2ー2
ドンドンガシャガシャバタバタ。
目的の部屋をノックした直後、扉の向こうがやけに騒がしくなる。昨日のように特攻してやろうかと思ったが、後に結構な剣幕で睨まれたので、今回は黙って待つ。
……にしても、さっきの叫び声は何だったのか。
扉越しでよく聞き取れなかったが、何かしら雄叫びを上げたのは間違いない。
——私の尋問で、暴いてみせる。
心の深いところで決意した直後、目の前の扉がゆっくり動く。その向こうから、涼しい顔したお兄ちゃんが現れる。しかし、僅かに隙間を作っただけで、顔の半分程度しか覗かせない。
「やっぱ茉由か。どうした?」
「そんな慌てといて、よくもまぁ飄々としてられるね……とりあえず部屋、入れてくれない?」
その僅かな隙間を指差し、自分の意思を伝える。
この男は決して賢いわけではない。しかし、土壇場で口が達者なのも良く知ってる。
だから、私にとっては入室後が勝負で——
「断る」
バタン。
………………。
………………………………。
「ちょ、ええ!?待ってよお兄ちゃん!さっき部屋の証拠隠滅してたでしょ!?なら入れてよ!」
「お前っ、白々しすぎるだろ!てか力尽くでドア開けようとするな!壊れるだろ!」
問答無用と言わんばかりの勢いで扉を閉められたので、ならばコチラこそ全身全霊でドアレバーを押し込む。
しかし、そこは2歳差の男女ということもあり、いくら押しても動く気配がない。
ま、まさかここで
こうなれば作戦の方向性を変える必要があるかもしれない。
「はぁ、はぁ……仕方ない。お兄ちゃん、ここで話そう」
「それって僕に拒否権は……」
「ない」
「だろうな」
意外にも素直に交渉の卓に着いてくれた。もう少しゴネると思っていたが。
「単刀直入に訊くけど……昨日、ずっと部屋で誰かと話してたよね」
「んーそうだっけ」
「その相手に心当たりがないの。高校の人の連絡先を持ってるとは思えないし、中学の友達なんて繋がってないよね」
「ひ、ひどい……てか中学のこと何で知ってるんだよ!?」
「相手を誰だと思ってるの?」
扉の向こうから甲高い怒声が届くが、気にせず話を進める。
ふと、改めて扉を押し開けようと試みたが、残念ながら変わらず壁のようにびくともしない。
「昨日の昼、勝手に部屋に入ったときの動揺から何かあるとは思ったけど」
「それは昨日説明したろ?人類の宿敵が出たんだって」
「他にも、夕方にこっそりどこかに出掛けたでしょ、制服のままで」
「み、見てたのか!?」
お、声が上擦ったな。ビンゴか?
このチャンスを逃すわけにいかない。
「お兄ちゃんが入学式で超疲れてたのはお母さんに確認済みだよ。それなのに着替えもせず外出するなんて変だと思うでしょ?まぁ制服のままお昼ご飯に来た時点で疑問符は浮かんでいたけどね」
「……」
「あとはあれね、夜にこそこそリビング右往左往してたでしょ。お兄ちゃんはバレてないと思ってたかもしれないけど、あの時から既に気にしてたんだからね?まさか、たかが電話のためにボウルやらタオルやらが必要だとでも言い張るつもり?」
「……」
「今並べた謎を解き明かすには、部屋を捜索する必要があると考えてるの。だから大人しく扉を開けて?」
「……」
「……ね、ねぇ、聞いてる?」
――そういえば、さっき急に動揺してからやけに静かだ。
今思えば、なんかわざとらしかったような……?
