第3話 悪癖


 俺の脳は彼女の下らない推理をこれ以上聞く事を許してくれなかった。

 ただでさえテスト前で頭がパンクしそうなのに、コイツのどうでもいい蘊蓄うんちくなど聞いている余裕なんてあるわけがない。

 俺は聞くことを早々に諦めて、喋らなければ目の保養になる美少女を眺めることにした。

 

 何だって眺めるだけなら損はしないのだ。見物料がかかるなら別だが。

 そうして待つこと10分。


「――というわけで以上の論証から君があの夢を見ていたことが推理出来るんだ」


 ……ようやく終わったか。


 坂倉が当然のように俺の夢の内容を当てたことに対して既に何も思わなくなっていた。

 ただ、そんな長い推論を発表し終わった彼女に一言だけ俺は言った。


「これで満足か?」


 目を覚まさせるのにはこの言葉だけで充分だった。

 途端、坂倉は、はっと首を何度も横に振ると、憎々しげに顔を歪めた。


「……またやってしまったね。すまない」

「別にいいさ。逆に今発散しておけば普段の学校生活で無駄に溜め込まなくて済む。むしろラッキーだろ」


 そう言うと、坂倉はわざとらしい仏頂面でそっぽを向いた。

 察するに普段見下している俺に慰められたことを恥じているらしい。

 なんともプライドが高い奴だ。


「は……君に慰められるとは僕も落ちぶれたものだね」

 だからなのか、返ってきたのは憎まれ口。


 腹が立った訳ではない……が、言われっぱなしってのも性に合わない。


 ならば……俺は口角を上げる。

 今俺は心底、酷い顔をしている事だろう。


「はっ。お前まさか、本当に自分が慰められたとか心から思っちゃってる? おめでたい頭してんな」


 冷えた声。もう二度と声に出さないと誓ったはずの笑い。

 坂倉は急変した俺の態度にあっけにとられると同時にかなり頭に来たらしい。


「じゃあ何のための言葉なんだい?」

 こんな時にワクワクしている俺はなんて嫌な奴なんだろうか。

 そんな自己嫌悪に苛まれながらも言ってやった。


「俺は今、俺自身を最高に出来た人間だと思っている!!」


 どこかで見たような沈黙。目の前には死んだ目で俺を見ている坂倉。


 俺は構わず続ける。


「だってそうだろ? ツラはともかく性格が本っ当にブスなお前に対して俺は慈悲の心から慰めてやったんだぜ? さっきなんて思いっきりデコピンなんかされて……それなのに責めるどころか、慰める俺ってば、なんて優しい人間なんだろうか。惚れ惚れする」


 またしても長い沈黙。

 まるで俺の言葉を噛み締めるような無言の間。


「う」

 数秒後、坂倉は数センチ後ずさりした。数センチでも冷静沈着で動じない坂倉が「後ずさり」という行動をするということは、本気のドン引きと相違ない。

 その姿を見て、俺は自嘲じみた笑みを浮かべる。

「……ってな。要するに自己満足の為にお前を利用したに過ぎないってことだ」


 最後にそう締めくくると、坂倉は見てられないと言いたげに顔を伏せた。

 元々俺のこの悪癖を知っている坂倉でさえこうなのだ。何も知らない人間にこんな気持ちの悪い事を言っていたら……。


 というか、それが中学の頃の俺だ。


「アアアア!」


 我に返った瞬間、恥ずかしさで俺は身悶えする。具体的に何をしているのかと言うと何度も頭を床に打ち付けながらの発狂だ。

 今の姿を一般生徒に見られようもんなら躊躇ちゅうちょなく救急車と同時に警察も呼ばれることだろう。


 頭が痛い。額が痛い。それ以上に何と言っても俺がイタい。


 だがそのくらいしないと……いや、そのくらいしても、俺のこの悪癖は治る気がしないのだから困ったもの。


 そんな俺を見ていた坂倉はようやく落ち着きを取り戻した様子……と思ったらまだ引いている。どんだけ酷いんだよ。


 そしてお互いに悶絶すること数分後。

 ようやく落ち着いた坂倉は新間に手のひらを置きながら、軽くため息をついた。


「僕が言える事ではないけど君のその悪癖も相当酷いものだね」

「だろ? 俺のと比べるとお前の方がよっぽどマシだよ」


 俺が床に這いつくばった状態のまま答えると、坂倉は小さく吹き出す。


「結局、慰めてるじゃないか」

「いや、今も『さりげなく慰めてる俺カッコいい』とか思ってるかもしれない」


 坂倉はこちらを軽く睨みつける。

「ボクは君のそういう素直じゃないところもそれ以外のところも嫌いだね」

「……そーですか」

 要するに全部嫌いなんですね。




 俺はカーテンを開けて外を眺める。

 聞こえるのは練習締めのランニング中であろう陸上部の掛け声。

 これは部活終了の合図だ。

 隣からパタリと本を閉じる音がする。


「もうこんな時間か。今日も誰も来なかったな」

「それはつまり、素晴らしい武勇伝もとい、下らない自分語りを持ち込む輩が居ないってことでいいじゃないか。僕も君も望んでこの部活動を行っているわけじゃないんだし」

「まあ確かに」

言いながら俺と坂倉は帰り支度を始める。

俺はテスト前にしてほとんど使うことのなかった数学の参考書やらプリントやらをテキトーに押し込む。

対して坂倉は先ほどまで読んでいたよく分からん本を1冊しまうだけ。なんとも余裕な奴だ。しかもそれでいて彼女の総合成績が学年トップなのは人間の能力値の割り振りバランスを神様あたりが間違えたからであろう。


そんな理不尽さに感化されたのか、頭痛が急に激しさを増した。

「いってぇ……」

チート能力が開花する直前のラノベ主人公が如く、俺は大きく頭を抑える。


 すると、何かが向かいから飛んできた。

避ける暇なくそれは見事な曲線を描いて患部である額に貼り付く。

お前はバ◯子さんか。

 ひんやりとした感触とこのつんと鼻に来る匂いは……どうやら湿布っぽい。


彼女はあっけらかんとしている俺を見るとニヤリと皮肉な笑いを浮かべ、


「それで君の捻くれた頭を治しておきたまえ」


そんな捨て台詞を残して颯爽と部室を出ていった。

そして一人部室に残される俺。


「……なんだってんだ」


俺はため息を吐くと、患部に貼られている湿布を今一度確認する。

 ……コレは彼女なりに気を遣ってくれたと捉えて良いのだろうか?


 というか、そもそも脳に論理回路しか存在しない坂倉が、科学的に効くかどうか定かではない湿布を持っていることに驚きだ。


 ――もしかして俺のために買ってきたのか。


 一瞬そう考えてしまった俺を俺は全力でぶん殴りたくなった。


「キモすぎだろ」


 我慢できず、気づけば非難を声に出していた。

 こういう気持ち悪い自意識がある限り、俺の悪癖は一生治らないだろう。

 ……今のはなかったことにして、 さっさと帰ろう。


俺は部室を出て、正面にぶら下がっているプレートをひっくり返す。

曰く、「共感部 CLOSE」

 ……部員の俺が言うのもなんだが、本当に意味不明な部活名だな。

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