第7話 発言を検討してみよう――歴史のおさらい

「あ~久しぶりに~良く寝た~」


 大きなあくびと伸びをしながら彼はそう言った。そして。


「おはっよー。さわやかな朝だよ~ 起きて起きて、ごはんにしよう」


 これでもかとばかりにすっきりさっぱりとした顔で、スペイドはテーブルにつっ伏せる二人を揺さぶる。

 せっかくの客だ。滅多に無い客なのだ。


「う~…」


 だが客は、と言えば。

 低い声を立てて、ジャスティスは起きあがる。


「あれ、どうしたの、まぶたが重そうだよ」

「…」


 それはそうだ、とジャスティスは思う。

 結局、この男が先にさっさと眠ってしまってからというもの、彼は夜明け近くまでバーディと議論していたのだ。彼女は何だかんだ言って、夕方眠ってしまっていたからともかく、結局彼は、ほとんど眠っていないことになる。


「誰のせいだと思ってる…」


 つぶやいたところで、目の前の男はきょとんとしているだけだった。



「ええと」


 スペイドが寝入ってしまった後のことである。

 サボテン酒をちびりちびりとやりながら、所長と社員は、現在のこの状態について、ずるずると話し込んでいた。


「つまり、このひとは、…あの… 戦争前から生きてた、って言うんですか?」

「本人が言うにはな」


 ジャスティスは苦々しい顔で言う。


「そんな… それは冗談でしょう」

「って言ったってなあ…」


 椅子に背を預け、天井を見上げる。


「そんな突拍子もねえ嘘、わざわざ俺等につく理由が見あたらん」


 言ったって、何の得があるんだ、と彼は思う。

 つくなら、もっと本当らしい嘘でなければ、効果はないだろう。


「それは所長に、でしょう。私、だって、聞いてませんよ」


 さすがに彼も、お前は寝てたからだ、とはあえて言わなかった。何せ強制的に眠らせておいたのは自分である。


「けど所長、どうして私、寝てたんですか?」

「ああ… お前、あん時谷で、炎の幻覚見たろ」

「幻覚? 炎は見ましたけど… あれは、幻覚だったんですか?」

「やっぱり、見えたのか」


 だったらスペイドが言った「見せた」は事実だ。


「あれが幻覚だなんて… 幻覚、だったんですねえ… でも所長には、見えなかったんですよね」

「…ああ、俺は軽いテレパシイ能力があるから、そういうのがあまり効かないんだ」

「ええっ!」


 しー、とジャスティスは指を立てる。あ、と彼女も口を塞いだ。

 テーブルの上では、自称300歳位、の青年が、すやすやと、実に心地よさそうに眠っていた。

 さすがにこれだけ気持ちよさそうに、時々ふにゃふにゃと寝言まで言われてしまったら、起こすのも可哀想な気がしてくるというものである。

 何となく、弟のことを思いだしてしまったりもする。

 そう、その弟が。


「…って言ってもな、双子の弟と、居る居ない、程度の感応力があるってくらいなもんだ。テレパシイのテの字の能力とも言えねえぜ」

「え、じゃあ、あのノブル選手の方も、そういう能力があるんですか?」


 すごーい、と彼女はぱちぱちと手を叩く。

 酔ってるんじゃねえかこいつ、とジャスティスは葉巻をぎっ、と噛む。


「…それに比べれば、こいつがやらかしたのは…なあ」

「どうだったんですか?」


 彼女も真剣な顔になる。


「…とりあえず、俺達の車を壊したのは、こいつだ」


 そう言って、男のむき出しの肩を指した。毛皮からはみ出した肩は、つるん、として実に筋肉のついた若々しい肌。どう見ても、二十歳そこそこだ。


「ってあの、火がどん、と」

「そう、火をどん、と」


 降らせた、ということだろう。それに炎の幻覚。


「人間ライターだと思ったら、そんなことができたんですか」

「人間ライターだと?」

「だって、そうじゃないですか」


 ほら、とぽっ、とスペイドが指先で火を点けてみせた時のことを、彼女は真似してみせる。


「…ま、そう言えば、そうだよなあ」

「でも、それって… 滅茶苦茶凄い能力ってことじゃないですか?」

「そうだ」


 それだけは、間違いのないことだ。発火能力なんて、…まず普通の人間では、ない。だから、困る。


「だからおそらくは、こいつがずっと、例の『谷に入れない』理由だったろうな。地磁気の狂いとか、そういうのとは別に、だが」

「そうですね。地磁気の狂いは、たぶん戦争の後遺症でしょうし」

「そういうことがあるのか?」


 ええ、とバーディはうなづいた。


「DU弾は、だから確か、戦争中もほとんど使われなかったはずです。さすがに私も、特性は聞いてますが、成分と効果の関係までは、良く覚えていないんです。…それに… あの」

