2ー8

「ぐへー、きつかったぁ……」

 僕は机に突っ伏して、盛大に嘆息する。その声は終業のチャイムに掻き消されているが。

 きつかった、というのは、無論先程の木下の尋問のこと。いや、本人は興味半分なのかもしれないが、僕からすれば刑事の尋問そのものだ。

「ほら、そんな意気消沈してないで、帰るよ」

 溜息混じりの声とともに、背中にポンと手が置かれる。確認するまでもなく、その手の主がはるかであることは分かった。

 教室からは帰路に着くクラスメイトたちがゾロゾロと流れ出ている。今日の交流会が功を奏したのか、複数人で帰る者も少なくない。

 僕も本来なら孤独で電車へ向かうはずなのだが、今日は良く知った幼馴染がいる。せっかくお誘い頂いたので、お言葉に甘えよう。

 重たい腰を持ち上げ、スクールバッグを提げると、特に言葉を交わすことなく扉をくぐる。

 視界の端で、三宅が今朝と同じ男連中で集まってこちらを見ていた気がするが……。思春期街道まっしぐらだな。

「気にしちゃだめだよ、三宅くんのこと」

「へ?」

 はるかの口から思ってもいなかった名前が飛び出す。

 というか、三宅がこちらを見ていたのに気付いてたのか?

「彼、昨日も一昨日も、一緒に帰ろうって誘ってきたの。流石に断ったんだけど、それからよく目が合うのよ」

 ……どうやら今朝の予想は当たっていたようだ。一昨日の入学式の日もアプローチした、ってことは、完全に一目惚れだろう。

 思い返せば、中学の頃に何人もの男子から、はるかへの恋愛相談をされた記憶がある。どうやら彼女の美人ぶりは高校でも健在のようだ。

 人並以上に整う目鼻立ちは、彩音の幼さとは対称に大人びた雰囲気が漂う。身長は平均より低いが、おかげで身体の凹凸が目を吸い込むような曲線を作り出す。特別磨かれたものではないが、大勢の注目を浴びるに足る存在が、雪村 はるかだ。三宅以外にも、彼女に目を奪われた男子は多いのではないだろうか。

「……なに見てんのよ」

「いやー、三宅は君のどこに夢中になったのかなーって」

「――—。やっぱ三宅くん、私のこと……」

 そう呟いて僅かに目を伏せる。

 てっきり「私に魅力がないって言いたいの?」みたいな鋭いツッコミが飛んでくると思っていたが。

 どうやら彼女は、思ったより厳しく現状を捉えてるらしい。

「今日の交流会でも、みんなが康平のプリントに集まったときですら、彼は私の紙をじっくり見てたから……」

「すげぇ分かりやすいな」

「あとは、帰る途中も少し後ろの人混みにいたりしてたね」

 駅までだけど、と付け加えつつ、自分の言葉のせいで不安が増したのか、ゆっくり背後に視線を向ける。つられて僕も振り返ってしまうが、無論彼は見当たらない。

 初対面にもかかわらず、並んでの下校を提案したり、自己紹介カードを一心不乱に見続けたり、挙句の果てにストーカー紛いの行動……。

 本音を隠すのが下手なのか、そもそも隠すつもりはないのか――

「そんなことより、あんた何で宝くじのこと書いちゃったのよ」

 三宅への考察を勝手に展開していると、隣から今度こそ鋭い指摘が突き刺さる。

「あの質問自体おかしかったからさ、まともなのが思いつかなくて」

「でもあれはまずいんじゃない?お母さん怒るでしょ?」

「あの人が激昂するところを想像できるか?」

 僕らの脳裏に、平生を装う顔をして会社を辞めた女が、能天気に高笑いしている姿を浮かべる。

「……ないわね」

 昔は良く交流のあったはるかなら、少し考えれば分かることだ。

 ちなみに宝くじのことは、母さんが雪村家に回覧板を届けに行ったとき、世間話程度に漏らしてしまったらしい。最初こそ焦ったが、父さんの的確な対応により拡散されることはなかった。

 ……あれ?ひょっとして僕、当時の父さんの努力を水の泡にしたのか?

 そんな嫌な予感がしたので、気を紛らわすために話を変える。

「そういえば、はるかはどんな秘密を暴露したの?」

「え、康平見てないの?」

「え、いや、まぁ……」

 そりゃ見てないよ。なにせ例の騒ぎのせいで途中からまともに集中して見回れなかったんだから。

「別に言えない秘密ってわけじゃないけど……嘘を見抜けること」

「……知らなかった。すごい自信だな」

「お父さんが心理学者だから、よく関連した話を聞くんだけど……おかげで、ある程度は本音を察したりできるの」

「へぇ~。じゃあ君の結婚相手は安易に浮気できないな」

「私が相手じゃなくても浮気はだめでしょ」

 僕の冗談交じりのコメントに、変わらず鋭利な言葉で応酬する。



 僕とはるかの会話は、昔からこんな感じで、等身大の言葉ばかりだ。

 それが、小さなころから変わらず心地良かった。

 だから僕らの語らいは、互いの家の前まで続いた。

 途中、はるかが周囲への警戒を解かなかったので、僕も気を張り詰めてしまったが、それでも僕らの会話は愉快に弾んだ。

 とにかく笑顔が絶えることなく、言葉も止まることなく、ひたすらに会話を盛り上げた。



 ――そしてこれが、新たな火種を生むことになる。

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