ふと視線をドアレバーに向ける。見た目の無機質さは全く変わらないが、何故かさっきより軽そうに見える。
思い切ってレバーを勢いよく押すと、何の抵抗もなく扉が押し込まれる。あまりの無抵抗さに驚き、その勢いを止められず、大きな音を響かせながら扉が全開になる。
うわっ、と声を漏らしながら部屋に数歩だけ踏み込む。そこにいたはずの人間がいないのに驚愕が隠し切れず、本能のままに顔をあげる。すると――
「やぁ」
ベッドで寛いでる男が、気怠げに右手を持ち上げ、不躾に振っていた。
「……え、あ?」
微塵も想定できなかった状況に思考が追いつけず、ただ無意味な文字が喉から漏れる。
私の隠し切れない動揺に気付いたのか、お兄ちゃんがこちらを見ながら口を開く。
「長々と名推理ご苦労、ってところだが……そんなに気になるなら好きなだけ調べなよ。ちなみに何が見つかると思ってたのかな?」
語尾を高め、薄ら嘲笑を浮かべている。
む、むかつく……顔面に飛び蹴りをめり込ませたい……!
しかし、的確な指摘されたので、憤る思考を一度宥めて冷静に考え直してみる。
お兄ちゃんが部屋で誰かと会話してる謎の真相が、どうしてこの部屋に入れば解けると推測したのか。
それは――この部屋で会話が繰り広げられていたのを、たまたま耳にしたから。
その理由を追及するにあたって、この部屋で見つかるものは——?
「あ、あれ?あれ?」
何があると思ったんだろう?
というか、お兄ちゃんが誰かと電話するなんてありえない――その前提が、間違っていたとしたら?
その前提はあくまで、電話の可能性が低いというだけで、ゼロじゃない。
お兄ちゃんが動揺したのに味を占めて、勝手に自分の推理に自信を持っていた。そんな極小の穴があるとも気付かずに――!
事実、部屋を見渡す限り、机の上や本棚、そして勿論ベッドにも特に目に付くものはない。
「確認は済んだようだな。じゃあとどめと行こうか」
フッ、と口の端を吊り上げてベッドに腰掛けると、ポケットからスマホを取り出す。お兄ちゃんが3年以上愛用している、カバーが黒一色のスマホだ。
慣れた手つきで画面を操作すると、あるタイミングで指を止めて画面をこちらに向けた。
「確かに、僕は中学の友達や高校のクラスメイトの誰の連絡先も知らないよ」
液晶画面に写るのは、私も愛用するメッセージアプリの友だちリストだ。そしてその真ん中には、
「たった1人を、除いてね」
見覚えのあるアイコンの下に、『雪村 はるか』と記載されていた。
———忘れてたぁぁぁぁぁぁ!
私も小さい頃から遊んでたじゃん!はるかちゃんスマホ持ったとき一目散に私とお兄ちゃんの連絡交換しに来たじゃん!
「お互い高校生になったんだし、電話で話したいことの1つや2つあるさ」
「ぐ、ぐぅぅ」
……さっきから反論が思いつかない。
おかしな点は沢山ある。さっき部屋入る直前に騒いでたこととか、制服で出かけたこととか。
でもそれらを差し置いて、あれだけ可能性に想像を巡らせた結果、一番近いところにいる幼馴染さんのことを忘れていた自分が恥ずかしすぎる。羞恥で自分を呪い殺したい。
「ささ、僕はちょいと昼寝したいから、さよなら」
「く、くっそぅ……」
いつの間にかうつ伏せになっていた。枕に顔をめり込ませながら、微動だにせず私を追い払う。
兄の最悪な態度が眼前に伏している。人間性でなら圧勝のはずなのに、舌戦ではここまで雪辱を噛み締めることになるとは。
「お、おや、おやすみ……」
歯切れの悪い挨拶を残して、往生際よく部屋を出る。ゆっくり扉を閉めるが、完全に閉まりきるまで隙間から見えたお兄ちゃんは、縛られてるかのように動かなかった。
部屋主の眠りを妨げるよう、最後に私は力一杯扉を閉めた。
余韻が消え、廊下で立ち尽くして暫く経っても、ひたすらに静寂が支配していた。
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