第7話 オサレな告白



 そして放課後。

 俺は部室に向かう途中にサッカー部の集団に出くわした。

 その中にはHR前に俺に忠告してくれた優しい彼も居た。


 どうやら彼はサッカー部に所属しているらしい。

 そんなどうでもいい情報を入手する。

 明日には忘れてそうだ。


 俺はそれまでの無気力な表情から、いかにも陽キャ集団にビビる陰キャのようなおどおどとした表情へシフトさせる。

 次に陰キャ師匠、浅沼の教えに従って俯きながら下を向いて歩く。

 たとえ廊下ですれ違うだけでも徹底するのが陰キャマスターの俺だ。


 ……なんか、なるべく陰キャを高尚な物にしようとした結果、師匠やらマスターやら称号が訳わからなくなってるが……気にしないようにしよう。


 ところですれ違う瞬間、あの優しい彼が俺を見て他の部活仲間達とヒソヒソと話した後、一緒にゲラゲラと笑いやがったのは何故なんだろうか。

 俺の顔に何か付いているのだろうか?

 後で鏡でも見て確認しようかな。(すっとぼけ)


 そうやって現実逃避をしている内に、連中は部室棟へと揃って歩いていった。

 対して俺は1階から5階へと心身ともに重い腰を無理やり上げて1人で歩いていく。


 俺の所属している部活は部室棟に部室が与えられていない。

 理由は簡単で、本来はこんな部活なんて存在していなかったからである。

 神田とかいうアホ教師が学年主任という立場を乱用して独断で作ったのがこの共感部というわけのわからん部活なのだ。

 だから部室と言っても、もう誰も使っていない空き教室を無理やり部室っぽく変えて使ってるだけなのである。


 それにしても、帰宅した瞬間パジャマに着替えて昼寝しているというどこぞのの◯太君以上に伸び伸びしている生活をしている俺からすれば、この移動はかなりの重労動だ。  

 しかも普段はそもそも誰も訪問してこないから部室に行く意味はテスト前に自習するのに最適なぐらいでほぼほぼ皆無である。


 しかし、今日は違う。

 そう、久しぶりの訪問者がやってくるのだ!


……とは言ったものの、別に訪問者が来ても面倒臭いだけだわ。むしろ来ない方が部室に行くモチベーションの高さがいくらかマシですらあるな。……行きたくねぇ。

 いつものようにそんなことを心中で毒づいていると、いつの間にか部室の前に着いていた。

 手をかけるとすんなりとドアノブが下がる。どうやらアイツは先に着いているらしい。


 そのまま部室に入ると、やっぱり彼女はいつもの定位置で広辞苑のような大きさの本を膝の上に乗せて読んでいた。重そう。

 俺が部室に入ってきても何も言わずに淡々と本を読み続けている。


 ……無愛想だなあ。

 慣れたけど。


 俺は坂倉の机から2マスほど後ろにある、こちらも窓際の位置に陣取る。俺もここがいつの間にか定位置になっている。

 しかし、席に着いた時、机の上になにやら見慣れない物が置いてあるのに気づいた。

 厚紙でできた高級そうな箱だがこれは……?


「なんだこれ」

 俺が疑問の言葉を口にすると隣人からの返答が飛んでくる。

「ショートケーキを知らないのかい? 誕生日とかでよく食べるじゃないか。

……申し訳ない。君の誕生日を祝ってくれるような人間なんて居なかったね」

「いるわ」

 家族が。

「友達は?」

 隙を見せない坂倉の鋭い指摘。

「…………」

 ……いるさ、いる。多分いる。恐らくいる。いるかもしれない。

 ……いたら嬉しいな。

 俺は記憶を懸命にまさぐる。

 最後に俺の誕生日を祝ってくれた友達は……あ、いたわ。

 俺は自信満々にどや顔で答えた。


「幼稚園にさかのぼればいるぞ!」

「……ふ」

「お前今鼻で笑ったな、おい。謝れ。俺と年少さんの頃に祝ってくれたたかし君に謝れ」

「失礼、確かに君の交友関係の狭さをバカにするとは、今更なことをしてしまったようだね。謝るよ。申し訳な……ふ」

「そろそろ泣くよ、なあ?良いんだな? 

