第2節 日向と出会い


 日向という少女は生まれながらに太陽から嫌われていた。

 彼女の身体は日向に出ればすぐさま火傷を引き起こして、最悪の場合は死に至る危険性すらあった。

 その体質は遺伝的なものではなく、周囲の人々の中には日向を気味悪がる者もいた。

 小学校に通い始めてからの日向はいじめを受けるようになった。

 同級生たちはいつもたった一人日陰で読書をしている奇妙な姿の彼女に「ヴァンパイア」というあだ名をつける。

 やがて、日向は小学校に通うことを嫌がるようになった。

 日向には両親と柊だけが心の拠りどころだった。

 しかし、優しい両親も交通事故によって亡くなり、それから日向はずっと自宅に引き籠り、使用人たちも次第に辞めていったことで屋敷にいるのは日向と柊の二人だけとなった。

 体質を理由に親戚一同から厄介払いをされて、中学校を一度も通わずに卒業した日向には最早生き続ける意思もなくなり、透き通っていた赤い瞳は徐々に濁っていく。

 そんな時、屋敷に日向の母親と旧知の仲だったという女性が訪ねてくる。

 女性は薄明はくめい女学院という学校の最高責任者であり、補欠として空けていた推薦入学枠の一つを日向に与えたいと言った。

 乗り気ではなかった日向だったが、明日原家は親戚に両親の財産をほとんど奪われ、屋敷すらも売り払わなければならない状況になっていたため、学費を全額負担した上で衣食住の安定を約束するという女性の提案はあまりにも魅力的で、日向には断る選択肢などなかった。

 そうしてやって来た入学試験の日、薄明女学院を初めて訪れた日向は運命を変える人と出会った。


「君は雪の妖精みたいだね」


 黒い髪に青い瞳の美しい少女が日向に手を差し伸べながらそう言った。

 入学試験は空が晴れ渡った日に行われた。

 だが、その日に限って日向が持参していた日傘は開閉スイッチの調子が悪くなり、それに気づいたのは柊の車が去ってしまった後のことだった。

 試験開始に間に合わないことを恐れた日向は多少の無茶ならば問題はないだろうと考えて試験会場へ向かうため、陽だまりに足を踏み入れる。

 けれども、それがいけなかった。

 最初はなんともなく、油断していた日向だったが、突然脚に力が入らなくなって彼女は地面に倒れる。

 身体が熱を帯びてくる感覚はあるが、痛みは鈍く、視界は朦朧としていた。

 起き上がりたくても脚に上手く力が入らず、周囲には助けを求められるような人も見つからない。

 日向は死を悟った。

 彼女の脳裏に幼い頃見た子供向けテレビアニメの記憶が蘇る。

 そのアニメでは不老不死のヴァンパイアであるドラキュラ伯爵が登場するが、間抜けな彼は登場する度に太陽の光を自ら浴びて灰になり、視聴者を笑わせていた。

 自分もあのヴァンパイアと同じく間抜けな行動のせいで灰になって消えてしまうのだと日向は思った。

 そこに現れたのが黒髪碧眼の少女だった。

 少女は日向が自力で立ち上がれないと分かると、彼女の背中と膝裏に手を回して抱きかかえる。


「すごく辛そうだ。今すぐ保健室へと連れていくよ」

「あ、ありがとうございます……」


 日向はぼやけた視界に映るその少女にお礼を言って意識を失った。

 日向が目を覚ますと、そこは薄明女学院の保険室であり、養護教諭の話によると少女は先に帰ってしまったとのことだった。

 結局、日向の試験は個別で後日に持ち越しとなってしまったため、少女が何者なのか日向は知ることが出来なかった。

 だが、日向の心には自分の命を救ってくれた少女の姿が刻み込まれて、もう一度、彼女に会って今度こそちゃんとお礼を伝えたいと思った。


「ようこそ、いらっしゃいましたね、明日風日向さん」


 薄明女学院の校門には学院長の東雲愛理しののめまなりと国語教師の難波相生なんばあいおいが待っていた。

 東雲は日向を薄明女学院に推薦した人物であり、難波は日向が受験した際の面接官を務めていたので、日向は二人とすでに面識があった。

 日向の眼前には新天地が広がっている。

 再び薄明女学院の門を潜る日向の瞳は宝石のように透き通っていた。

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