2ー6

 電車に揺られること5分、僕の通う橘高校の最寄駅に到着する。

 橘高校の生徒が何人も流れ出る中、僕もそのうちの1人としてぬるっと降車する。

 改札を抜け、同じ制服の波に乗って歩き続ける。

 無論知り合いはおらず、右も左も赤の他人がひしめく状態が無情に続く。

 途中、信号に止められ、後続が延びてきくのを背中に感じながら信号を見つめる。

「ねぇ、昨日のテレビさ……」「あんたまた太った〜?」

 周囲に会話が飛び交う。気付けば、僕の両隣に立つ女子は、どちらも僕に背を向け友達と喋っている。

 いつもより長く感じられる赤信号が切り替わると、誰よりも先に歩み出る。

 恐らく、このまま教室まで1秒も口を開かないのだろう。教室でも話すことはないが。

 入学初日に言葉を交わした隣の席の男も、何故か昨日は話せる雰囲気になかった。向こうは僕以上に緊張と不安で押しつぶされそうなのだろう。

 さて今日は休み時間をどう過ごそうか、と思案げに歩いていると、学校に入る手前で後ろから肩を叩かれる。

 一般的にそれは人を呼ぶ合図なので、深く考えることなく振り返る。すると、そこにはとても見覚えのある顔があった。

「やっほ」

 淡い茶色のショートボブを風になびかせ、橘高校の制服に身を包んだ幼馴染——雪村 はるかが歩いていた。

 男子と同様に瑠璃色を基調にしたブレザー、胸元では深紅のリボンが揺れる。ブレザーに合わせたような紺色のスカートにはチェック柄が描かれている。

「は、はるか?お前、その制服……」

「何?この学校の生徒だから当然じゃない」

 スカートの裾を摘み、自分が橘高校の生徒であることを強く示す。

 しかし僕は、隣人の幼馴染が同じ学校に入学していたことをまるで知らなかった。

「てか、教えといてくれよ……」

「サプライズで驚かせたくてね。なのに昨日も一昨日も、ろくにクラスの人とコンタクトせず一目散に帰っちゃうんだから」

「耐えられないんだよ、あの空間」

 言葉を濁して返事をするが、ふと今の彼女の発言に何か引っかかった。

 僕はこの2日間、誰よりも先に、風の如く学校を去っているのだから、姿はクラスメイトにしか見られていないはず。なのに何故、彼女は僕が教室から逃げ帰っているのを知っているのか。

 その疑問に勘付いたのか、はるかが嘆息混じりに答える。

「その様子じゃ分かってないようだけど……私、あんたと同じクラスよ」

「―――えええ!?」

 予想外の暴露に大声を上げると、周囲の生徒が一斉に僕を注目する。




※※※




 強烈な再会の後、僕とはるかは並んで教室へ向かった。ちなみにこの高校は土足のまま校内を歩き回れるので、教室まで足を止めることはなかった。

 教室に着くまでの10分間、僕らは様々な話をした。

 一昨日服屋で遭遇した一件を除けば、2人きりでしっかり会話したのは小学校以来だ。中学ではお互い一度も同じクラスにならず、接点もまるでなかった。

 どうにかあの会遇が話題に出ないよう調節しつつ、双方の近況を語ることだけで会話を弾ませる。自然と、2人とも頬をほころばせながら話していた。

 教室に入ると、黒板傍の一角で男子数名が小さく盛り上がっていた。

 もう意気投合してんのか……。

 心の中で驚きつつ、自分の席に向かおうとする。しかし、1歩進んだところで後ろからはるかに腕を掴まれ、

「ここ、私の席。覚えといてね?」

 教室の最も右後ろに該当する席を指さし、ニコニコと存在を示す。

 ちなみに、はるかは知っているだろうけど、僕の席は教室の窓側の中央だ。

「覚えとくよ。というか、そう簡単に忘れられないな」

「ふふっ、それもそうね」

 微笑を漏らしながら席に座る。それを会話の終止符だと受け取り、僕は再び自分の席に向かう。

 腰を下ろしたところで、ふう、と息を軽く吐き出す。気の許せる幼馴染とはいえ、あんなサプライズ登場されてしまえば、気も多少張りつめてしまうものだ。

 肩に提げていたスクールバッグを机に置き、中から必要な教材を無心で取り出していると、

「お、おい、あんた」

 と、男の声が耳に届いた。同時に正面に人影が現れた気がしたので、視線を机の上のカバンから移す。

 顔を上げた先、クラスメイトらしき男子が3人立っていた。声をかけてきたのは、中央の体付きの良い強面な男子。

 見覚えがあるような無いような、朧げな記憶を辿りつつ、明らかに僕への用事のようなので、ありきたりな返事をする。

「僕になにか?」

「名前、確か草津 康平くんだよな」

「え?あ、はい」

「俺は三宅みやけ 隆治りゅうじだ。単刀直入に訊きたいんだけどよ……」

 僕の名前を知ってるなら、同じクラスだろうか。

 などと推測していると、三宅がズイッと顔を寄せてきた。左手で口元を隠す仕草をしながら、内緒話をするかのような小さな声量で、

「……草津くんって、雪村さんとどんな関係なんだ?」

 そう訊ねる間、チラチラとはるかに目線が送られる。当の本人はせっせと教材をカバンから取り出しており、彼の視線に気付く気配は毛頭ない。

 三宅は、どうやら僕とはるかとの関係と知りたいらしい。

 なにが起きてそんな疑問に達したのか不思議だが、別にごまかすものではない。

「友達、だけど?」

「ほらな、言ったじゃん三宅!」

「考えすぎだよ」

「お、おう、そうだよな!」

 素直に関係性を答えた途端、三宅の後ろの男子2人が食いついてきた。それと同時に、三宅も安堵を口にする。

「いやー焦ったぜ。草津が雪村さんと一緒に入ってきたからよ」

 苦笑いを含めた表情でそう言ってくる。

 なるほど、彼は僕がはるかと仲良く教室に来たのを見て、妙な勘繰りをしたのか。

 だが、そんな勘違いを巡らせたということは……。

 初対面にも関わらず、僕は思い切った質問に手を出した。

「三宅くんひょっとして、はるかのことが好きなの?」

「――――――」

 冗談めかして尋ねたのだが、一瞬で空気が凍るのを感じる。

 おっかしいな……。思春期の連中なら『何言ってんだよ〜(笑)』みたいに小馬鹿にされるはずなのだが。

 微苦笑と共に三宅の顔色を窺うと、こちらを一直線に見据えている。

 その眼に光はなく、むしろ影が差していた。

「おい……今、何て言った?」

 さっきまでよりずっと声のトーンを低くし、二度と真似できないような棒読みで呟いた。

 あれ?もしかして訊かれたくなかった?

 と問いかけようと口を開ける直前、被せるように冷徹な声を届けた。

「お前、『』って下の名前で呼んだか……?」

 脳内でゴゴゴ……と低い音が響き渡り、三宅の背後で紅蓮の炎が燃え盛る。

 そして、僕は瞬間的に悟った。


 あ~これ、面倒くさいやつだ……。


 火炎がパチパチと燃え上がる中、危険な熱波は始業のチャイムに掻き消された。

 波乱の高校生活の面影を、垣間見た瞬間だった。

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