第8節 不良お嬢様と憧れの人
「へえ、中は思ったよりも綺麗だな。これなら住めないことはなさそうだ」
赤い髪の少女、都千景はシニカルな笑みを浮かべて言う。
「…………」
対して、黒い髪の少女、月ノ宮色乃は何も言葉を発さず、千景(ちかげ)の発言や目の前にいる三人の使用人に興味がまるでないかのように彼女の視線は虚空に向けられていた。
「お待ちしておりました。私は白雪蜜海と申します。そして、こちらは柚子祥子と明日風日向。私共はこの新月館の使用人をしておりますので以後お見知りおきをお願い致します」
「よ、ようこそいらっしゃいました!」
「いらっしゃいませ~!」
蜜海がお辞儀をするのと同時に日向と祥子も挨拶をして頭を下げる。
「……おい、後ろの二人舐めてんのか?」
千景が鋭い目で日向と祥子をギロリと睨む。
「茶髪の方はショップ店員みたいに挨拶が軽いし、白い方は礼が直角になってたぞ。ここの使用人は出迎えもまともに出来ないのかよ」
「申し訳ございません。こちらの二人は新人でして、至らない点については寛容に見ていただけますでしょうか?」
呆れた様子で吐き捨てる千景に蜜海は再度お辞儀をする。
しかし、今度はさっきよりも深く頭を下げ、謝罪の意を示していた。
「新人、ということはアタシたちと同じ一年生か。……まあ、それなら仕方ねえな。取り敢えず、アタシたちを部屋に案内してくれ」
「かしこまりました、お嬢様方。それでは、お部屋へとご案内致します。柚子さん、明日風さん、お手荷物をお運びして差し上げなさい。私が先頭を歩きますのであなたたちは最後列を歩くのですよ」
「は、はい!」
「は~い!」
日向と祥子は二人のお嬢様と対峙する。
「じゃあ、赤い人の荷物は私が持ちますね!」
「えっ、いいけど……アタシの名前は赤い人じゃなくて千景だからな?」
「わっかりました! 千景ちゃん!」
「ちゃんは余計だ」
祥子が千景の荷物を担当することになったため、日向は消去法的にもう一方の少女の荷物を運ぶことになる。
日向の心臓は高鳴っていた。
偶然とはいえ、憧れていた少女と会話をする機会を得られたからである。
「あ、あの……お手荷物をお預かりしてもよろしいですか?」
「必要ないよ。自分の荷物は自分で持つから」
しかし、憧れていた少女から返って来た反応はあまりにも冷たいものだった。
色乃(しきの)は嫌がる素振りも遠慮している雰囲気も感じさせず、当たり前のように日向の申し出を断った。
「す、すみませんでした……」
日向は落ち込んだ様子で引き下がる。
「日向ちゃん! 悪いんだけど私の荷物を少し持ってくれないかな?」
そんな時、祥子が自分の持っていた荷物の一つを日向に差し出す。
「あっ、はい! 大丈夫ですよ!」
「ありがとう! 千景ちゃんの荷物、意外と重くて運ぶの大変だよ~」
祥子が屈託のない笑顔で差し出したスポーツバッグを受け取る。
「わっ! 本当に重いですね! 中には一体何が……」
日向がそう呟いた瞬間、千景が日向を睨みつける。
「おい、中を見たら殺すぞ」
「ひっ! すみません!」
日向は頭を下げるが、千景はもうすでに階段を上っており、日向に見向きもしていなかった。
それからは色乃と千景をそれぞれの部屋に案内して彼女たちと別れるまで、日向は一言も言葉を発することが出来なかった。
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