第8話 訪問者



 手を洗いに行くのだろう、イラついた表情のまま無言で部室を出て行った坂倉を横目で見ながら、俺はケーキをパクパクと食べる。


「……うまいな、コレ」


 しつこすぎない甘さのクリーム、ふんわりとした食感のスポンジ、それらに合うように調整された絶妙な酸味の苺、どれもが美味とも呼べる代物であった。

 と、まるで日曜の昼頃にやっている旅番組のような、独創性のないありきたりな食レポを続けること、数分後。


 トントン、と。

 扉をノックする音が聞こえた。

 おん?

 坂倉が戻ってきたのか?

 ……いや違うな。普段の坂倉ならともかく、素のアイツは一々部屋に入る時にノックをするようなお淑やかで清楚な女ではない。

「どうぞ」

 ともかく無視するわけにもいかない、そう思って返事をすると、


「共感部ってここ?」


そう言って姿を現したのは1人の女子生徒だった。

 容姿やら何やらを見る前に最初に思ったのは、この女の香水の匂いがキツすぎる、だった。

 フローラル系かなんだか分からんが、とにかくこれだけは言える。

 つけすぎだ。

 すぐに俺は口呼吸に変えた。

 次に気になったのは超派手なネイル。

 これでもかというほど爪にアートが施されている。ダサい。

 そして金色に染まった髪。

 長髪でウェーブがかかっている。ケバい。

 さらに、お前は今から歌舞伎でもするのかと問い詰めたくなるほどの濃い化粧。

 だからやりすぎだっての。

 


「何?こっちをじろじろと見て。……さてはアンタ、みゆに一目惚れしちゃったカンジ?」


  ……は? な、何言ってんだコイツ。

 と、唖然としている俺に気づいた様子もなくその女は腕を組みながら、俺をバカにし腐った顔で一方的に話を続ける。


「でもゴメンねー。みゆにはもう彼氏いるんで。あ、そうそう。今日はその話をしに来たんだった」


 あ、思い出した。

 そういえば、昨日神田が言っていたな。

 明日、久しぶりのの訪問者がくる、と。

 すっかり忘れていた。


 俺は香ばしいものを見る目つきから、お医者さんが患者にするような優しさが含まれた愛想笑いに変えると、

「……えっと、その前にまずお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


 訊くと彼女は上着の袖を掴みながらパチリと ウィンクをする。

 どういうポーズだよ。流行ってんのか、それ。


「みゆの名前は相沢美優。2年B組のピチピチJKでーす!」

「はあ……」


 「みゆの名前」ってなんだよ。みゆの名前はみゆだよ。

 それよかお前テンション高すぎるだろ。

 という諸々のツッコミを俺はなんとか飲み込み、冷静に対応する。


「分かりました、相沢さん。僕の名前は」

「あ、別にアンタの名前とか興味ないから言わなくていいよ」

「……あはは、ですよね」


 コイツいつかぶっ殺す。

 と、既に冷静さを欠いて口元をひくひくさせている俺の横で相沢は辺りを見回した。


「それよりも、マイマイは?」

「ま、マイマイ?」


 なんだそりゃ。カタツムリでも呼ぶのか?

 いやまあ、世の中には「ボールは友達」とか言ってる頭のおかしいサッカー少年もいるワケだし生命体が友達なだけマシといえるのだろうが。新たな名言「カタツムリは友達」……流行りそうもない。

 下らないことを考えていると、背後でガチャリとドアが開かれる音がした。登場したのは……


「あ、マイマイ!!」

「こんにちは、相沢さん」

 ハンカチで手を拭きながら優雅に微笑むマイマイこと、坂倉真衣だった。


 真衣だからマイマイなのね。

 安直すぎて逆に分からんかったわ。

 それにしてもマイマイ、相沢がいる事を知らなかったのにも関わらず、よくもまあ咄嗟にそこまで猫をかぶれるものだ。人のこと言えないが。

 俺は手を広げて軽く驚いたフリをする。

「二人って知り合いだったんですね」

「知り合いも何も親友だよねー!」

 そう言って相沢が待ってましたとばかりに正面から思い切り坂倉に抱きついた。

 うわっ、今絶対キツイ香水の匂いが移った。

 俺がそう直感するのと、坂倉の顔が真顔になったのは同時だった。


「はい、私たち親友ですよね」

 そんなことを言いつつも、物凄い勢いで睨んでいることに相沢は気づいていない。

 よく見れば坂倉の右手の形がデコピンになりつつある。

 ……マズい。このまま放置したら殺りかねないぞ、アイツ。

死人を出さないために話を強引に進めねば。


「あ、あの! それで相沢さんの話ってなんでしたっけ?」

「は? 勝手に仕切らないでくんない?つーか、マイマイいるからアンタはもう用無し。帰っていいよ」

「…………」


 ……もう、コイツ死んでもいいや。

 もはや押し黙る事しか出来ない俺。

 と、そこに凛とした声が響き渡る。


「相沢さん、さすがにそれは言い過ぎですよ。彼だってこの部活の部員だもの」


 あれ?……意外にも、坂倉は手が出そうになるのをなんとか自制できたようだ。

 さりげなくひっついている相沢を剥がしながらフォローに失敗した俺をフォローしてくれて……ねえわ。

 よく考えたら「さすがに」ってなんだよ。

 ある程度は言っていいのかよ。

 相沢は悔しそうに腕を組みながらこちらを睥睨した。


「こんな奴に優しくしなくてもいいのに」


 お前にこんな奴と言われるほどの筋合いねえよ。

 ……とは勿論言わず、俺は笑顔を浮かべる事に徹する。


「とにかく、話を聞きましょう。相沢さん、そこの席に座ってください」

「……分かった」


 坂倉は取り敢えず相沢を落ち着かせると、こちらに軽く目配せをしてきた。

 察するに「ボクがやると相沢が文句を言うだろうから君が机や椅子をえっちらおっちら配置したまえ」ということらしい。


 俺は仕方なくガタガタと机を動かす。

 すると前から聞こえるのはやかましい金切り声。


「机引きずってんじゃないわよ!! 掃除のときに机は持ち上げろって小学生の頃教わらなかった?常識もないワケ!?」 

 相沢が両わき腹を手で押さえながらの説教だ。とっさに謝る。

「す、すみません」

 やべっ、椅子が机に引っかかった。

「トロい!」

「……すみません」


 これが所謂、スクールカーストか。

 なんかもう、泣きそう……。

 

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