高校生にして情けなく大声で泣きじゃくるぞ? 年長さんのたかし君にいじめられていたの頃のこと思い出しながらな!」

「しかも途中で見下されたんだね。可哀想に……」

 哀れみの視線を向けられた。

「同情するなら友達をよこせ」

「ボクで良かったら『私』の友達を紹介してあげるよ」

「既にお前のお友達全員から嫌われてるわ。お前のせいでな」

「人間の嫉妬って恐ろしいね」

 そう責任転嫁すると坂倉は素知らぬ顔をした。


 そう、これが俺の大きな悩みの一つ。

 少なくとも彼女を好いている人間全員からは俺は嫌われているのだ。

 理由は今、彼女の言った通り。言い換えれば、教室で浅沼が言った通りでもある。


 学校どころかクラスですら目立たない生徒である俺が、学園に咲き誇る一輪の花(笑)と言っても差し支えない坂倉真衣と2人きりで同じ部活。

 それだけでも(主に男子からの)怨念の眼差しが俺を襲う。


 しかも更に追い打ちをかけるようにその部活は何故か神田による謎の承認制。

 今まで何人もの生徒がこの部活に入ろうとして神田に断られている。

 曰く、「お前には資格がない」だそうだ。

 ……なんやねん、資格って。


 で、そういう意味では神田のせいでもあるが……何故かそのストレスも含めて、全てのヘイトが俺に向けられているのだ。

 坂倉ファン的には「なんで俺(私)がダメで、あんな奴が坂倉さんと同じ部活なんだよ!?」らしい。


 ここで一つ断っておきたい。

 はたから見たらこの流れ、まるで「平凡な男子が美少女に絡まれてそれに対して嫉妬するその他のモブ達」という、学園ラブコメのお約束みたいな構図になっているが、俺は全然全く一ミクロンも嬉しくない。


 なぜなら実際はそうではないからだ。

 つーか、そんなの一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 神田が強制してるだけで別に坂倉は自分から話しかけに来てるわけではないし第一、俺のことは好きじゃない。

 というか多分嫌いだ。

 なんなら俺も坂倉のことは嫌いだ。

 ここからどう転んだら俺と坂倉がラブコメ的展開に発展するというのか。 

 現実は非情である。


 ……話が脱線した。

 出所不明なショートケーキの話をしてたんだった。

 俺はケーキ箱の表面に指の腹を滑らせながら、至極まっとうな疑問を口にする。


「んで結局、なんで俺の机に高級そうなショートケーキが置いてあるんだ?」

「普段、学校生活で苦労している君への労いさ。良かったね。美少女からのプレゼントだ。泣いて喜びたまえ」

「プレゼントだあ? 嘘つけ、むしろお前貰ってただろ、それ。あと自分で美少女とか言うな」


 今朝、そのケーキを1人の健気な男子から貰っていた所を見た……気がする。

 なにせ、両手の指で数え切れないほどの男子生徒に話しかけられているから、多少大胆なことをしていたとしても全く印象に残らないのだ。


 坂倉はニヤリと嫌味な笑みを浮かべた。

「ああ、確かに可愛いボクが、凡庸な身の程知らずの男子からプレゼントを貰ったのは事実だが、嘘はついてないさ。ボクから君に対するプレゼントには変わりないからね」

 苦笑いが思わず出た。

「おい、プレゼントをプレゼントするって、それただの厄介払いのような気がするんだが……」

「うん、正解。よく分かったね」

「正解しちまったよ……」

 全然嬉しくねぇ……。

「知らない男から貰ったものとか気色悪くて食べれたもんじゃないからね。

 それにボク、甘いもの嫌いだし」

「…………」


 なんだ、この切ない気持ちは……

だってよ、想像してみて欲しい。

 その男子が凡庸だというならば、なおさら、今まで坂倉に対してかなりアプローチをかけて自信を培って……そこでようやく勇気を振り絞ってこのショートケーキをプレゼントしたに違いない。

