1ー9
はるかが僕の姿を見て絶句するのは当然だ。今の僕のシチュエーションはツッコミどころ満載だから。
そもそもこんな時間まで制服を着てる時点で理解不能だろう。加えて、男1人でこんな店を闊歩している。まぁ後者に関しては店中の全員が気にしてることだろうけど。
「そういえばこの店、はるかのお気に入りだったな……」
だから彩音も興味を抱いたわけだが。
「そうよ。しかも最近は良くセールしてるから、来る頻度は多いの。でも何であなたが……?」
当然の疑問だ。全て想定済み。問題は、どう答えれば無事に解放されるのか。
素直に答えるなんて論外だが、とはいえ僕がこの店に入店するための納得いく理由をでっち上げることは不可能に近い。こんな、たかが妹1人いるだけの男を……ん?妹がいる?
連想して、さっきの店員の言葉が蘇る。
――どなたかへのプレゼントでしょうか?
「ま、茉由の服を選びにきたんだ」
「茉由ちゃん?プレゼントか何か?」
「そそ。あいつの誕生日が近いからさ」
「でも茉由ちゃんの誕生日って再来月よね?」
「あ」
…………やば。
思いついた言葉を無責任に羅列してたら、思わぬ穴を突かれた。
咄嗟にはるかから目を逸らすと、胸ポケットの深いところで小さくなってる彩音と目が合った。
「——カンバ」
僕にしか聞こえない程度の声量で応援の一言を送り、グッと親指を立てた。勘違いしそうになるけど半分はお前のせいだからな。
漏らしたい悪態をどうにか心の奥底に鎮める。とにかく今は「再来月の誕生日プレゼントを買う理由」を創作しなくては。
「ほ、ほら、今日から僕ら高1だろ?これから新生活で忙しくなるだろうからさ、今日みたいに暇な内に買っておいた方が良いかも、って……」
「……なるほど、それもそうね。私も茉由ちゃんに買っておこうかしら」
おお!完璧な理由じゃないか!我ながらあっぱれ!それともはるかが単純なだけかな?
間に受けられたせいで、はるかが茉由へのプレゼントを考え始めたのは少し不安だが、この隙に逃げるしかない!
「色々見てたんだけど、何かしっくり来るのがなくて〜。今日は諦めて出直すことにしたんだ。それじゃ!」
「——待って」
後退りしながら出口へ近づく僕に、真剣な眼差しが静かに向けられた。途端に足が石になったかのように停止する。
やばい、流石にバレたか……?
「まだ何か……?」
「茉由ちゃんの好きな色って知ってる?」
「す、好きな色?えーっと……多分、紫かな?スマホカバーとか髪飾りとか、確か紫っぽい色だったと思うよ」
スマホカバーに関しては間違いなく紫なのだが、アクセサリーについては不鮮明だ。ただ彼女自身が紫系統のイメージではある。
恐る恐る望みに応えると、彼女はフッと口の端を持ち上げる。
「じゃあ……このスカートとか似合うかも!」
嬉々とした表情で、はるかは目の前に架けられたスカートを取り出す。
デザインは無地でシンプル、色はヴァイオレット一色だ。少し大人な雰囲気を醸し出しているが、確かに茉由には丁度いい美麗さが含まれてるとも思える。
あの真剣な眼は、真剣にプレゼントを考えていたのか。にしても鋭かった気もするが、それは元々の威力が凄いからだろう。
「何じっと見てんの?私の目に何か付いてる?」
「んーと、可憐で素敵な瞳が付いてますよ」
「……幼馴染の透視能力を舐めるなよ」
「褒めたんだから喜びなよ〜」
「褒められてないから怒ってんの!」
手をヒラヒラと揺らし、軽く幼馴染をあしらってみる。昔からコイツとはこんな感じだ。
「とにかく、妹が諸手を挙げて喜ぶプレゼント頼むよ」
激昂するはるかに背を向け、そそくさと場を離れる。背中に視線がグサグサと刺さるが、ここは我慢の一点張り。
2度目の店員アタックが来ることはなく、やっと店を出ることができた。
「遠かったな、出口……」
「いやーさっきのは上手くやったね。雪村ちゃんの沸点を刺激することで、君があそこから離れる理由作りをしたんでしょ?」
「まぁね。どうにかして意識を逸らさせようと思って」
