君にブーストモード

にのい・しち

第1話 君と夏のワーミー

 10歳の時、いつも一緒にゲームで遊んでいた好きな女の子と、画面の前で約束した。

 

「トウ君。ゲーム上手いからプロゲーマーになれるよ」


「僕、世界で最強のプロゲーマーになる!」


「じゃぁ私、トウ君のマネージャーになる! そしたら側で応援できるから」


「プロになったらユウホ。僕と結婚しよう!」


「うん!」


 それから15年。

 2021年夏、東京ビッグサイト。

 日本中から格闘ゲームの神と称されるプロゲーマーが集まり、しのぎを削っていた。


 人気格闘ゲー厶、ストレートブースターVブイ

 僕はストVブイの画面から目を外すさず凝視。

 キャラの攻撃パターンや反撃のタイミングに注視する。


 そして画面から『KO!』の音声ボイスが聞こえると、熱狂的な歓声が上がり実況者が吠える。


『優勝は、スカァァアアイッ!』


 スカイの名で通っているプロゲーマーの女性は、青く染めた髪をかきあげ退屈そうな顔で、自身のネイルが剥がれてないか確認していた。

 ヒーローインタビューが終わり、熱狂の会場を立ち去ろうすると、eスポーツファンが彼女を囲む。


「スカイ! サイン下さい!」「スカイ! 握手を!」


 男のファンが多く、安全面を考慮して僕は、彼女の盾になるよう割って入った。


「あ〜下がってください。スカイは次の予定が入ってます」


 ファンを遠ざけ逃げるように立ち去ろうとすると、漏れ出た嫌味が追いかける。


「んだよ? プロゲーマーのマネージャーとか意味わかんねぇよ。腰巾着」


「アイツ。どっかで見たことあるな?」


 こういう仕事をしていると、耳の痛い話ばかり入る。


 僕こと、尾渡おわた人生とうは現在、プロゲーマーの「スカイ」こと、幼馴染みの須海すかい由歩ゆうほのマネージャーを勤めている。


 人気プロゲーマーとなればメディアに取り上げられる機会も多く、ゲーム企業から宣伝のオファーが殺到。

 ましてや由歩は愛らしい顔立ちの為、その人気いは今やアイドル並み。

 由歩はゲストルームのソファに寝そべると気だるそうに聞いた。


「ジャーマネ。明日の予定は?」


 彼女に言われ、機敏に手帳を開き読み上げる。


「はい。明日はスポンサーと新発売のゲームのCM打ち合わせ。その後はヤングジャンボのグラビア撮影。最後は週刊ハスキーとワニ通のインタビューです」


 という具合にマネジメントできる人間が必要な訳である。

 しかし由歩は気分屋。


「なんか気分が乗らないからキャンセルして」


「そういうわけには行きませんので」


「相手のプレイスタイル見てたら、変なこと思い出しちゃったから、テンションだだ下がり」


「はい?」


「ガチャガチャボタン押して、やたら食い下がる感じ、昔のあんたのプレイに似てた」


「そ、そうですか」


「昔さ。あんたがプロになったら私と結婚するって言ってたじゃん?」


「さぁ、覚えてません」


「今思い出すと、キモいよね〜」


 ホント、キモいよね〜……。

 死にたいくらい同意せざる得ない。


 数年前はプロ養成学校を出て、大きな大会で何度も優勝した。

 名前も業界に知られ、自分の実績を鼻にかけて傲慢になっていたのだろう。

 ある大会で自分よりも年下のゲーマーに油断し、惨敗。

 それ以来、スランプになり負けが続いて、プロとしてやっていけなくなってしまった。


 一方、僕より遅れてプロゲーマーになった由歩は、その才能をみるみる開花。

 今や負け知らずのプロ選手になっていた。

 仕事をなくした僕を、幼馴染のよしみで彼女がマネージャーにしてくれたのだ。

 まるで拾われた捨て犬。

 彼女には頭が上がらない。

 

§§§


 某日、今回の対戦相手に僕は驚愕。

 養成学校時代、僕にプロの技術を教えてくれた先生だった。

 恩師と言ってもいい。


 先生に挨拶すると、彼は愛想笑いで返し、うなだれながら壇上へ上がる。


 先生はプロ歴8年のベテラン。

 近年、強い若手のプロゲーマーがゴロゴロ現れ、世代交代の流れに危機を感じスランプに陥っている。

 最近は先生の負けをあっちこっちで聞いていて不安だ。

 運悪く対戦相手が由歩。

 まさに泣きっ面に蜂。


 試合開始。

 由歩は子供の頃から愛用する女子高生ファイターを選択セレクト

 対する先生はホウキ頭の軍人キャラを選択。


 対戦格闘ゲームは2ラウンド制すれば勝ちだ。

 制限時間内に相手の体力ゲージをより多く減らすか、ゲージを0にしてKO勝ちするかで勝ちが決まる。

 引き分けの場合は3ラウンドに持ち越され、そこが最後の勝負。


 由歩は怒涛のごとく先生を画面の端まで追い詰めて行き、あっという間に最初のラウンドを制覇。

 2ラウンド目、先生は由歩の手の内が分かったのか攻め続けた。

 しかし、由歩は先生の攻撃パターンをものの数秒で熟知、再び先生を画面端まで追い詰めて2ラウンド目も制覇。

 プロになって2年の由歩は、8年のベテランに圧勝した。


 余裕の由歩は爪を気にする。

 反対に肩を落として消沈した先生へ声をかけた。


「先生!」


「情けないな」と漏らし隅のベンチに沈む。


 由歩はリングの外にいても、敗北した者を容赦なく追い込む。


「8年もプロでやってきたのに、こんなもんなんだ~」


 やめてくれ。

 先生にだって応援するファンがいるんだ。

 それ以上、ファンの目の前で辱めるな。


「ホント、8年も人生ムダにしたよね~」


 やめろ!

 

 込み上げてくる激情を言葉に乗せる。


「お……ま」


「何ジャーマネ? 恩師の代わりになんか言いたいの? 声小さくてキモ」


「お前に赤い血は流れてないのかぁぁあ!?」


 会場が静まりかえった。

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