第7話 発言を検討してみよう――歴史のおさらい
「あ~久しぶりに~良く寝た~」
大きなあくびと伸びをしながら彼はそう言った。そして。
「おはっよー。さわやかな朝だよ~ 起きて起きて、ごはんにしよう」
これでもかとばかりにすっきりさっぱりとした顔で、スペイドはテーブルにつっ伏せる二人を揺さぶる。
せっかくの客だ。滅多に無い客なのだ。
「う~…」
だが客は、と言えば。
低い声を立てて、ジャスティスは起きあがる。
「あれ、どうしたの、まぶたが重そうだよ」
「…」
それはそうだ、とジャスティスは思う。
結局、この男が先にさっさと眠ってしまってからというもの、彼は夜明け近くまでバーディと議論していたのだ。彼女は何だかんだ言って、夕方眠ってしまっていたからともかく、結局彼は、ほとんど眠っていないことになる。
「誰のせいだと思ってる…」
つぶやいたところで、目の前の男はきょとんとしているだけだった。
*
「ええと」
スペイドが寝入ってしまった後のことである。
サボテン酒をちびりちびりとやりながら、所長と社員は、現在のこの状態について、ずるずると話し込んでいた。
「つまり、このひとは、…あの… 戦争前から生きてた、って言うんですか?」
「本人が言うにはな」
ジャスティスは苦々しい顔で言う。
「そんな… それは冗談でしょう」
「って言ったってなあ…」
椅子に背を預け、天井を見上げる。
「そんな突拍子もねえ嘘、わざわざ俺等につく理由が見あたらん」
言ったって、何の得があるんだ、と彼は思う。
つくなら、もっと本当らしい嘘でなければ、効果はないだろう。
「それは所長に、でしょう。私、だって、聞いてませんよ」
さすがに彼も、お前は寝てたからだ、とはあえて言わなかった。何せ強制的に眠らせておいたのは自分である。
「けど所長、どうして私、寝てたんですか?」
「ああ… お前、あん時谷で、炎の幻覚見たろ」
「幻覚? 炎は見ましたけど… あれは、幻覚だったんですか?」
「やっぱり、見えたのか」
だったらスペイドが言った「見せた」は事実だ。
「あれが幻覚だなんて… 幻覚、だったんですねえ… でも所長には、見えなかったんですよね」
「…ああ、俺は軽いテレパシイ能力があるから、そういうのがあまり効かないんだ」
「ええっ!」
しー、とジャスティスは指を立てる。あ、と彼女も口を塞いだ。
テーブルの上では、自称300歳位、の青年が、すやすやと、実に心地よさそうに眠っていた。
さすがにこれだけ気持ちよさそうに、時々ふにゃふにゃと寝言まで言われてしまったら、起こすのも可哀想な気がしてくるというものである。
何となく、弟のことを思いだしてしまったりもする。
そう、その弟が。
「…って言ってもな、双子の弟と、居る居ない、程度の感応力があるってくらいなもんだ。テレパシイのテの字の能力とも言えねえぜ」
「え、じゃあ、あのノブル選手の方も、そういう能力があるんですか?」
すごーい、と彼女はぱちぱちと手を叩く。
酔ってるんじゃねえかこいつ、とジャスティスは葉巻をぎっ、と噛む。
「…それに比べれば、こいつがやらかしたのは…なあ」
「どうだったんですか?」
彼女も真剣な顔になる。
「…とりあえず、俺達の車を壊したのは、こいつだ」
そう言って、男のむき出しの肩を指した。毛皮からはみ出した肩は、つるん、として実に筋肉のついた若々しい肌。どう見ても、二十歳そこそこだ。
「ってあの、火がどん、と」
「そう、火をどん、と」
降らせた、ということだろう。それに炎の幻覚。
「人間ライターだと思ったら、そんなことができたんですか」
「人間ライターだと?」
「だって、そうじゃないですか」
ほら、とぽっ、とスペイドが指先で火を点けてみせた時のことを、彼女は真似してみせる。
「…ま、そう言えば、そうだよなあ」
「でも、それって… 滅茶苦茶凄い能力ってことじゃないですか?」
「そうだ」
それだけは、間違いのないことだ。発火能力なんて、…まず普通の人間では、ない。だから、困る。
「だからおそらくは、こいつがずっと、例の『谷に入れない』理由だったろうな。地磁気の狂いとか、そういうのとは別に、だが」
「そうですね。地磁気の狂いは、たぶん戦争の後遺症でしょうし」
「そういうことがあるのか?」
ええ、とバーディはうなづいた。
「DU弾は、だから確か、戦争中もほとんど使われなかったはずです。さすがに私も、特性は聞いてますが、成分と効果の関係までは、良く覚えていないんです。…それに… あの」
「何だ?」
言いにくそうな彼女を、ジャスティスはうながした。
「DU弾の煙の色、なんていうのは、記録には残っていない、と思うんです」
