第10節 棺桶とヴァンパイア


「――――ハッ!?」


 日向は目を覚ます。

 目覚めた彼女の視界に初めて映ったものは色乃の顔だった。


「ようやく意識が戻ったみたいだね」


 色乃は安堵した表情で日向の額に左手を乗せる。

 日向は教会の椅子に横たわり、色乃に膝枕をされていた。

 色乃はきちんと服を着ており、身体は血で汚れてはいなかった。


「月ノ宮さん!? なんで私、月ノ宮さんに膝枕をされて……それより、私まだ生きてる!」

「君は教会の床に倒れていたんだよ」

「えっ? で、でも、確か、私は教会の地下で――」


 日向は首を横に向けて祭壇に目を向けるが、祭壇の前にあったはずの階段は跡形もなく消えていた。


「地下? この教会の中に地下へ繋がるような入り口は見当たらなかったけど」

「じゃあ、あれはなんだったんだろう……」

「夢か幻か、君が何を見たか私は詳しく知らないけど、この学院で生活していくなら、気をつけた方がいいよ。それにしても君はよく倒れるね」

「へ? それはどういう……というより、月ノ宮さん、私のことをやっぱり覚えてくれていたんですか!?」


 色乃は観念したようにため息を吐く。


「そうだよ。久しぶりだね、雪の妖精さん。私も半信半疑だったけど、君が入学試験の日に道で倒れていた女の子だということは最初に目が合った時に気づいていたよ」

「だったら、どうしてそう言ってくれなかったんですか? 私、あの時のお礼が言いたかったんですよ?」

「それは親しくなる必要がないからだよ。君だけじゃない。私は三年間、人間とは関わらないと決めているんだ」


 日向には色乃の言葉の意味がよく理解出来なかった。

 しかし、色乃の表情はどこか辛そうに見えたため、日向はそれについて言及することをためらう。


「ごめんね。君の気持ちは嬉しいけど、私は君と仲良くはなれない。今回は特別だけど、次に君が倒れていても私は見て見ぬ振りをするつもりだよ」


 色乃が日向の頭を膝から離して立ち上がる。


「ああ……だけど、千景とは仲良くしてあげて欲しいな。あの子は言動で勘違いされやすいけど、私と違っていい子だから、きっと友達になれるはずだよ」


 色乃は微笑を浮かべてそう言い残し、教会から去る。

 そうして、教会にいるのは日向ただ一人となった。


          † † †


 色乃は雑木林の中を歩きながら服のポケットに入っていたものを右手で取り出す。

 握りしめた右手を開くと、彼女の掌の上には古ぼけたロケット付ペンダントが存在していた。

 ロケットは六角形の棺桶のような形状をしており、色乃は棺桶の蓋を開ける。


「母さん、ここにもあなたの手がかりは残されていなかったよ。一体、どこにいるの?」


 棺桶には深紅の宝石が一粒収められていた。

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