「何だ?」


 言いにくそうな彼女を、ジャスティスはうながした。


「DU弾の煙の色、なんていうのは、記録には残っていない、と思うんです」

「何だと?」

「少なくとも、私は知りません。そりゃあ、私だって、専門ではないから何ですが…それでも、戦争後の兵器使用による地質変化に関しては、一応さらってるんです。その時にDU弾も、出てきたりはしたんですが」

「言ってみろ」

「核爆弾は、使用があの戦争の時にも基本的には全面禁止されていました。それはご存じですよね?」

「いや…」

「そうだったんです! と言うのも」


 さすがに講義口調だ、と彼はふと感心する。


「所長の最初の行かれた、VV種の場合のように、その表面全体を使用できなくする場合、は別でしょうが… ともかく、その惑星に利用価値がある場合、残留放射能の危険を考えた場合…」

「つまり、そんなもので汚れた惑星なんぞ、侵略しても意味がねえ、ってことだな」

「はい。だからそういう爆弾は、特A級の使用禁止兵器でした。で、その規格で言うと、DU弾、というのは、AかAマイナスくらいの… 禁止兵器だったんです」

「それで大陸半分、が砂地化、か…」

「ただ、開発がずいぶん遅かったですから、それでも一つ二つは使われた所があったんだと思います」

「それが、アリゾナだと」

「推定ですが。ただその実例が少なすぎる場合、データが残っていない場合があるんです」

「そういうものなのか? だって、開発組ってのは、データを残すものだろう?」


 それが仕事なのだから。


「場合によります。だから、アリゾナがどういう状態だったのか判らないんですが… とにかく、DU弾の跡に立つ雲の色なんていうのは、誰も知らないはずなんです。当時、それを落とした兵士とか、―――直接そこに関わり合ったひとしか」