顔を僅かに覗かせ、優しく労ってくれる彩音。周囲に人はいないから問題はないが、あまりコソコソとはしていられない。
「だいぶ時間食っちゃったな……急ごうか」
「うん。いよいよ今回の大本命だね」
頷き、僕は慣れた足取りで目的地へ向かう。
実は1度も入ったことのない、この建物唯一の玩具店へ。
※※※
店内は、相変わらず家族連れで溢れていた。ましておもちゃ売り場ともなれば、子供の平均年代はとても低い。
そして、そこに入るには尋常でない勇気がいるのだった。
こんな空間に1人で入店する男子高校生は、異物というより珍味だろう。
「ま、まぁ、さっきの服屋さんよりはマシでしょ……?」
「いや、似たようなもんだよ……」
何なら数分前のトラウマ掘り返されて行く気なくなったよ。
気分は最悪だが、無論入らないわけにはいかない。何せここがこの外出の最たる目的なのだから。
全ては、今日偶然出会った少女のため。
そう自分に心中で言い聞かせ、店の自動ドアをくぐる。
やはり店にいる子供は、どの子も僕の腰くらいの身長で、それだけで僕の場違い感を示唆している。恐らく店員は冷めた目で僕を見てることだろう。怖くて見られないが。
フロアのどこに何があるか分からない以上、僕らは順々に商品棚を巡って目当ての品々を模索せざるを得ない。
「ごめん、時間かかるかも」
胸元の少女に一言謝罪を挟み、僕は端のコーナーから陳列された玩具たちを見流す。
探してる最中ふと気付いたが、予想より周囲から僕への注目は無い。
店員は数えきれない客の対応に意識を完全に奪われ、チビっ子たちは並ぶおもちゃへ無邪気に盛り上がっている。そして親は、そんな子供たちが問題を起こさないよう監視するのに必死だ。
つまり、僕の存在自体を特に意識する人はいないということ。だとしたら……。
ある可能性を鑑みたのと同時、僕はやっと『ミニチュアコーナー』に到着した。
「彩音、見つけたよ」
「ほんと?じゃあ康平が適当に選んでくれたら良いから——」
「——いや、君が選びなよ」
「へ?」
意外な提案に目を丸くしているが、僕はそれを気にすることなくポケットの口を広げる。
「顔出してみて。大丈夫、誰にも見つからないから」
「で、でも……」
そう促してみたが、やはり彼女はすぐには出てこない。
周囲は引き続き大勢の客による喧騒が支配しており、彩音が不安がるのも仕方ない。
ここは、僕を信用してもらうしかない。
「大丈夫——僕がいるから」
努めて真面目な視線を、こちらを見上げている少女にぶつける。本気で安心させてあげたい、という強い想いを乗せて。
その気持ちが伝わったのか、ゆっくりと少女は顔を出した。そして見える限りに行き交う人々を確認し、全てに合点がいったように
「そっか……これなら……!」
「うん。好きなだけ悩んでよ」
パッと華のような明快な笑顔を咲かせ、「ありがと!」と答えた。
僕にしか聞こえない声で。
眼前、手のひらサイズの家具や家が並んでいる。色彩や形状まで、どれもクオリティが高すぎる。言うならば、ここには作られた別世界が成り立っている。
指先ほどの幅しかない水色のソファを摘み上げると、その感触に衝撃を受けた。
枠組みとなる黄金色の縁は針金のように硬いものの、座る部分は綿毛のようにフワフワとしてる。寸法をそのままにして巨大化させても、普通のソファと同様の働きを為せるだろう。
「すごいな……」
「私にも触らせてー」
そう要求してポケットから腕を伸ばすので、そこにソファを運ぶ。リアリティ溢れる感触に対し、僕と似たように感嘆を漏らす。
「こ、これなら
ポンポンとソファを叩きながら、彩音は興奮気味に叫んだ。
それから20分程、彼女は必死に悩み続けた。選びきれない、と言わんばかりの悩みっぷりだった。
計り知れない騒然の中、何故か彼女の声だけは常に届いていた。
幸せに染まる少女の声音を、僕は聞き逃さない自信しかなかった。
だって——この世界で僕にしか、届かないのだから。
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