……それなのに、それなのにだ。

 折角あげたプレゼントを横流しされるだけならまだしも。

 名前すら覚えられていないとは……南無三。


 俺はまんまと坂倉の演技に騙されてる男子を哀れに思いながら、箱を開けてケーキを取り出す。

 あ、コレ高い奴だ、と即座に思うくらいには美味しそうなショートケーキがそこにはあった。

 それだけではない。ケーキの上には板チョコがトッピングしてある。

 ホールならともかく、たった一切れに対して、板チョコのトッピングは普通しない。

 ……ということは恐らく、店員に頼んで乗せてもらったのだろう。

 そしてその理由はもちろん……。


「……坂倉」

 ポツリと名前を呼ぶと、読書中の坂倉が鬱陶しげにこちらに顔を覗かせる。

「なんだい? 今、いい所なんだ。邪魔をしないでくれる?」

「これを見てやってくれ」

「面倒」

一蹴された。……が、諦めるためにはいかない!男としてせめて、コイツの想いだけは坂倉に伝えなければいけないのだ!!


 ここは坂倉をぶん殴ってでも……

 そんな心意気を込めて、手始めに目を鋭くさせる。そして口調もヤンキーのように尖らせよう。 

 俺は目の前の女にガンを飛ばし、立ち上がると大きな声で言ってやった。


「オイ! てめぇ、あんまりナメてっと」

「うるさい黙れ」

「……お願いします、これを見てください」

 反射的に俺は腰を折り曲げていた。やっぱり、平和的なのが一番だよね!

「……気色悪い」

 と、言いつつもいきなり頭を下げた俺を見て、流石の坂倉も怪訝な顔をしながら手に持っていた本を置いてケーキの前に立つ。

 チョコレートの板にはホワイトチョコで書かれた一つのメッセージ。

 そこにはこう書かれていた。


『好きです』


 ああ、なんてロマンチックなんだ……

 俺は感動のあまり空を仰ぐ。実際に見えてるのは薄汚れた天井だけど。


 そして俺は内心期待した。

 あの坂倉と言えど、このストレートかつ唐突な告白に対して少しくらいは驚きが顔に出るのかもしれない。

 そしてもしかしたら意外とOKしちゃうのかもしれない。

 仮にフラれるとしても少しでも女子らしい坂倉を見られたなら勇気を振り絞って告白したその男子生徒にも多少の救いはあったものだ。

「か、勘違いないでくれたまえ!! か、彼のことなんて全くもって興味ないんだから!!」

 と、こんな感じでデレる坂倉の姿が容易に妄想できた。ギャップ萌え間違いなし。

 素晴らしい!これぞ俺の求めている青春だ!


 ポキッ。


 ……なんか、隣から何かが折れる音がしたんだけど。

 恐る恐る隣を見る。 

 いやいや。まさか男子から貰ったスイーツを食べないどころか付随したメッセージを真っ二つにへし折るという極悪非道な女がいるわけがな……。

…………。

 ……うん。

 そのまさかだ!


「本当に気色悪い」

そう言いながら能面みたいな顔で手に持ってるのは折れた板チョコ。

「好きです」の文字が「好き」と「です」に分裂している。

 品詞分解されてら。

 そんなツッコミも声にならず、口を開けてぽかんとしている俺の方にスタスタと近寄ると……

「……むぐっ!」

 まるでゴミ箱に捨てるような手つきでお徳用で売られてそうな粗雑な形をした割れチョコを俺の口の中に突っ込みやがった。


 すまんな、名も知らぬ男子生徒よ……

君が本当に食べて欲しかった相手はどうやら甘いものと気色悪いものが苦手なようだ。

 代わりと言っては申し訳ないが、俺が供養してやろう。

 俺は瞑目して手を合わせると愛の告白が書かれていた板チョコをバリバリと噛み砕く。

 久しぶりに食べたチョコレートの味はめちゃくちゃ甘い……のに、心なしか苦かった。

 俺がそんな感慨に浸る一方、告白された当の本人はチョコレートが付着した手をイライラしながら睨みつけていた。

「……最悪だ。手が汚れた」

 とかぬかしてやがる。

 クソッ、このままでは俺の気が済まない。

 そうさ。知らない間にフラれた知らない男子生徒の為にもここはガツンと言ってやらねば。


「ざけんな。お前の心の方が汚れて――」

「なんか言ったかい?」

 デコピンの構え。

「ハハ、なんでもないッス」

 デコピンは無理ッス。



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