「何だと?」
「少なくとも、私は知りません。そりゃあ、私だって、専門ではないから何ですが…それでも、戦争後の兵器使用による地質変化に関しては、一応さらってるんです。その時にDU弾も、出てきたりはしたんですが」
「言ってみろ」
「核爆弾は、使用があの戦争の時にも基本的には全面禁止されていました。それはご存じですよね?」
「いや…」
「そうだったんです! と言うのも」
さすがに講義口調だ、と彼はふと感心する。
「所長の最初の行かれた、VV種の場合のように、その表面全体を使用できなくする場合、は別でしょうが… ともかく、その惑星に利用価値がある場合、残留放射能の危険を考えた場合…」
「つまり、そんなもので汚れた惑星なんぞ、侵略しても意味がねえ、ってことだな」
「はい。だからそういう爆弾は、特A級の使用禁止兵器でした。で、その規格で言うと、DU弾、というのは、AかAマイナスくらいの… 禁止兵器だったんです」
「それで大陸半分、が砂地化、か…」
「ただ、開発がずいぶん遅かったですから、それでも一つ二つは使われた所があったんだと思います」
「それが、アリゾナだと」
「推定ですが。ただその実例が少なすぎる場合、データが残っていない場合があるんです」
「そういうものなのか? だって、開発組ってのは、データを残すものだろう?」
それが仕事なのだから。
「場合によります。だから、アリゾナがどういう状態だったのか判らないんですが… とにかく、DU弾の跡に立つ雲の色なんていうのは、誰も知らないはずなんです。当時、それを落とした兵士とか、―――直接そこに関わり合ったひとしか」
「それでお前、さっき変な顔してたのか」
バーディは黙ってうなづいた。
「…それこそ、当時そこで、安全なところに居た人が見て、…それを口伝えしていったとか…」
「こいつはずっと一人だ、と言ってたが」
父親は老衰で死んだ、と言っていた。母親は―――
「最強の軍隊、と言うと、…やっぱり、あれしかねえよな」
「あれ、というと、あれ、ですか」
「そうだ、あれだ」
天使種。現在の「皇族」や「血族」にあたる種族。
帝都政府の、支配者層。
「バーディお前、歴史もいける方か?」
「そこまでは… 結局私が知ってる歴史って言うのは、地質学に関わることに限定されてしまいますから…」
ふう、とジャスティスは煙を揺らせた。
「何を、こいつは考えてるんだ、全く」
つん、とその黒髪をつつく。本当に、気持ちよさそうに眠る奴だ、と彼は思わずにはいられない。
「でも、格好いいひとですね」
「格好いい?」
「ワイルドって言いますか」
「何だ、お前、こういうのが好みか?」
「えええええ? そんなそんなそんな。違いますよーっ」
必死で彼女は否定する。何をそんなに焦ってるのだ、とジャスティスは空になったジョッキにまたサボテン酒を注いだ。
「…所長本当に、お酒、強いですね…」
「そうか?」
「私なんか駄目ですよ、まるでそのあたりは」
「別に呑めなければ呑めないでもいい」
「いいんですか?」
「その方が、余分な金はかからんだろ」
それはそうですが、とバーディはうなづく。注いだ酒を一口呑んで、彼は首をかしげる。
「天使種と、こういうとこの普通の奴とのハーフってのは、どうなんだろうな」
「あ、でも私が帝大に行ってた時には、ハーフのひとも居ましたよ。ウェネイクの旧家の女性が、皇族の方に嫁いだりすることがあったらしくて」
「そういう場合、ガキはどうなんだ? やっぱり、長生きするのか? 不老不死って奴…」
「どうなんでしょうねえ…同級生に一人居ましたけど、特にそういうことは感じませんでしたが…」
「お前が鈍感だっただけじゃねえのか?」
「あ、それはひどいです~」
どん、と彼女はテーブルを叩く。ん、とスペイドが身じろぎしたので、慌てて二人してしっ、と指を立てた。
「…とにかく、私は聞いたこと、ないですけど…」
「俺だって、ねえよ」
だいたい、彼にとって、それは実に遠い遠い世界の話なのだ。こんなことでもなければ、口にすることなど、まずないだろう。
「しかしこいつ、変なこと言ってたな」
「何ですか?」
「俺が幻覚効かねえ、ってことを話してた時だが…」
能力者を生み出す所か、それとも上手く組合わさった所か。
「なあバーディ、フランフランでは、何か変な力を生まれつき持ってる、とかそういうことはあるか?」
「って言いますと、所長のその… 軽いテレパシイ、とかVV種の耐性、とかそういうものですか?」
そうだ、とジャスティスはうなづく。
「フランフランは、格別そういうものは無かった… と思います。外的変化も、内的変化も。おそらく、気候が発祥の『地球』に近いせいだとは思うのですが」
