを」

「その前に、その結論までに至る彼女の特徴を順番に説明してあげよう」

「説明したいんだろ」


 俺の皮肉をスルーして坂倉はお茶を一口飲むと、右手の人差し指を立てた。


「まず、第一に身なり。あれは学校が規定しているものと比べてはるかに度が過ぎている」


 言いながら、香水の匂いを移されたであろう制服をくんくんと嗅ぐと、嫌そうに顔を引きつらせた。……まあ、ドンマイ。


「ああ、それは確かに俺も思った。比較的派手な服装の陽キャと比べてもあれは酷い。これにかけては自信があるぞ。イキっている陽キャ達をバレない程度に嫌悪の眼差しで観察していた俺が言うんだからな!」

「とことん君は根暗だなあ」

「うるせえ」


 さらに坂倉は中指を立てた。


「そして第二に、あの一人称だ。いくらなんで『みゆ』は浮くだろうね」

「…………」

「なんだい?その無性に腹の立つにやけ顏は」

「いや、女子のくせして一人称が『ボク』の奴が何言ってんだって思っただけ……っておい。人差し指だけをスッと下ろして手の甲を見せつけるな」


 それ以上明言はしないが、そのポーズは完全にアウトだ。

 それが許されるのは二頭身のどこぞのギャグ漫画の表紙だけだ。


 坂倉はもう指を立てずに話を続ける。

「それで、第三に彼女の自己中心的で横暴で思い込みが激しい性格だ。まあ、それはあれだけぞんざいな扱いをされてる被害者の君が一番分かることだろう。

そして――」

「ストップ」


 そのまま立て続けに話そうとする坂倉を俺は片手で制した。


「あれは単にカースト上位でなおかつ尊敬しているお前と、カースト底辺の俺が同じ部活であることに反感を持ってるだけじゃないのか?」


 俺が坂倉ファンから嫌われるのは自然の摂理……と言うと悲しすぎて死にたくなるのだが、まぁ仕方のないことだとは思う。


 だから俺に対して冷たいというだけじゃ、相沢の性格が悪いという証明にはならないはずだ。

 ……まぁ、あそこまで嫌悪感を丸出しにするのはどうかと思うけどな。


 しかしそんな俺の予想に反して坂倉は嘲りを含んだ笑みを浮かべた。


「いいや、基本的に彼女のあの態度はボク以外には……いや、最初はボクに対してすら、あの態度だった」

「……マジ?」


「ボクも当時は目を疑ったよ。ここまで立場を弁えない人間がこの世にいたのか、とね。

それで試しに彼女をわざとらしくおだててみたら、何故かボクのことを自分の数少ない理解者だと思い込んだのか、マイマイなどといういかにも知能指数の低い渾名をつけたあげく勝手に親友認定したね」

「じゃあ、マイマイって……」

「ボクのことをそう呼んでるのは彼女だけさ」

「えぇ……」


 ……俺が思っていたよりも遥かにヤバイ女相手に訪問されたらしい。

 しばらく絶句した後、正面を見ると坂倉は俺が用意したお菓子入れから煎餅を取って食っていた。


 テーブルの上にある包装から予想するに少なくとも四枚は食している。

 ……いつの間にそんなに食ったんだよ。

 坂倉は煎餅を一口かじり、緑茶を飲もうとする……が、湯呑みの中は空になっていた。

 すると……なんと驚くべきことに坂倉は隣の、つまり相沢の机の上にある湯呑みを手に取り、躊躇なく口をつけた。


 え?坂倉って間接キスを気にしない系女子だっけか?

 まあ確かに同性だしそこまで気にすることもないんだろうが。

 だが、この坂倉という鬼畜女に限っては自分以外の存在は汚らわしいと考えている節があるからそれはないはず……


 刹那、俺の頭に閃きが舞い降りた。


 いや、例外的に一つだけありうる可能性がある。それは……愛だ!

 驚愕が混じった俺の視線に勘付いた坂倉はこちらを不審がる。


「どうしたんだい? ……もしかして、君も有象無象よろしくボクに好意を抱いたんじゃなかろうね。……想像したらあまりの気色悪さに寒気がしてきたよ」


「そりゃ、男から告白されるのはお前にとっては辛いだろうな」

「……は?」


 俺は怪訝な顔をしている坂倉をスルーして調子よく語った。


「お前、ああいうのがタイプだったのか。確かによく考えれば、さっき勝手に親友認定されたって言ってたけど、お前からしたら『そこは恋人だろっ!』って嘆いていることを暗示してたんだな、素晴らしい叙述トリックだ。うーむ、同性への伝わらない愛……ベタな話だけど実際に立ち会わせたのは初めてだったわ。いや~、まさかあの誰もがひれ伏す天下の坂倉真衣様がまさかレズビ――」


 続く言葉が声になることはなかった。


 スパンッ!という物凄い音が鳴ったと思った瞬間、額の神経がズキンと悲鳴を上げ、


「痛ってええええええええ!!」


本体の俺も同時に悲鳴を上げた。


そのあまりの激痛に俺はのけぞり、椅子をひっくり返して更に床に頭をぶつける。

再度、叫ぶ。

「痛ってええええええええ!!」


 なんだこのふざけたピタゴラスイッチ。


「うるさいな……」


 頭を抱えながらのたうち回る俺を坂倉は冷徹な眼差しで見る。

 ドMにとってはご褒美だろうが生憎俺はノーマルだ。


「なんでそんな頭の悪い結論になるのか、甚だ疑問だね」


 殺人者は淡々と言うと、醤油煎餅をまた取り出してバリっとかじる。続いて一緒に緑茶を少量ほど口に含みながら煎餅を咀嚼し、飲み込んだ。


「うん、美味だ」


それまでの仏頂面がわずかに緩む。


 それは普段浮かべているうわべのものと比べて何倍も可愛く感じられる自然な笑顔だった。

 俺は倒れ伏したまま、わずかな抵抗代わりに嫌味を唱える。


「今時の女子高生らしくない渋い好みだな」

「君は分かってないね、煎餅の素晴らしさを。……まあ、君なんかに分かられても煎餅の格式が下がるだけだから結構だけれども」


前言撤回。こいつ、全く可愛くない。

 額を押さえながら席に着き直す。

 そして俺もゴソゴソとシティーマアムを取り出してパクリと食べた。

 うむ。甘くて美味しい。

 因みにレンジでチンすると更に美味しくなるぞ。冷蔵庫で冷やすのは個人的に微妙だからオススメしないです。

 ……何の話してたっけ。

 

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