第5節 新月館とお姉ちゃん


「到着しましたわよ。ここがアナタの暮らす第四学生寮――通称『新月館』」


 薄明女学院の端にある雑木林の中に新月館と呼ばれる木造三階建の学生寮は建っていた。


「うわあ~。いつ見ても新月館はオンボロだねえ。まるで幽霊屋敷だよ」


 祥子の言う通り、新月館はお世辞にも人が住んでいるような気配のない不気味な風貌をしていた。

 日向は背筋に悪寒を感じて思わず身震いする。


「ワタクシが案内するのはここまでですわ。祥子さんもいることですし、後は頼みましたよ」

「ええ~っ! 難波先生は私たちの寮に寄って行かないんですか!?」

「嫌ですわよ、こんなカビ臭いボロ屋敷に足を踏み入れるなんて。いつ床が抜けるか分かったものじゃありませんわ」


 難波はそう言って二人に背を向けて立ち去る。


「行っちゃったね」

「行っちゃいましたね」

「まあ、ここからは私が案内するからついて来て!」


 祥子が新月館の玄関扉を開いて日向に手招きをする。


「お、お邪魔します……」


 日向は恐る恐る新月館の中へと足を踏み入れる。

 新月館の内部は日当たりの悪さ故に昼間であるにも関わらず薄暗く、一歩足を進める度に床から軋むような音が響く。

 壁には妖しげな動物のはく製や肖像画などがかけられており、天井の電灯にはパチパチと音を鳴らして消えかかっているものもあった。

 新月館の裏手には小さな温室が存在していたが、屋根はシャッターで閉じられて、誰かが使っているような気配はまるでなかった。


「な、なんというかアンティークなお屋敷ですね」

「日向ちゃん、もしかして怖がってる?」

「い、いえ、そんなことは……。私が以前暮らしていた家も近所では『ヴァンパイアが住む屋敷』とか言われてましたから見た目だけで判断してはいけないと思っていますし」

「へえ~。じゃあ、日向ちゃんはヴァンパイアと縁がある人間なんだね。それなら、この寮の生活にもきっとすぐになじめるかもしれないね」

「どういうことですか?」


 日向は祥子の言っていることが理解出来ず、怪訝な表情をする。


「だって、この寮にはヴァンパイアが住んでいるから」

「えっ? や、やめてくださいよ祥子さん。……現実にヴァンパイアなんている訳ないじゃないですか」

「いるよ?」


 祥子は当たり前のことのようにそう言って、日向の背後を指で差す。


「ほら、日向ちゃんのすぐ傍に――」


 日向が背後を振り返ると、そこには日向よりも一人の女性が音もなく現れていた。


「にゃああああああああっ!!!」


 女性と目が合った日向は悲鳴を上げて腰を抜かす。

 直後に廊下の電球が一斉に不規則な点滅を始めるようになる。

 足が震えて一歩も動けない日向に向かって女性は電球が点滅するごとに少しずつ近づいてくる。

 やがて、女性は日向の目の前まで来てしまう。


「あわ、あわあわ、あわわわわ……」


 言葉にならない声を出す日向。

 女性は膝を屈めて日向との距離をさらに詰めて自らの口を開いた。

 恐怖に怯えて半泣きになっていた日向はぎゅっと目を瞑る。


「大丈夫ですか? 怪我はしていませんか?」

「…………ふえ?」


 しかし、日向の耳に届いた女性の声は彼女の想像とはかけ離れた優しげなものであり、瞑っていた日向の目は何やら柔らかいもので拭われる。


「あらあら、驚かせてしまってごめんなさい。声をかけるタイミングが悪かったかもしれませんでした」


 日向が目を開けると、女性は温厚そうな笑みを浮かべていた。


「初めまして、私は鳳詩緒おおとりしお。薄明女学院普通科三年で新月館の寮長をしている生徒ですよ。あなたが本日この寮にいらっしゃるという明日風日向さんで間違いないですか?」

「は、はい……私が明日風日向です」

「間違っていなくて良かったです。祥子ちゃんもお帰りなさい」

「ただいまー! お菓子買って来たよ詩緒しお先輩!」

「まあ! 凄い荷物ですね!」

「頑張って運んだんだよ! 褒めて褒めて!」

「本当にご苦労様です。偉い偉い。……ついでなのですけど、そのお菓子を夜まで預かっていてもらえますか?」

「おっけー!」


 祥子はビニール袋の山を抱えてどこかへと行ってしまった。


「先輩と後輩なのに随分とフランクなんですね」

「祥子ちゃんは誰にでもあのような感じですよ。私からすれば甘えんぼの妹が出来たみたいな気分ですね。もちろん、日向ちゃんもこれからは寮の一員なのだから、思う存分、私に甘えてくださいね?」

「は、はあ……」

「そう言えば、日向ちゃんに用事があったことを忘れていました! ちょっとこちらに来てください!」


 詩緒が日向の背後に回って両手で彼女の肩を押す。


「ふわっ!? ど、どこに行くんですか!?」

「すぐそこの倉庫部屋ですよ」


 日向は詩緒によって一階廊下のとある一室に無理矢理押し込められた。

 詩緒は倉庫部屋の扉を後ろ手で閉める。


「お、鳳せんぱい?」

「うーん。その呼ばれ方はあまり嬉しくないですね。出来れば私のことは詩緒お姉ちゃんって呼んでください」


 詩緒が微笑む。

 しかし、その笑顔はさっきまでと異なり、日向には酷く恐ろしいものに見えた。


「うふふふふふふっ。それじゃあ日向ちゃん、ここから出たかったら今すぐ服を脱いでくださいね」

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