第11節 初登校と黒い少女
四月、入学式の日がやって来た。
「明日風さん、朝のお掃除はそこまでで結構ですよ。部屋に戻って支度を済ませなさい。初登校から遅刻をしてはいけませんからね」
日向が廊下のモップ掛けをしていると、蜜海が声を掛けて来る。
「は、はい! 仕事が遅れて申し訳ございません!」
「いえ、別に責めている訳ではありません。ここ数日のあなたの仕事ぶりを見ていましたが、掃除、料理、洗濯、そのいずれの出来も私としては不満のないものです。これからもよろしく頼みますよ。それでは」
蜜海はそう言って、どこかへと行ってしまう。
「なんだったんだろう……もしかして、今のは蜜海さんなりの挨拶だったのかな?」
「おっはよーっ! 日向ちゃん! 何してるの?」
日向がモップを片付けて自室に戻ろうとしていた時、廊下の向こうにいた祥子が日向を見つけて手を振る。
千景は薄明女学院の制服を着ており、祥子はミニスカメイド服姿だった。
「あっ、祥子さん! ……と、千景様」
祥子の隣には千景がおり、祥子は千景の左腕に抱き着いていた。
「アタシを見た瞬間にテンション下がるのどうなんだよ。まあ、仕方がないけどさ」
千景は少し落ち込んだ様子になる。
日向は初対面時の印象から千景に対してまだ苦手意識が残っていた。
「そうだね~。だって千景ちゃん、顔が怖いし、声も低いし、私は千景ちゃんがちゃんと学校で友達を作れるか心配だよ~」
「余計なお世話だ! というか、お前に保護者面されるのなんかムカつくんだけどな!」
日向は祥子と千景の距離感が数日前と比べてかなり近くなっていることに気づく。
「あ、あの、千景様と祥子さん、この数日の間に何かあったのですか?」
「えっ? ああ、実は千景ちゃんと私、主従を組むことになったんだよ!」
「とは言ってもまだ入学をしている訳ではないから正式な契約ではないけどな」
「そ、そうなんですか……」
日向は千影と祥子が身を寄せ合っている様子を見て、心の内に寂しさを感じる。
「今日は入学式だし、日向ちゃんも私たちと一緒に登校しようよ!」
「……わ、私はまだ支度が済んでいないので、お二人は先に行っていてください。お誘いしていただけて嬉しいですけど、すみません」
日向は逃げるように千景と祥子の前から走り去る。
「行っちゃった……」
「あの様子だと例の夜に色乃と何かあったのかもしれないな」
千景と祥子は日向の背中を目で追いながらそのような会話をしていた。
† † †
「ううっ、どうして私、あそこで逃げちゃったんだろう……」
日向は誰もいなくなった新月館の玄関を抜けて通学路に出る。
空は晴天で青く澄み渡っている。
日傘を差した日向が通学路を歩いていると、制服を着た普通科の生徒とメイド服を着た侍女科の生徒が入り混じって登校していた。
中には普通科の生徒と侍女科の生徒が二人で歩いている姿も見られる。
――薄明女学院には変わった制度がある。その名も「
普通科の生徒と侍女科の生徒は二人一組の「主従」となる。
そして、主従となった二人は卒業までの三年間、学校生活を共にする。
日向が普通科生徒の色乃を気にしていた理由の一つでもある。
日向は本音を言えば、色乃に自分の主となって欲しかったのである。
「あの時の月ノ宮さんはなんだったんだろう……」
日向は教会の地下で起きたあの出来事を思い出す。
色乃に瓜二つの少女。
充満した血と脂の匂い。
柔らかな少女の肌の感触。
全身を貫いた激痛。
それら全てが夢や幻ではなく、現実に起こったことのように日向の記憶に刻まれていた。
もちろん、日向の身体のどこにも棘が刺さった痕はなく、色乃が言っていた通り、教会に地下へと続く階段はどこにも存在していなかった。
新月館に戻った日向を蜜海と祥子が玄関先で出迎えた。
蜜海と祥子は色乃と日向の帰りが遅いことを心配していたらしく、一人帰って来た色乃が日向について話したため、彼女たちは詩緒や千景が眠りについた後も日向を待っていたのだった。
祥子は安堵した様子で日向の帰宅を喜んだが、蜜海は勝手に歓迎会を抜け出したことも含めて長々と説教を始めた。
日向は小一時間程続いた説教に疲れ切ってメイド服のまま自室のベッドに倒れ込み、気づいた時には朝日が空に昇っていた。
それから今日まで日向は色乃と一度も会話をしたことがない。
「ねえねえ、そこの君。少しいいかな?」
「えっ? ……うわひゃっ!?」
教会の件から今日までの思い出にふけっていた日向は突然自分の隣に現れた少女に驚く。
「ふふふ、おかしな声を出すね」
「す、すみません。えっと……どちら様でしょうか?」
少女は黒い和服を身に纏っており、背丈は中学生か小学生に思える程低かった。
しかし、日向も同年代の女子と比べて遥かに小柄な体格であるため、日向と少女は一つの傘の下で並んで歩いても違和感はなく、そのせいもあって日向は少女が自分と肩が触れそうなくらいに近づいても気づくことが出来なかったのである。
日向は尋ねてから少女の見た目が誰かに似ているように感じる。
その誰かとは、日向が憧れている月ノ宮色乃だった。
「僕は
聖と名乗った黒髪碧眼の少女は笑みを浮かべる。
日向はその顔に見覚えがあった。
それは日向がいつも遠くから眺めている色乃ではなく、教会の地下空間で遭遇した彼女の笑顔だった。
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