2ー3
遠く、茉由が階段を降りる足音を聞き、顔を枕から持ち上げる。
「ふぅ……どうにか隠せたな……」
「後半は煽り続けただけだよね?」
体を半回転させ仰向けになると、机の下から出てきた彩音がベッドをよじ登ってきた。そのままピョンと僕の腹の上にジャンプすると、そこでペタリと正座する。
「大丈夫なの?凄い悔しそうな顔してたけど、落ち込んだりしてない?」
「問題ないよ。アイツは根っからの負けず嫌いだから、これで拗ねる時間があるなら次の戦略を考える
あれだけボコボコにしたんだから、再戦する気力を失ってほしいが……。
妙な胸騒ぎに顔を歪めそうになるが、辛うじて堪える。
「でも康平、最初あんなに焦ってたのに、よくあそこまで優位に立てたね」
「まぁ、曲がりなりにも茉由が生まれてから今まで見続けてきたからな」
茉由がどんなプランで近づいてきたのか、部屋を片付けてるときに大体の予想は組み上がっていた。
「まず部屋に単身で乗り込んだ時点で、母さんに信じてもらえなかったってことだよね」
「うん。私、2人の会話を盗み聞きしてたけど、茉由ちゃんの話は完全に鼻で笑われてたね」
「さすが母さん、辛辣だな……。まぁそれも含め、母さんが茉由を信じなかったのは何でだと思う?」
無論、母さんにとって茉由は可愛い愛娘だ。だから、無意味に疑うなんて真似はしないだろう。それでも信じなかったとなれば……。
「確実な根拠がなかった?」
「そういうこと。茉由はあくまで僕が部屋で話してるのを耳にしただけだから」
部屋をノックした時点でアイツの手元にまともな武器が無いのは自明だったということ。
「次に、どうして部屋に来たんだと思う?」
「そりゃ、康平に直接尋問して……」
「それもそうだが、もう1つ大切な要件があるよ。だって、ただ質問攻めにするなら昼食を待ってリビングで出来るでしょ?」
「あ、そっか……」
同じ屋根の下に住む以上、話す機会は山のようにある。まぁ今に限って言えば、僕がほぼ部屋に籠ってるためチャンスは少ないけど。
「部屋に突撃した理由……それは、途中でも言ったと思うけど、この部屋に確かな物証があると思ってたんだよ」
どんな証拠か、という具体的な発想はなかったものの、入室して尋問すれば見つかると高を括っていたはず。
「だから、僕は部屋に入れる前の段階で手を打ったんだよ。ずばり、あたかも茉由の推測が正しいかのように振る舞った」
そもそも部屋に入れることを拒み、昨夜の外出が見つかったことに動揺する。そうすればまるで自分の推理が的を射たものだと勝手に確信する。
途中で開けようと試みるであろうことも、そこで一度抵抗すれば違和感を覚えるまで二度目はないことも想像できていた。
「そして突然部屋に迎え、現実にピントを合わせてやる。そうすると、自分の間違いに徐々に気付き始めるんだ」
「……ちなみに、もしそこで部屋を調べられて、あのティッシュハウスに気付かれたら?」
「それは無いよ。ドア部分を反対側向けて蓋すれば、紛うことなきただのティッシュ箱だから。背景と完全に同化してる」
そう言って話題のティッシュハウスを指差す。彩音が視線を向けると、「ああ~」と納得した様子だ。
「そんなわけで自分の論理がズタボロに崩壊したところで、アイツが信じきってた『電話相手がいない』って前提を断絶する」
そこに用いたのは、僕も彩音も良く知る人物であるところの『雪村 はるか』——僕の幼馴染で、彩音が1年間同居してた相手。
「まぁコレに関してはさっき思い付いたんだけどね」
「最初から見せるつもりじゃなかったの?」
「うん。最初は部屋を調べさせて追い払うつもりだったんだけど、そしたら今度は部屋で話してた理由をでっち上げる必要が出てくるでしょ?場合によっては独り言凄いヤツって設定にするのも手だったんだけど」
昨夜でかけたときも、一瞬だけ独り言野郎になった。あれは割と恥ずかしかったが、まぁ理由にはなるはず。
でも、それは出来れば避けたかった僕は、途中の茉由の言葉であることを閃いた。
「途中で『中学の友達の連絡先知らないでしょ?』って言われたとき、確かにその通りなんだけど、唯一例外のはるかを思い出したんだ」
要するに茉由は、知らぬ間に自分で自分の首を絞めたわけだ。
「そんなわけでどうにか妹を追い払うことができました。めでたしめでたしー」
「康平って頭の回転早いのね」
「うーん、どうだろ。母さんたちがこういう論理立てて話すの得意だから、自然と似てきたのかもね、僕も茉由も」
「ああ、そういえばそんな話あったね……」
ハハハ……と乾いた笑いを見せる彩音。なんで渋い顔してるのだろうか。
僕の話はともかく、これで茉由が再び攻め込んでくる心配はないだろう。だが同時に、新たに学んだこともある。
「……とはいえ、茉由にバレかけたんだ。母さんに疑われる可能性も大きく浮上してきた」
「そうよね。あまり会話は控えたほうが良いかも」
「いや、それはなぁ……」
せっかく安心して寛いでもらっているのに、そこで黙ってろというのは
「第一、茉由が僕を疑ったのは、多分アイツが部屋に入ったときに僕の挙動に違和感を覚えたからだよ。だから、ちょっとしたことで簡単に気付かれる恐れはもう無いと思うな」
「……そうかもしれないけど」
目を逸らし、膝の上でワンピースをギュッと掴む。まだ何か飲み込めない部分がありそうだ。
「でも、こうやって私のことごまかすために、康平に負担かけるのは……」
「彩音」
彼女の優しさが彼女自身に後ろめたさを与えてることを理解し、僕は咄嗟に名前を呼んだ。
「——それは杞憂だよ」
間を置いて送った言葉に、彩音は綺麗な瞳をパチパチと開閉する。
「昨日も言ったけど、別に嫌々一緒に住んでるわけじゃないよ。それに、こういうの割と得意だし、ハラハラするのも愉しい、ってのが本音かも」
安心してもらいたくて、つい軽口のように伝えてしまう。合わせて、歯を見せて笑ってみせる。
それを見て、変わらず腹の上で座る彩音が一緒に微笑む。
「ほんと、康平は優しいね」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
クスクスと2人で微笑を零す。彩音の頬が鮮明な桃色になるのを見て、さらに笑みを加える。
やっぱりこの笑顔が好きだ、と再認識してしまう。
ある程度盛り上がったところで、彩音が舞うように腹からベッドに飛び降りた。
「疲れたでしょ。ちょっと寝たら?」
「そうだね。昼食はその後でいいや」
学校の教室と茉由の舌戦、どちらも僕に異常なほどの疲労を累積させた。少し気を抜けば、瞼が鉛のように重たくなる。
僕の姿を見て察したのか、可愛い小人が僕の耳元に歩み寄ってくるのを感じた。
そして直後、とても小さな美声が耳朶を打つ。
「——おやすみ」
その囁きが届いた瞬間、僕は魔法にかかったように夢世界へ
まだ昼前だというのに。
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