1ー10

 両手の袋を持ち直し、僕は思わず嘆息した。

「お、重い……」

 とにかく重い。物理的ではなく、精神的に。

 高校生になり毎月の小遣いが上がり財布が膨らんだのも束の間、まさか一文無しになるとは。

「意外とああいうのって高額なんだなぁ」

「かなり緻密に作られてたから、物量じゃなくて質で値段が上がるんじゃない?」

「ハハハ……今度から買うときは気を付けないと……」

 口の端を持ち上げ、微苦笑をどうにか取り繕う。


 あのおもちゃ屋で最終的に買ったのは、椅子やら机やら身の回りに必要そうな家具のミニチュアと、彩音と同じくらいの身長で作られた人形たち。ただし、人形自体には興味なく、目的はソイツらが着てる服だ。

 流石に彩音が今着てる紫のワンピース1着というのは可哀想だ。最初に服屋へ関心を向けていたように、服に対する欲求は少なからず累積してるだろう。それに、寝るときのパジャマや今朝失った靴も必要だろうし。

 そう——高額ショッピングの原因は、クオリティの高い家具だけではない。人形たちの価格も、高校生の財布にはかなり大打撃だった。

「服だけ剥いだらバキバキに壊してやる……」

「ん?なんか言った?」

 貴重な小遣いを毟り取った人形たちに怨念を漏らすと、彩音が僕の声に反応した。

 どうやら、家具や服にたくさん頭を悩ませたのが楽しかったらしい。頬は僅かに火照り、口角は常に軽く上がっている。

 愉しそうに尋ねる彼女に、「いいや」と首を横に振り、

「ささ、早く帰ろっか。んで、彩音の部屋を完成させないと」

「そうね———でも帰るのは、イルミネーションをもう一回観てからがいいな」

 変わらぬ喧騒の中、少し憂いた声が耳の奥で反響した。穏やかな鈴の声音に、思わず息を呑む。

 よっぽどイルミネーションに思い入れがあるのだろうか。彼女の来歴からして、深い思い出があるとすれば、必然的にそれはご両親との記憶になる。

 ——もしかして、さっきの涙も。

 ふと、彼女がそっと伏せる瞳を見た。何故か、僕はその眼に既視感を覚えた。

 この眼は——部屋で、彼女が自らの過去を語るときに覗かせた、儚さが漂う眼だ。

 長すぎず短すぎない美しい曲線を描く睫毛まつげの向こうに、淡い光を揺らす瞳があった。その光は、彼女が大切に胸の奥に仕舞う記憶の輝きにも見えた。

 きっと、その記憶1つ1つは決して豊かな虹色ではない。でも、それぞれが根強く温かい光を放っているのだろう。だからこそ、彼女が知ってる思い出全ては、万物に劣らぬ豪華絢爛な燐光を巡らしている。


 それはまるで、観た全ての人々を魅了させる、イルミネーションのように——。


 そんな柄にもない回想を咲かせていると、僕はいつの間にかショッピングモールから離れたところを歩いていた。

 振り返ると、そこには目も眩むような極光が、相変わらず唯一無二の色彩を瞬いている。

 夜空の星々の輝きを奪ったかのような光束を、僕らはただひたすらに見続けた。

 思わず、笑みが溢れてしまう。


「しっかり、この彩りを瞼に焼き付けておこうか」

「うん。これが私と康平の、最初の思い出だよ」


 ———最初の思い出。

 その言葉は、とても儚く感じられた。

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