第13節 入学式と四人の姫たち−2
日向はなんとか入学式開始の三分前に会場である体育館に到着した。
「はあ……はあ……走り過ぎたかも……」
身体が弱かったために少し走っただけで息を切らしてしまう日向はふらつく足取りでなんとか体育館に入ろうとする。
「うっ、おっとと……っ!」
しかし、おぼつかない歩き方だったことで、何もない地面に躓き、倒れてしまいそうになる。
「危ないっ!」
そんな日向の腕を何者かが掴み、倒れそうになっていたところを助けた。
「あっ、ありがとうございます。あなたは……」
日向が顔を上げると、金髪碧眼の普通科生徒が彼女を見下ろしていた。
「私は
「お怪我はありませんでしたか、見知らぬレディ? 私は
凪はさわやかな笑顔で日向に話しかける。
「へっ? えっ? 男の人ですか?」
日向は女子校の薄明女学院に執事の生徒がいることに驚く。
「ああ、紛らわしかったわね。私の従者である
「有真、二度も言わなくて大丈夫ですよ。そこまで念押しされると逆に怪しく思われてしまいますから」
「だったら、メイド服でも着ればいいじゃない! あなたはただでさえ目つきが鋭くて男みたいに見えるのだから、燕尾服なんて着ていたら男と間違われても仕方がないわよ!」
「いいえ、それは出来ません。私は執事ですから、燕尾服こそが私の正装なのです。例え主であってもその命令には従えません」
有真は自らのこめかみを指で押しながらため息を吐く。
「あっ、私、明日風日向と言います。自己紹介が遅れてすみません」
「日向さんね。覚えたわ。偶然出会ったのも何かの縁だし、よろしく頼むわ。因みに私たちは一年生よ」
有真はニコリを微笑んで日向に右手を差し出す。
日向はおずおずと手を繋ぎ、握手をする。
「おーい! 日向ちゃんこっちこっちーっ!」
その時、祥子が体育館の端から手を振って日向に呼びかけて来た。
「あなた新月館の子だったのね……。お友達も呼んでいるみたいだし、私たちはそろそろ行くわ」
「さようなら、明日風嬢。またお会いできるといいですね」
有真と凪に別れを告げられた日向は祥子の下へと向かった。
「お待たせしました祥子さん。……って、月ノ宮さんと千景様!?」
普通科の二人も祥子と同じ場所にいたことに日向は驚愕する。
「席は寮ごとに分かれているんだ。順番的に日向ちゃんは一番右端だね!」
日向が席に着くと、隣は色乃だった。
「…………」
色乃は相変わらず日向が隣に来ても何一つ反応をすることはなかった。
「それにしても、私たちの席……パイプ椅子なんですね」
他の生徒たちは肘掛のついた豪華な椅子を用意されていたが、新月館の面々の椅子だけはパイプ椅子だった。
「まあ、これでアタシたちが学院でどういう扱いになっているかくらいは分かるだろ。要するに問題児だらけの新月館は鼻つまみ者ってことさ」
千景は両腕を頭の後ろに回して足を組みながらシニカルに言う。
「――これより、第66回薄明女学院新入生入学式を執り行います」
放送でそのようなアナウンスが流れ、東雲学院長の挨拶から式典は始まる。
「ところで日向、お前今日はやけに遅かったじゃねえか。途中で何かあったのか?」
「えっと、今朝は色々な方と出会ったんです。それで話し込んでいたらこんな時間に……」
千景に問いかけられ、日向は恐縮しながら答える。
「へえ、誰と会ったんだ?」
「あっ、それは……花里有真さんと黒鉄凪さん、それから月ノ宮さんの妹さんにお会いしました」
「有真と会ったのか。偶然って恐ろしいな。……それよりも、色乃の妹?」
「どうかされましたか?」
難しい表情になる千景に日向は尋ねる。
「いや、色乃に妹なんていねえよ」
「えっ!?」
「それはきっと、私の姉だね。月ノ宮聖、この学院の三年生だよ」
突然、色乃が自分を挟んで会話をする日向と千景の間に割って入る。
「お姉さん? あの聖さんが月ノ宮さんのお姉さんだったんですか?」
「……あの人らしいというか。回りくどいね。どうせ、私の近況を知りたがって君に近づいたのだろうけど」
「は、はい……。確かに月ノ宮さんのことについては聞かれましたが……私は何も分からないと答えました」
「別にどう答えていたとしても私としては気にしないのだけど、今度会う時は気を付けた方がいいと思うよ」
「は、はあ……」
色乃からの謎の忠告に日向は戸惑いながらも頷く。
「ねえねえ、なんの話? 私だけ仲間外れとか酷いよ~」
「祥子には関係のない話だ」
ハブられたと思ったのか不満げな祥子に千景は追究されていたが、千景は頑なに答えようとはしなかった。
「……それでは、次は生徒代表から新入生の皆様へのお言葉をいただきます」
直後に壇上では司会の教師がそう言って、舞台の脇に引っ込んだ。
「話をしていればなんとやらだな」
千景が一言そんなことを呟き、日向はその意味をすぐに理解する。
「あれは……聖さん?」
「詩緒先輩もいるよ!?」
日向と祥子は舞台袖から現れた四人の生徒を見て目を丸くする。
詩緒は日向たちに気づくと小さく手を振って来た。
「やあ、初めまして。僕たちはこの薄明女学院における生徒会執行部『黎明四姫』。そして、僕は黎明四姫の一人、普通科三年の月ノ宮聖だ」
マイクの前に立った聖が不敵な笑みを浮かべながら話し始める。
詩緒を含めた他の三人は聖の背後に立っているが、全員ただ者ではない雰囲気が生徒たちには伝わった。
詩緒と並んで立つのは竹刀袋を背負って威圧的な目を新入生たちに向ける茶髪で背の高い少女と式典中にも関わらず誰とも目を合わせずに手元のルービックキューブをいじり続けるボサボサな亜麻色の長い髪を持つ少女だった。
「――さて、率直に言うが、僕は君たちのような出来損ないが入学してきたことにとてもガッカリしているよ」
聖はあろうことか入学式という場でニヤリと笑いながらそんなことを言いだすのだった。
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