第3節 父と執事
「ご無沙汰しております、東雲学院長」
「ええ、お久しぶりです。大変素晴らしいご挨拶でしたよ」
東雲が微笑みを浮かべてそう言いながら日向を出迎える。
日向が聞いた話だと東雲の年齢は今年で三十八歳とのことだが、彼女の見た目は二十代前半に見えるほど若々しいが、落ち着いた大人の雰囲気を纏っていた。
「いらっしゃいましたわね明日風さん! ワタクシのことは覚えていますわよね!?」
「はい。難波先生ですよね。面接の際にお世話になりました」
「その通りですわ! まあ、ワタクシを忘れる人などこの世にはいないですけれどね!」
難波は自慢げに言うが、彼女の言動はあまりにも奇天烈で、日向は忘れたくても忘れられないのだった。
しかし、日向の恩人である少女は難波ではなかった。
というか、難波は黒髪碧眼ではなく、二十三歳はどう考えても少女と言える年齢ではない。
「それにしても、お二人はどうしてこの場におられるのですか?」
「本日はこちらの難波先生にあなたへの学院の案内を頼んでいるのです。私は偶然通りがかっただけですよ。それでは、私はこの辺りでお暇させていただきますね」
東雲は日向と難波に手を振ってどこかへ去っていった。
「さて、明日風さん! 早速ですがこのワタクシが当学院の紹介をツアー形式でさせていただきますわ! 参りますわよ!」
「あっ、すいません難波先生。その前にちょっとお時間をいただいてもよろしいですか?」
「なんですの? せっかくワタクシがやる気になっているというのに……トイレですの?」
「えっと、そうではなくて……」
怪訝な表情をする難波に背を向けて日向は校門前で立っていた柊に歩み寄る。
「日向お嬢様、どうされたのですかな?」
「柊にはちゃんとお別れの言葉を言っておきたいのです。今まで私に仕えてくれてありがとうございました。本日を以てあなたを明日原家従者から解任します。これからはあなたの好きなように生きてください」
「お嬢様……ありがたいお言葉ですが、この私はいつまでもお嬢様の従者でございますよ。私にとって従者というお仕事は辞められるものではないのです。敬愛する主に魂を捧げて共に歩むことが私の生きる理由となっているのです」
柊は日向に頭を下げて一人車に戻っていく。
「待って!」
校門前が生い茂る木々の枝葉によって日差しを遮られていることに気づいた日向は咄嗟にスーツケースと日傘を地面に置いて柊に背後から抱きつく。
「お嬢様、年頃の娘が人前で男性に抱きつくものではございませんよ」
「お父さんだからハグをするくらいは問題ないはずです」
「……失礼な話かもしれませんが、私もお嬢様を自分の娘のように感じておりました」
後ろ髪を引かれる思いで日向は柊から手を離し、踵を返して難波の下へ向かった。
柊は振り返って、愛する娘が巣立っていく様を眺めていた。
「ご用はお済ですの?」
「はい。もう大丈夫です」
尋ねる難波に日向は微笑んでそう答えた。
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