第9話 自分語り
そんなこんなでヒエラルキー制度の厳しさをひしひしと感じながら、なんとか椅子と机を配置し終え、更にはお茶とお菓子まで用意させられ、そこでようやく2人を座らせる。
席は坂倉と相沢が隣に座りその対面に俺がいる形。
……いや、おかしいだろ。普通、訪問者が1人側だろ。
俺は特に喉が乾いていないがお茶を一口飲むと、どこぞの人類補完計画の総責任者がしてそうなポーズで話を切り出した。
「では、どうぞお話しください」
「…………」
ガン無視。
「相沢さん、話していいですよ」
「うん、マイマイ!」
……俺の懸命な雰囲気作りを返せ。
相沢は軽く興奮しながら口を開いた。
それを俺は冷めた目で見つめる。
さて、注意喚起をしておこう。
ここから本当にどうでもいい自分語りが始まる。興味のない人間は聞き飛ばすことを推奨する。
***************
これはみゆとゆうくん……彼氏の出会いの話。
小学生の頃、みゆはクラスのみんなからイジメられてた。
別にみゆはなーんにも悪いことしてないのに一方的に。
え?なんで『みんな』なのかって?
もちろん、実行犯は一部だよ。
だけど……助けてくれる人が1人もいなかったの!
みんな、次のターゲットになる事を恐れて、しらんぷり。
みゆは思う……それもイジメと変わらないって。……だから、『みんな』なの。
ほら?合ってるでしょ?てか、それに気づくみゆってば頭良くない?
で、そんな感じでしばらく辛かった毎日が続いていたけど、そんな日々もあの時に終わりを迎えたの!
今でも覚えてる。あれは小学5年生の10月22日の昼休み。
みゆがお昼ごはんの給食を食べようとしている時に、みゆをいつもイジメてくるリーダー格のイジメっ子がわざと転んだフリをしてみゆの給食を落としたの。
最初は何が起きたか分からなかったの。
だけど……遠くから聞こえるクスクスっていう笑い声でそこでようやく自分が何をされたか分かった。
そして頭がだんだん真っ白になってきて視界が涙で歪んできて……
でもその時。
1人の男子が私の前に出て叫んだの!
「何をするんだ、可哀想じゃないか!」って。
そう、つまりその男子こそがみゆの今の彼氏、ゆうくんなの!
みゆは泣いた。……でも、それは嬉しさのあまりに溢れ出た涙だったの。
だからみゆはその時、泣きながらゆうくんに言ったの。
「ありがとう」って。
そしたら、ゆうくんってば照れたのか、顔を逸らしてた。
どう?かわいくない?
ふふっ、ゆうくんは照れ屋なの。
同じ中学に進学した時にも、「ついてくるなよ」ってわざとらしい生真面目顔で言ってたし。
まあそれで結局、その事件は表沙汰になった……ううん、みゆが表沙汰にしたの。
今まで我慢してたけど、ゆうくんが助けてくれたおかげで勇気が出たから。
それで最終的に、イジメっ子の親が呼ばれて話し合いになった。
イジメっ子は泣いていた。でもそんなの因果応報だよね。
ソイツの母親なんて、「うちの娘がこんなことするわけがない」ってさ!
思わず笑っちゃったよ!
みゆ、あの時初めてモンスターペアレントっていうのを見たね!
当然、今までやったこともあって容赦なく、その子は強制的に転校させられた。
自業自得。正直、ざまあみろって思ったわ!
で、その事件がきっかけで、その男子、ゆうくんと付き合うことになったの!
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語り終わった相沢は腕を組みながら満足げに一つ息を吐いた。
「こんなカンジ。どう?良い話でしょ」
俺は内心で嘲笑う。
はっ、そんなのそこら辺で一山いくらで売ってそうなよくある話だ。
全くもって感動しない。
だが。
――ここからがこの「共感部」の活動である。
俺は裏腹に全力でぽろぽろと涙を流した。
「うぅ……ひっく……す、すごく……感動……しましたっ!!」
「えっ!? そこまで?」
驚く相沢の横で、続いて坂倉がハンカチで目尻を押さえながら追い討ちをかける。
「相沢さん、とても良い彼氏をお持ちですね。私もとっても感動しました」
「そんなっ、マイマイまで……」
それに釣られた相沢も目に涙を浮かべた。
「……そうなんだ。みゆが思ってた以上にこれって良い思い出なんだね……知らなかった……」
「そうですよ!僕もそのくらい胸を打たれる体験をしたかったなあ」
「ふふっ、アンタには無理よ」
「えー?そんな酷いこと言わないでくださいよ〜」
「うふふ」
とまあ、こんな感じで俺に対しての態度が軟化している始末。
面白いぐらい予定通りに相沢の機嫌が良くなった。
よし、これぐらいでいいか。
俺はいつも通り、坂倉に合図を送る。もう仕事は完了したから部長として締めの一言を寄越せ、という指示だ。
しかし、何故か彼女はそれに反応せず、微笑みながら相沢の目を見つめると、
「本当に良い話でした。ところで、少し質問いいですか?」
「ん?なあに?」
「その彼氏って、この高校にいるんですか?」
「もちろん。というかゆう君と同じ高校に行く為にみゆ、受験勉強めっちゃ頑張ったんだから!」
「名前と、所属しているクラスは?」
「え? うーんと……ゆう君の名前は篠原悠也、クラスは2年B組だよ」
「篠原君は今、どこにいるか分かりますか?」
なおも微笑みながら即座に訊き続ける坂倉。
だが……目が笑ってない。
……なんだか様子がおかしい。
「……お、おい坂ぐっ」
不安になって小声をかけると坂倉に足のスネを蹴られた。クソ痛い。
幸い、相沢は坂倉の異変に気づかず、質問に答え続ける。
「んー、ゆう君、サッカー部だからまだ部活してるんじゃないのかな? けどなあ、みゆ、あれほどデートする時間が減るから部活行かないでって言ってたのに……」
まずい、相沢の表情が曇りはじめてきた。ここらで話を終わらせないと、また最初からやり直しになってしまう。
……くそっ、後が怖いがこうなったら。
俺は思い切って机の横から手を回して坂倉の横っ腹をつついた。
「ひゃっ!」
…… やたら可愛い声が目の前から聞こえた。
うーむ。普段とのギャップがありすぎて面白いです、はい。
と、軽くにやけていると、坂倉が般若のような形相をこちらに向ける。前言撤回、やっぱり怖すぎる。
「何をするん……」
と言いかけて、坂倉はようやくハッとした様子で我に返った。
流石の相沢も不審そうに首を傾げる。
「マイマイ……?」
呼ばれた坂倉は首を横にぶんぶんと振るとなんとか冷静さを取り戻した。
「……分かりました。話を聞かせてありがとうございます。
余計な一言かもしれませんが、その思い出を胸にこれからもお二人で幸せでいてください」
「う、うん、分かった! ありがとねマイマイ!」
そう言い残すと、相沢はスッキリした表情で部屋を出て行った。
任務完了である。
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