1ー3
「お、お願いなので、乱暴なこと、しないで下さいね?」
「もちろんだけど、なんか言い方に問題あるな」
字面だけで見ると僕が襲いそうみたいじゃないか。
とりあえず少しでも不安を取り除くため、僕は机から離れて床に正座する。すると、隙間から人影が出てきた。
「わ、眩しい……」
窓から差し込む光に反応し、手で光を遮る小人の姿は、実に
腰まで伸ばした黒髪は陽光を吸い込んで艶めいており、女性経験の少ない人間(つまり僕)が見ると目が
着ているワンピースは唯一無二の紫紺を持っており、埃を払ってフワリと浅く舞う姿は絵画のように芸術的だった。蝶のように舞うワンピースのおかげでハッキリ視認できる、計算されたかのような身体の曲線美も輝いている。健康的な腰回りに女性らしい豊満な胸部が、男女関係なく目を惹くことは間違いないだろう。
スラリと伸びる脚は飴細工のような儚さがあり、足先を
そして何より——人形のように巧緻で触れると壊れてしまいそうな白桃色の頬と、困惑に染まっても可愛らしい顔が、ビジュアルの総合点をグッと底上げする。
ふと、僕がジッと少女を見つめていたことに気付き、慌てて目を逸らす。しかし、向こうはそれに気付いてたらしく、口をモゴモゴとさせる。
「ご、ごめん、見続けちゃって」
「いえ……小人なんて不思議ですもんね。当然の反応です」
僕が見惚れてたのは彼女が纏う壮麗さが理由なのだが、どうやら彼女はその理由を勘違いしてるらしい。でもまぁ確かに、小人なんてファンタジーな生物に意識を奪われた、という面も否定できない。
「そ、その……正直、まだ信じられないというか……」
「そうですよね……私もまだ……」
「え?」
「あ!いや!そうじゃなくて!」
パタパタと腕を振ると、「取り乱しました」と落ち着きを見せ、
「改めて、私は見ての通り小人です。ですから、あなたがその気になれば私はいくらでも窮地に追い込まれます」
「
「なので、どうかここは見逃して頂けないでしょうか」
確かに、もし僕が彼女を掴んで力を入れたら呆気なく壊れてしまいそうだ。
って、あれ?壊れるってなんだ?普通は『死ぬ』だろ?なんで『壊れる』って表現したんだろ……。
「……1つ質問したいんだけど」
「は、はい」
「君って——作り物じゃないんだよね?」
そう、僕は心のどこかで、物凄く精巧な機械なのでは、と考えていた。そもそもこの世のものとは思えない顔立ちなのに、加えて小人の存在なんて信じることができない。
ただ同時に、十分理解していた。こんな精密なアンドロイドがあるわけがない。羞恥で頬を朱に染める反応や、目配せから口振り、そして声色まで本物の人間と同然だ。現代の科学技術でこんなロボットを作れるとは思えない。もしそんな技術があるならSiriは今すぐ表情を付けて商品化すべきだ。大儲けできるよAppleさん。
「……半分正解、ですかね」
「半分……?」
「ごめんなさい、私も記憶が曖昧で……最近、なんとなく思い出せるんですけど……」
突然、胸の前で両手を強く握ると、
「私、2年前に気付けば体がこんなことになってて、それで……うっ!」
すると少女は頭を抱え、覚束ない足取りで後退する。彼女の後ろには机の棚が聳え立っている。
ぶつかる!
そう思った途端、彼女と棚の間に右手を滑り込ませ、掌をクッション代わりにする。ポンッ、と手に体重を預けた彼女は、どうにか目を開くと自分が助けられたことを理解する。
「だ、大丈夫?」
「え、あ、はい……ありがとう……」
僕の手に掛かる重量は、決して重過ぎることなく、しかしそこに生命が存在してることを認知させるような温かさがあった。
「良く分からないけど、無理して思い出す必要はないよ」
「で、でも、あなたは……」
『お兄ちゃーん、ちょっと良い?』
その声と共に、ドアがコンコン、と二回叩かれた音を響かせる。
「ま、
思わずドアの向こうにいるであろう妹に静止を呼び掛け、目の前の小人を見る。手のひらサイズの少女は、僕以上にあたふたしていた。
「と、とにかく、もっかい机の下に……」
『入るよー』
ガチャ、とドアの開く音がした。僕は正座したまま咄嗟にドアへ全身を向け、小人を自分の背中に隠す。これで茉由からは見えないはず。
隠すという即断は、我ながら見事だと思う。彼女の慌てぶりからして人にバレるのは嫌だろうし、もし妹が見て衝撃で失神されても困る。いや、意識が飛ぶことは無いか。
「お、おい。待てって言ったろ」
「何?エロ本でも隠してた?」
「お前、兄に恥じらいとかないのかよ……」
「無いよーん。ってか、お兄ちゃんなんで床で正座なんてしてんのさ」
そうか、部屋にいればベッドでゴロゴロするか椅子に座ってるのが普通だ。床で正座してるなんて、修行僧じゃあるまいし——
「やっぱエロ本隠してたのか」
「ああ、もうそれで良いよ……」
それで納得してくれるならもう良い。汚名よ、かかってこい。
「それで何の用?」
「ああ、お母さんがお昼ご飯出来たから降りてこい、ってさ」
なんだ、伝言か。
ホッと一安心し、「分かった、すぐ行く」と伝える。そうして妹が部屋を出るのを見届け——
「あ、そうそう、もう1つ」
ドアが閉まる直前で止まり、再びこちらを見る。
「は、はいっ。なんでしょうか」
「なんで敬語なの。あのさ、私の手縫い針知らない?それも2本」
「手縫い針?」
そういやこの前、家庭科の授業で裁縫道具使うって僕のお下がりを借りにきたな。高校ではもう使わないと聞いていたので妹に一式あげたのだが、どうやら針を無くしたらしい。
「僕が持っていくわけないでしょ。てか、針の管理は気をつけなよ」
「そっかぁ。最近、針だけじゃなくて色々と消えてるんだよね」
「え?」
虚空を見つめながら、無くなったものを思い出してるようだ。
ただ茉由は、簡単に物を無くすような子じゃない。幼稚園や小学校はともかく、中学になってから物の管理を怠ってる印象はない。
「えーっとね……装飾用に買ってきたボタンが6個あったはずなのに5個になってたし、塾で友達に貰ったビスケットも、昨日食べようと思ったら見当たらなかったし……まぁどっちもそんな大切な物じゃないから良いけどね」
ボタンにビスケット、そして2本の手縫い針……どれも小さいな……。
勝手に頭を悩ませてると、茉由は「とにかく、早くリビングおいでよ」と最後に残してドアを閉めた。足音が遠のいていくのを確認し、僕は再び後ろを向く。
「ねぇ、今の話だけど……」
勿論例の小人さんに話しかけたのだが、当の本人は抜き足差し足で机に向かっていた。
「おい、どこに行く気だ」
「ひっ」
肩を跳ねさせ、足が止まる。ゆっくりこちらに顔だけ向けると、幼く微笑んでみせる。直後、机の下にダッシュで潜り込んだ。
「……って、待てぃ!」
近くの冷却スプレーを机の下に噴射すると、甲高い絶叫が隙間に木霊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます