第4節 激突と柚子胡椒


「こちらが薄明女学院の本校舎ですわ! 明日風さんは四月からここで授業を受けることになるんですのよ!」


 中世ヨーロッパ風にファンタジーな外観の校舎をバックに立つ難波がそう言った。

 薄明女学院は都心からやや離れた山奥にある全寮制のお嬢様学校。

 そのせいか、敷地面積は某夢の国に匹敵する程広く、校内の各所にはモニュメントや噴水など普通の学校にはないようなものもあった。

 だが、芝生の敷かれた校庭では運動部が部活動に励み、四階建ての図書館からは山積みの本を抱えた生徒が談笑しながら出てくる。

 その様子を見て、日向は自分のいる場所が学校なのだと再認識した。


「ここが学校……思っていたよりも普通……じゃない」


 日向は色々と非現実的な光景に困惑してそう呟いた。

 彼女は小学校以来一度も学校には通っておらず、後期中等教育機関というものは漫画やアニメの知識でしか知らなかったが、それでも明らかに薄明女学院は異質だった。


「当然ですわ! なんと言ってもこの学院は超上流階級の子女が生徒の半数以上を占めているのですから設備は最高峰! 温水プールに屋上庭園、コンサートホールやゲーセンも完備されていますわ!」

「ゲーセンって……ゲームセンターのことですよね? どうして学校にそんなものが……」

「その辺は私もよく分かりませんわ」

「なるほど。深く悩んではいけないような気がしてきました」


 引き籠り生活が長かった故に若干常識が抜け落ちている日向は早く新しい環境に順応しなければならないという意識からそれ以上の追及を野暮なものと考えることにした。


「わあああああっ!」


 その直後、日向の目の前にビニール袋の山を抱えた生徒が現れ、日向に目掛けてぐらついた足取りで走ってくる。


「どいてどいてどいてーーーー!」


 生徒は日向に正面衝突して、二人は地面に尻もちをつく。

 同時に生徒の抱えていたビニール袋の山が崩落して中に入っていた菓子の箱や袋が地面に散乱する。


「イタタ、尾てい骨折れちゃうかと思ったよ~」

「だ、大丈夫ですか?」


 日向は呻く生徒に声をかける。


「うんダイジョブ! 私は平気だよ! あなたは怪我とかしてない?」

「はい。私も怪我などは……あっ、荷物拾いますね!」


 二人は立ち上がって散乱した菓子類を拾い集める。


「いや~、ありがとね! 私は一年生の柚子祥子ゆずしょうこ!」

「私は明日風日向です。柚子胡椒さんは私と同じ一年生なんですね」

「あははっ! よく間違えられるけど私の名前は祥子しょうこだよ! 私の名前って調味料みたいで面白いよね!」

「す、すいません。人の名前を間違えるなんて……」

「気にしないで! 柚子胡椒って名前もなんとなく響きが可愛いから怒ったりしないよ! そう言えば、あなたは普通科? 侍女科?」

「学科ですか? 私は――」


柚子ゆずさん! 危ないですわよ! どこを見て歩いているんですの!」


 その時、難波が日向の言葉を遮って祥子を叱った。


「あ、いたんですか難波先生?」

「最初からおりましたわ! アナタはどこに目をつけてやがりますの! というか、なんですのよ、そのお菓子の山は!」

「これは今日開く歓迎パーティー用のお菓子です! 前に話していた新入生の子が来るのは今日でしたよね?」

「そうですわよ。そして、アナタが楽しみに待っていたその子は今ここにいますの」


 難波は日向に視線を向ける。


「ええっ! ということは日向ちゃんが今日から私たちの新月館で一緒に暮らす新入生なんだね! こんなところで出会うなんて運命を感じちゃうよ!」


 祥子は日向の手を取り、目を輝かせる。


「えっと、新月館というのは確か私がこれからお世話になる学生寮で、つまり、祥子さんは私の同居人ということですか?」

「それについては後ほど改めてご説明をさせていただきますわ。……ところで、明日風さんは当学院に二つの学科があるのはご存じですわよね?」

「あっ、はい! 薄明女学院には普通科とは別に侍女科という独自の学科があるんですよね!」

「ええ。それこそが薄明学院の最大の特徴ですのよ。当学院に通っているのはお嬢様だけではありません」


 次の瞬間、難波の纏う雰囲気が温かみのある教師としてのものから冷徹な女主人としてのものに変貌する。


「――明日風日向さん、柚子祥子さん、アナタたち侍女科の生徒はこれからの三年間、普通科のお嬢様方に仕えるメイドとなるのです」


 難波が思わず凍えそうになるような声色でそう言葉を発するのだった。

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