「それでお前、さっき変な顔してたのか」


 バーディは黙ってうなづいた。


「…それこそ、当時そこで、安全なところに居た人が見て、…それを口伝えしていったとか…」

「こいつはずっと一人だ、と言ってたが」


 父親は老衰で死んだ、と言っていた。母親は―――


「最強の軍隊、と言うと、…やっぱり、あれしかねえよな」

「あれ、というと、あれ、ですか」

「そうだ、あれだ」


 天使種。現在の「皇族」や「血族」にあたる種族。

 帝都政府の、支配者層。


「バーディお前、歴史もいける方か?」

「そこまでは… 結局私が知ってる歴史って言うのは、地質学に関わることに限定されてしまいますから…」


 ふう、とジャスティスは煙を揺らせた。


「何を、こいつは考えてるんだ、全く」


 つん、とその黒髪をつつく。本当に、気持ちよさそうに眠る奴だ、と彼は思わずにはいられない。


「でも、格好いいひとですね」

「格好いい?」

「ワイルドって言いますか」

「何だ、お前、こういうのが好みか?」

「えええええ? そんなそんなそんな。違いますよーっ」


 必死で彼女は否定する。何をそんなに焦ってるのだ、とジャスティスは空になったジョッキにまたサボテン酒を注いだ。


「…所長本当に、お酒、強いですね…」

「そうか?」

「私なんか駄目ですよ、まるでそのあたりは」

「別に呑めなければ呑めないでもいい」

「いいんですか?」

「その方が、余分な金はかからんだろ」


 それはそうですが、とバーディはうなづく。注いだ酒を一口呑んで、彼は首をかしげる。


「天使種と、こういうとこの普通の奴とのハーフってのは、どうなんだろうな」

「あ、でも私が帝大に行ってた時には、ハーフのひとも居ましたよ。ウェネイクの旧家の女性が、皇族の方に嫁いだりすることがあったらしくて」

「そういう場合、ガキはどうなんだ? やっぱり、長生きするのか? 不老不死って奴…」

「どうなんでしょうねえ…同級生に一人居ましたけど、特にそういうことは感じませんでしたが…」

「お前が鈍感だっただけじゃねえのか?」

「あ、それはひどいです~」


 どん、と彼女はテーブルを叩く。ん、とスペイドが身じろぎしたので、慌てて二人してしっ、と指を立てた。


「…とにかく、私は聞いたこと、ないですけど…」

「俺だって、ねえよ」


 だいたい、彼にとって、それは実に遠い遠い世界の話なのだ。こんなことでもなければ、口にすることなど、まずないだろう。


「しかしこいつ、変なこと言ってたな」

「何ですか?」

「俺が幻覚効かねえ、ってことを話してた時だが…」


 能力者を生み出す所か、それとも上手く組合わさった所か。


「なあバーディ、フランフランでは、何か変な力を生まれつき持ってる、とかそういうことはあるか?」

「って言いますと、所長のその… 軽いテレパシイ、とかVV種の耐性、とかそういうものですか?」


 そうだ、とジャスティスはうなづく。


「フランフランは、格別そういうものは無かった… と思います。外的変化も、内的変化も。おそらく、気候が発祥の『地球』に近いせいだとは思うのですが」

「ランプだって、近いとは思うんだがな」


 何が違うのだろう。時々彼は思う。

 彼の出身の星系「ランプ」は、入植の歴史は古い。おそらく、その古さにしてみれば、ウェネイク星系にも匹敵する。

 ただ、ウェネイクと違い、その存在は地味だった。したがって、現在でも人々の暮らしは豊かすぎず、貧しすぎず、といったところである。

 ジャスティスはシニア・ハイを出て職に就いたが、まあそれが普通である程度である。高等教育機関や、研究機関まで進学する者は滅多に居ない。

 そもそも、入植した数も違えば、出身階層も違う。

 ウェネイクの入植民が当時の大国から、最新の設備の船で出かけたとすれば、「ランプ」にたどり着いたのは、歴史も古ければ、設備も古い、そんな小国から出た船だったのだ。

 だがそれだけに、「ランプ」にたどり着いた者達は、地道にこつこつと、大地を切り拓いて行った。

 それこそ、遠い昔、大国が大国になる前の、開拓者精神をもって。

 慢心することもなく、自分達の暮らしを一歩一歩楽にして行こう――― そう考える、人々だったのだ。

 そんな彼等の気質は、現在まで受け継がれていると言ってもいい。

 結局、ジャスティスやノブルの落ち着かなさも、その「開拓者精神(フロヌンティアスピリット)」に集約されてしまうのかもしれない。

 そんな惑星で、双子や三つ子がよく生まれる様になったのは、植民が始まってから、三世代くらい経ってからだった。

 現在でも、一卵性・二卵性問わず、この惑星では一回の出産に複数の子供が生まれることが多い。

 そして、その生まれた子供達には、互いに引き合う力があるのだ。

 ジャスティスはそれが普通だ、とずっと思っていた。それこそ、彼が「エイピイ」に入る――― ノブルが「コモドドラゴンズ」に入るまで。

 上の兄、タイドは一人で生まれたので、「外」に出た所で、格別違いを感じなかったのだろうが、彼等二人は、別れ別れに暮らす様になって、その意味が良く判った。

 それまでは「距離」と言ったところで、所詮同じ惑星の上だった。それが住む惑星が違う様になると、その不在がひどく露骨に感じられる。頭の中で、何かが一部分抜け落ちた様な感覚を当初彼等は味わったのだ。

 だが、そっちが「普通」なのだ、と気付くのには時間はかからなかった。

 同僚の話に耳にを傾けていれば、自然と気がつく。双子や三つ子であろうが、その存在を身体で「判る」訳ではないのだ。きょうだいが嘘をついていたとしても、その真偽を感じ取れないのが、「普通」なのだ。

 近くに居る時、自分達は頭の何処かを共有していたのではないか。彼は離れてから、そんな風に感じだしていた。

 それはノブルも同様だったらしく、まだ弟がコモドドラゴンズに在籍していた頃には、その件で夜通し話すこともあった。自分達は「普通」ではない部分を持っているんだ、と。

 ただ彼等は所詮彼等だったので、じゃあ仕方ねえな、と酒でも呑んで笑っておしまい、だったのだが。

 ただ辺境回りをする様になって、彼はその「普通でない」特性が、星系ごとの特色であることに気付いた。

 そして、その「特色」により、「消された」種族が存在することも。

 何処が、違うのだろう。彼は時々思うのだ。


「ここの… アリゾナの連中も、格別、そんな能力持っていないだろうな」

「ええ、私が見た限りでは… そもそも、人口が少ないですし」

「焼かれる前のアリゾナでも、そうか?」

「そうだと思います」

「言い切れるか?」


 ええ、とバーディはうなづいた。


「確かにかなりの地をこのアリゾナは焼かれましたけど、生き残った人々はそのまま住み続け、アリゲータにだって、ちゃんとその子孫の方々が住んでるんです。ですから」


 もういい、と彼はバーディを止めた。

 だとしたら、この男の能力は、一体何なのだろう。

 炎を扱って、幻覚を見せて。

 おまけに母親が天使種で。

 本人の言うことを信じれば、三百歳くらいで。

 けど、バーディの話によると、ハーフだからと言って、必ずしも現在の皇族だの血族だののように、「不老長寿」の能力者であるとは限らないという。

 …何が、違うのだろう。


「おい」


 もう一つ、聞こうと思ったが――― その時には、バーディは既にテーブルと友達になっていた。

 いきなり眠りやがる。彼は呆れたが、そのあたりにあった布を、とりあえず、と彼女に一枚かけてやった。

 彼は、と言えば、しばらくその問題について、サボテン酒を片手に、考え続けていた。

 ―――結局答えは、出なかったのだが。

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