「ランプだって、近いとは思うんだがな」
何が違うのだろう。時々彼は思う。
彼の出身の星系「ランプ」は、入植の歴史は古い。おそらく、その古さにしてみれば、ウェネイク星系にも匹敵する。
ただ、ウェネイクと違い、その存在は地味だった。したがって、現在でも人々の暮らしは豊かすぎず、貧しすぎず、といったところである。
ジャスティスはシニア・ハイを出て職に就いたが、まあそれが普通である程度である。高等教育機関や、研究機関まで進学する者は滅多に居ない。
そもそも、入植した数も違えば、出身階層も違う。
ウェネイクの入植民が当時の大国から、最新の設備の船で出かけたとすれば、「ランプ」にたどり着いたのは、歴史も古ければ、設備も古い、そんな小国から出た船だったのだ。
だがそれだけに、「ランプ」にたどり着いた者達は、地道にこつこつと、大地を切り拓いて行った。
それこそ、遠い昔、大国が大国になる前の、開拓者精神をもって。
慢心することもなく、自分達の暮らしを一歩一歩楽にして行こう――― そう考える、人々だったのだ。
そんな彼等の気質は、現在まで受け継がれていると言ってもいい。
結局、ジャスティスやノブルの落ち着かなさも、その「開拓者精神(フロヌンティアスピリット)」に集約されてしまうのかもしれない。
そんな惑星で、双子や三つ子がよく生まれる様になったのは、植民が始まってから、三世代くらい経ってからだった。
現在でも、一卵性・二卵性問わず、この惑星では一回の出産に複数の子供が生まれることが多い。
そして、その生まれた子供達には、互いに引き合う力があるのだ。
ジャスティスはそれが普通だ、とずっと思っていた。それこそ、彼が「エイピイ」に入る――― ノブルが「コモドドラゴンズ」に入るまで。
上の兄、タイドは一人で生まれたので、「外」に出た所で、格別違いを感じなかったのだろうが、彼等二人は、別れ別れに暮らす様になって、その意味が良く判った。
それまでは「距離」と言ったところで、所詮同じ惑星の上だった。それが住む惑星が違う様になると、その不在がひどく露骨に感じられる。頭の中で、何かが一部分抜け落ちた様な感覚を当初彼等は味わったのだ。
だが、そっちが「普通」なのだ、と気付くのには時間はかからなかった。
同僚の話に耳にを傾けていれば、自然と気がつく。双子や三つ子であろうが、その存在を身体で「判る」訳ではないのだ。きょうだいが嘘をついていたとしても、その真偽を感じ取れないのが、「普通」なのだ。
近くに居る時、自分達は頭の何処かを共有していたのではないか。彼は離れてから、そんな風に感じだしていた。
それはノブルも同様だったらしく、まだ弟がコモドドラゴンズに在籍していた頃には、その件で夜通し話すこともあった。自分達は「普通」ではない部分を持っているんだ、と。
ただ彼等は所詮彼等だったので、じゃあ仕方ねえな、と酒でも呑んで笑っておしまい、だったのだが。
ただ辺境回りをする様になって、彼はその「普通でない」特性が、星系ごとの特色であることに気付いた。
そして、その「特色」により、「消された」種族が存在することも。
何処が、違うのだろう。彼は時々思うのだ。
「ここの… アリゾナの連中も、格別、そんな能力持っていないだろうな」
「ええ、私が見た限りでは… そもそも、人口が少ないですし」
「焼かれる前のアリゾナでも、そうか?」
「そうだと思います」
「言い切れるか?」
ええ、とバーディはうなづいた。
「確かにかなりの地をこのアリゾナは焼かれましたけど、生き残った人々はそのまま住み続け、アリゲータにだって、ちゃんとその子孫の方々が住んでるんです。ですから」
もういい、と彼はバーディを止めた。
だとしたら、この男の能力は、一体何なのだろう。
炎を扱って、幻覚を見せて。
おまけに母親が天使種で。
本人の言うことを信じれば、三百歳くらいで。
けど、バーディの話によると、ハーフだからと言って、必ずしも現在の皇族だの血族だののように、「不老長寿」の能力者であるとは限らないという。
…何が、違うのだろう。
「おい」
もう一つ、聞こうと思ったが――― その時には、バーディは既にテーブルと友達になっていた。
いきなり眠りやがる。彼は呆れたが、そのあたりにあった布を、とりあえず、と彼女に一枚かけてやった。
彼は、と言えば、しばらくその問題について、サボテン酒を片手に、考え続けていた。
―――結局答えは、出なかったのだが。
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