第2話 君との思い出
「由歩、君は強くなりすぎて他人を敬う心を無くした。もはや人の血は通ってない。ゲームのキャラと同じ、電流が流れている」
「…………は?」
「僕が人の心を思い出させてやる。君をブチのめした後でなぁ‼」
「ジャ、ジャーマネのぶんざいでぇ! 負け犬が主人に噛み付いたこと、後悔させるわ!」
僕はこの後のことを冷静に対処しようと考える。
そして後悔した。
彼女の勝負師たる鋭い眼差しに睨まれ、冷や汗が止まらず膝が笑い始めたのを、必死で隠す。
マズイ。
これ勝っても負けてもマネージャーをクビだ。
大会スポンサーは面白がって僕の挑戦を許した。
もう引けない。
由歩は強さにあぐらをかき、有頂天になると性格も傲慢になった。
君は強さに溺れた井の中の
大海を知らない君に、空の
コントローラーはアーケードでつかわれているスティック操作の物だ。
久々に触れるとシビれる。
由歩は同じ女子高生ファイター。
僕は軍服を着た魔人のようなキャラ。
彼女は野次ってきた。
「あんた、子供の時からそのキャラ使うよね? 進歩がないなぁ〜」
臆するな、たかだか女のやる盤外戦術なんて、たいして怖くない。
「私をキレさせた男は、プレイ画面の中で死ぬよりも怖い目に合って来たのよ」
メチャクチャ怖えぇ⁉
いや、気持ちで負けるな。
さぁ、勝負だ!
30秒後。
実況が叫ぶ。
『KO! 第1ラウンドはスカイが制覇』
やり返す間もないまま負けた。
ブランクがあるせいか、勝負の勘が鈍っている。
格闘ゲームでは戦う前に相手がどんな攻撃を仕掛けてくるか、先の読み合いから勝負が始まっている。
いわばジャンケンのようなもの。
読み間違えれば後に響く。
次の試合。
画面内にて『ファイト!』と合図がかかると、僕は由歩が懐に飛び込むと読んで、ジャンプで後ろへ避ける。
由歩のキャラは拳を空振った。
よし! 読みが当たった。
今度は僕が飛び込み打撃、技、打撃、大技の順で押すが、一度反撃されると成されるがまま。
すると、キャラの動きが突然止まり、呆然。
夢中で戦っていて気が付かなかったが、時間切れで体力ゲージは僅差。
勝敗は僕の勝利だった。
じ、時間に助けられた……。
試合は第三ラウンドへ。
この感覚、胸が熱くなってきた。
強かった時の自分を思いだす。
熱狂する実況者、盛り上がる会場。
気分が高揚した僕は、試合開始と共に思わず口走った。
「由歩。僕が勝ったら――――結婚しよう!」
「はぁ⁉ 意味わかんない!」
「バカ言わないで! あんたに憧れて一緒に選手になりたいから、必死でここまで強くなって、ようやく肩を並べることが出来たと思った」
「由歩!」
「なのに、あんたは負け犬になっていて、私が目標にしてたモノって何だったんだろうって、幻滅した」
「由ぅ歩ぉ!」
「私の中にいた、夢を追って自信に満ち溢れていた
「ユゥ、ウホォッ‼」
「今更、結婚なんて、するとでも思ってるの?」
「ご、ごめん。そうだよな? 負け犬の僕なんか」
「するわよ‼」
「するのぉお⁉」
由歩を画面端まで追い詰めると、興奮した実況が吠える。
『早い、早いぞ、ジャーマネ! 完全に
後一歩。
しかし――――僕の激しい指さばきに耐えきれなくなったスティックが、折れる。
だが怯む隙もない。
僕は折れたスティックの跡、刃物のように突き出た出っ張りに、手の平を押し当てた。
「ぐぅ、うぅぁぁあああ‼」
昔の彼女を取り戻す為、負けるわけにはいかない!
痛みを感じる前に勢いよくコネくり回して、トドメの大技を繰り出す――――。
一瞬、客席が静まりかえると、爆発的な歓声が上がった。
僕は由歩に勝った。
歓声の渦中、自身の手の平を見ると、痛みで手が震え血が溢れる。
この手じゃプロとして、二度と復帰は出来ないな……。
近づいて来た由歩が震える手に触れ包む。
僕達は目が合うと互いに微笑んだ。
でも、引き換えに取り戻したモノもある。
優勝記念にカメラマンの合図で笑顔作り撮影した。
§§§
部屋の掃除して出てきた写真を見返すと、懐かしさで時間を忘れる。
あれからかなりの年月が過ぎた。
「パパっ!」
10歳になる娘が飛びついて来た。
娘は泣きそうな声で助けを求める。
「ゲームのママがスッゴイ強くて倒せない!」
「ははは、ママはゲームになると手加減しないからなぁ〜」
娘は眺めていた写真を除き込み、不思議そうに聞く。
「これママ? 髪の毛が青ーい!」
「ママは昔っから強いからね〜。じゃぁパパが仇を取ってあげるよ」
「パパ頑張って!」
君にブーストモード にのい・しち @ninoi7
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