第5話 優しいクラスメイト


 翌日、眠気を堪えながら学校へ登校する。


 眠気の原因は夜中まで人を殺していたからだ。

 あれは中々楽しい。相手をだんだんと追い詰めていき、高度な心理戦をして最後は華麗なコントロールで頭を撃ち抜く。その瞬間の気持ちよさはなんとも言えないものがある。


 あ、もちろんFPSゲームの話だ。

 実際に人を殺して楽しんでいる奴なんてそうそういるわけがない。そんな漫画のような殺伐とした展開に現実はならないのだ。

 第一、現実で起きないからこそ、非日常を味わえるゲームなりが人気を博すと言えるのだろうが。


 今日も俺は心中でぼやきながら足早に登校する。

 学校の校門が見えてくる。

 必然、同じく登校する生徒がたくさん集まってくる。友人同士で雑談をしながら登校する者、二人きりで登校するウザったらしいカップルも居れば、集団でイキっている陽キャ集団もいる。


 因みに俺は言うまでもなくぼっち登校だ。

 朝っぱらから他人と会話したくない陰キャだ。本音で会話してるのはいつも自分とだけだ。


 ……全然悲しくなんてないぞ!!

 俺が読んでいるラノベでは主人公はぼっちであるどころかそれを誇らしく思っている節があるからそれよりはよっぽどマシだ。

 というかぼっちではないし少なからず友達らしき人間は何人かいる。

 何も問題はない、うんうん。


 などと、創作上の人物と自分を比べて安心するというはたから見てかなり可哀想な事をしていると、いきなり後ろから肩をトントンと叩かれる。振り返ると、頬に圧迫感を感じた。

 指だ。指が頬に軽くめり込んでいる。

 こんなおちゃらけた事をする人は恐らく……

 

「おはよう!! 出雲君!」


 やっぱりだ。

 目の前には、人気者のクラスメイトであり、そして数少ない話し相手でもある黒田陽香がいたずらっぽく笑っていた。

 薄い桃色のショートカットの髪が揺れる。


 ……かわいい。

 思わず声が上擦る。

「お、おはようございます。黒田さん」

「ふふっ。出雲くんったら、なんでそんなに他人行儀なの?『です』も『ます』も要らないし、だったら下の名前で呼んだっていいんだよ。私達、友達でしょっ」


 そう言ってこちらに手を伸ばす黒田の姿が一瞬、夢で見た委員長と重なる。

 過去のトラウマを思い出して、身体が硬直した。


 ……いいや、今のはあの時の俺とは違う。


 そんな決意から一度手を軽く握りしめると、

「……そうだね。ありがとう、は、陽香さん」

 僕は顔を赤く染めながら握手を交わした。


 そう、僕は生真面目で純粋な生徒なのだから。


 ……言ったそばから、うっかりだるそうに欠伸を噛み殺してしまう。

 おいふざけんな俺の口。

 その様子を見た黒田が不思議そうな様子で聞いてくる。

「あれ? もしかして寝不足?」

「う、うん」

「へぇ、珍しいね。どうしたの?」

 よし。

 珍しい、ということは普段はちゃんと真面目なキャラクターに擬態出来てるって事だ。

 まぁ、それだけにこれまで守れてた自分ルールを破ってしまって悔しいのだが。

 それよりも、これはかなりのピンチだ。

 まさかFPSゲームやってました、とは言えない。純粋な僕ちゃんは夜中までゲームに勤しむ人間ではないのだ。

 だが逆にこれはチャンスでもある。


 俺は頬を掻きながらこう言った。

「少し、テスト勉強してて……」

「あはは、出雲君らしいね」


 どうだ、見たか。この機転を利かせた返し。

 これぞ俺が中学卒業後に幾度となく練習してきたテクニック。

 これでむしろバカ真面目な生徒という認識を深めさせることができた。

 その代わり、これで次のテストで高得点を取らなければ示しがつかなくなってしまったが。

 うーん、墓穴。


 そんな不安からか突然頭が痛みだした。

 昨日の頭痛は未だに健在だ。坂倉の奴め。

 思わず頭を押さえると、黒田がこちらを心配そうに覗き込む。

「大丈夫?」

「ぜ、全然大丈夫」

 じゃないです。

「昨日は何時に寝たの?」

「よ、4時……」

 これはホントだ。熱中してしまってかなりの時間までやり込んでしまった。

 ゲームを。


 黒田は少し頬を膨らませる。

「全然寝てないじゃん……。目にクマもあるし……もう! 無理しないでよ! いくら出雲君が勉強好きだからって、そんな睡眠時間を削ってまですることないんだからね。睡眠は最低でも1日6時間!わかった?」

「う、うん分かった。心配してくれてありがとう」

 ああ、なんて優しいんだ。俺は感極まって泣きそうになる。

 無理もない。だって同じような状況の時、同じ部活の誰かさんにはこう言われたんだぜ?

