第4話 ウザい顧問

坂倉にさりげなく押しつけられた戸締りをしていると背後からパタパタと歩いてくる音がした。

この音から考えるに今近づいてくる人間はつっかけを履いている。

 となると教師しかいないが、こんな人気のない場所をかなり少数派なつっかけで通る教師を俺は一人しか知らない。


  そんな嫌な確信を抱きつつも、いやいやもしかしたらただの教師なのかもしれないじゃないかという、わずかな希望を信じてそちらを見る。

 希望は前に進むんだ!


「やあやあ、お疲れさん」

 希望は死んだ。

予想通りだった、やたらと陽気で力の抜けるようなその声を俺は無視して家に帰宅するべく歩き出す。 


 ……うん。今日は水曜、ゴミ出しの日だ。つまり俺には今すぐにでも帰宅してゴミの塊を収集場に運ぶという使命があるのだ。

 無論、ゴミを溜め込むのは環境問題的にも衛生的にも良くないと言えよう。


 よって、無駄話は控えるべきだ。

 なんで無駄話って分かるかって? んなの当たり前だ。

 無駄で構成されている人間から聞かせられるのは無駄話以外ないからに決まっている。


 だが、ソイツはそんな俺の意思表示を全く意に介さず、にやけながら俺の真横に並んで歩いてくる。

「おいおい顧問の先生に対して無視とは失礼がすぎるんじゃないか?」

 ……うぜ。

 いや、耐えるんだ、俺。

 ……うん。そういえば今日は俺の好きなギャグ漫画「自滅の刃」の発売日だった。つまり俺には省略。


「で、どうだ?部活の調子は。言うまでもなく大繁盛なんだろうな」

 ……耐えろ。

「今日は何人来たのかな? 10人かな、50人かな? 100人かな〜?」

「0ですよ!」

 結局耐えきれず、まるでどこぞの海苔の佃煮みたいに言い返した。

 

「お、喋った」

「……先生がしつこすぎるんですよ」

「根性があるだなんて……褒めるなよ、照れる」

「ポジティブ過ぎる……」


俺は不審者兼顧問教師、神田のウザいにやけ顔を見やった。

 神田の風貌ふうぼうを一言で表すなら「ガサツ」だ。まともに整えられていないボサボサの髪、昨晩遅くまで酒でも飲み明かしていたのか、目の下にはクマが出来ている。そのクセ、やたら顔だけは整っている。だからなのか、この男はかなりモテる。女子生徒に話しかけられている姿を見たのは一度や二度ではない。

 曰く「ガサツなところが寧ろクールでカッコいい」らしい。

 ふざけんな。ガサツなところがクールでカッコいいと思うのは顔が良いという前提のおかげだろうが。仮にそれだけでモテるなら浮浪者とか俺とか超モテ男だ。


「ところでお前、おでこに冷えピタ貼ってるけど、風邪でも引いてるのか?」

「違います、湿布ですよ」

「……それこそなんでだ?」

「アレですよアレ」

 そう言いながら俺が中指と親指でマルを作ると、神田はあちゃーと納得しながら俺の額を痛々しく眺める。そして自分の二の腕をさすり始めた。

 古傷を思い出したらしい。

 教師である神田も奴の殺人兵器デコピンの被害者である。

 神田はそれを無理やり忘れるように頭を掻くと、うんざりとした様子で言った。

「いい加減、お前らのその仲の悪さはどうにかならんのか」

「いやいや俺のせいじゃないからどうしようもない……と、向こうも思ってるから一生、どうにもならないですね」

「原因分かってるなら尚更改善しろよ」

「普通に無理です」


 因みに会話してるとはいえ、俺の足は昇降口に向かうべくせわしなく動いている。

 部室が5階とは言え、ものの数分でこの面倒な教師からおさらばできるだろう。


「んで、さっきの話に戻るが、お前的にはどうして部活が繁盛しないと思うんだ?」


 こちらとしては部活が繁盛しないに越したことはないと思いつつ、素直に答える。


「立地とかその他いろいろ理由はありますが……一番の理由を挙げるなら、どう考えても部活名ですね」

「ん?何がダメなんだ?」

「共感部って……意味わかんないっすよ。一見してどんな活動か誰も理解もできないし。……シンプルにお悩み相談所とかにすれば良かったのに」

 ボソッと言ったその言葉に神田は呆れ笑いを浮かべた。

「悩み相談だぁ? それこそダメだろ。だってこの部活の目的は――」


「分かってますよ」


つい強い口調で声を遮ってしまった。

「その様子じゃ、まだ駄目みたいだな」

「…………」

すっかり押し黙ってしまった俺を見て神田はケラケラと笑った。


「ま、これからゆっくり治していけばいいさ」

「……それで、先生は俺をからかうためだけにこんなところまで来たんですか?」

「そうだと言ったら?」

「よっぽど暇なんですね。そんなに楽なら俺、将来教師を目指そうと思います」

「俺のおかげでまた一人、進路を同じにする生徒が増えてしまった。なんて素晴らしい教師なんだ俺は……」

「だめだこりゃ」


 皮肉が通じていない。やっぱりこのふざけ腐った教師とのコミュニケーションは無駄に等しい。

 そう判断した俺は神田との対話をきっぱり諦めることにした。そして、その後の神田からの問いかけ……もとい煽りを全て無視して俺は歩き続け、やがて下駄箱に着く。

 ……よし、やっと別れられる。

「では先生、さいなら」

 最初は危うかったが、最終的には無視しきれた事で勝利した気分で挨拶をすると、

「ああ、じゃあな」

 神田は何故か口元を歪ませて返事をした。

 

 嫌な予感がした。

 俺は急いで靴を履き替える。

 そして昇降口を早足で出る……直前、唐突に神田はこんな事をのたまった。


「あ、そういえば明日久しぶりの訪問者が来るから放課後空けとけよ。坂倉にも伝えておけ」

「……は?」


 流石に反応せざるを得なかった。

 驚いている俺を見て、神田は期待通りだとばかりに軽く笑うと、

「大変だろうけど頑張れよ」

 そう言って背を向け、片腕を上げながら職員室に戻っていった。

 恐らく神田は最初からこれを伝えたかったのだろう。

 だとしても、そんな最重要事項を最後の最後に伝えるとは、なんとも性格の悪い顧問だ。


「…………」

 またしても1人残される俺。

 いや、状況的には学校に残されているのは神田なんだけど、気持ち的に俺が置いてかれた感がハンパない。


「……どいつもこいつも自分勝手すぎる」


 俺は一人ごちると何回目かわからないため息をついた。

 今日だけでかなりの量の二酸化炭素を排出している気がする。

 環境問題的にも、ため息は今すぐに改善すべきだと反省しました。(小学生並みの感想)

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