『そのままぶっ倒れてくれると大いに助かるけどね。なるべく君の顔は見たくないんだ、吐きそうになる』


 酷すぎだろ!


 軽く心の中で叫んでいると、黒田から肘で肩を軽く小突かれる。

「……ボーッとしすぎ」

「ご、ゴメン!」

 今日は普段と比べてかなりペースが乱されている。後で坂倉に八つ当たりの一つでも言おう。

 全て睡眠不足のせいにできたからなんとかなったものの……

 テスト前で良かった。



 

 そのまま他愛のない話をしながら、教室に向かうべく2人で廊下を歩いていると、人だかりがあった。

 10人以上の男子生徒に囲まれながら俺のよく知っている女子生徒が1人、優雅に歩いている。

 そしてこんな会話が聞こえてきた。

 ……聞きたくないのに。


「坂倉さん! 荷物、持ちますよ!」

「このくらい大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「坂倉さん! あの……最近評判のショートケーキ、プレゼントです!受け取ってください!」

「まあ。ありがとうございます。美味しく頂きますね」

「坂倉さん! 今日、友達と遊びに行くんですが、一緒にどうですか!?」

「すみません。誘ってくれたのは嬉しいのですが、私、今日は部活動がありまして……またの機会にお願いします」

ここまで聞いて、やめた。


 人気ありすぎだろ……。

 うなだれる俺とは反対にその光景を見て、黒田が感嘆の声を漏らした。

「わあ……今日も朝から坂倉さんの人気は凄いね……」

「……そうだね」

「あれ、どうしてそんな苦い顔なの?……そういえば出雲君って坂倉さんと同じ部活だったよね。……もしかして喧嘩でもしてるの?」

 俺のテンションがめちゃくちゃ下がったのを見て、黒田が心配そうに問いかける。

 喧嘩? ああ、してるさ。なんなら毎日な。

「いや、喧嘩はしてないけど……僕、あの人少し苦手で……」

 要するに、嫌いです。

 そう答えると、黒田が口に手を当てながら驚いた。

「ええ!?なんで!?頭脳明晰で運動神経抜群で容姿端麗でその上、品行方正っていう完璧女子だよ?……私、坂倉さんのこと苦手だっていう男子、初めて見たかも……」


 はい、つー訳でこれで坂倉が周囲から品行方正って言われている理由が分かっただろう。

 奴も俺と同じくキャラを作っているのだ。

「確かに坂倉さんは清楚で上品で物腰がやわらかい非の打ち所のない人だけど……

 逆に高嶺たかねの花すぎて、こんな僕でも普通に会話して良いのかなって……不安になっちゃうんだ……」 

 

 ホントは邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王なんですよ!……とは言えない。

 己のキャラに従っていかにもな弱音を吐く。


 すると黒田は悲しそうに俯いた。

「出雲君はもっと自分に自信を持つべきだと思うな。……少なくとも私は、出雲君は坂倉さんに負けないぐらい人の気持ちを考えて行動できる優しくて素敵な人だと思うよ」

 ……こんなことを言ってくれるのは黒田しかいない。彼女は本当に善人だ。


 俺の良心がチクリと痛む。

 だったら、そんな善人を騙している俺はなんて最低な悪人なんだろうか。

 そんな自己嫌悪から逃れるためなのか、


「……僕はそんなに高い評価をされるような人間なんかじゃない」


 気づけば、俺はほんの少しだけ、本音を出してしまっていた。

 俺がそこまでの頑固者だと思ってなかったのだろう、黒田は意外そうに目を見開く。

 数秒ほどの気まずい沈黙の後、黒田は気を取り直すように言った。


「と、とにかく!もう一つ約束して。二度とそんな弱音は吐かないって」

「…………」

「いい?」


 なおも黙り、目を逸らす情けない俺を捕まえるように彼女が目を逸らした方向に合わせてくる。横を見れば横に。下を見れば下に。上を見れば上に……

 って、おい!背伸びしてまで合わせなくていいから!

 ……ちょ、待て!この体勢はヤバイって!く、黒田の豊満な胸が俺に当たりそうになる! ラ、ラッキースケベはありがたいが、生憎、俺にラブコメの主人公としての器はない!

「分かった!分かったから離れて!」


 俺は耐えきれずに頷いた……瞬間、俺は変な感覚を覚えた。

 まるで使命感。何かをやらねばならないという気持ち。

 が、それが何なのか思い当たることが出来なかった。

 ……気のせいだな。

 俺は早々に諦めて、目の前に意識を戻すと、ちょうど黒田が俺から離れたところだった。

 黒田は満足したようにニコリと笑うと、太陽のように明るい声で言った。

「約束だよ!」

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