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「――さぁ二人とも、決着だ。これ以上出し惜しみは止めてくれよ? でないと」

ナデさんの腕の輝きが増して行く。『手段を選ばないぞ』と、痺れを切らしているようだ。


「言ったろう、指図は受けないと。貴様はそうやっていい気になっていろ。鼻を折ってやる」

「やれやれ」と肩を竦めるナデさん。そうは言うおもりさんだったが、本人も、静まり返った観客らも、皆が『次の激突』が最後だと分かっていた。

ピリピリとした空気。先に動くのはどちら『ピピピッ、ピピピッ』

……そんな緊張感を破るような、場違いな電子音。おもむろに、ナイトさんはポケットに手を入れ、携帯の画面を確認し、一つため息。

「ナデ、十時よ。開店まであと一時間だから急ぎましょ」

「マジ? はぁ、仕方ない。やるしかないよね」

 二人は、チラリ、おもりさんらを見て―― 消えた。

「あ?」 ゴトンッ と、何かが落ちる音。ポカンとした顔で、ディルは、リングに転がる『自分の腕』を見た。

「悪いね、もう少し相手したかったけど、巻いていくよ」

いとも容易く、ナデさんは、ディルの腕を切り落とした。

「ディルゴッ!!」

「ッッッ!?!? ンの野郎ォ!! フザケヤガッテえええ!!!」

ディルは体勢を崩しつつも残った方の腕に濃密な魔力を集中させ、

「重力圧殺(グラヴィティスタンプ)ッッッ!!!」 ただ、思いっきり、ナデさんらに向けて叩きつけた。直後、スゥッと、ぼくの意識がナデさんから離れていく感覚。同時に、大型の地震でも起きたような大地の揺れ。バリア越しにリングを見るも、砂埃で中が見えない。

『な、なんという一撃だああ!!? 会場全体がまだ揺れています!! おっと! 埃が晴れてきました! 果たして、中の様子は――な、なんだこれはァ!??』

濃密な、生温い、血の香りが、砂埃と共にこちらの鼻をくすぐった。

「ハァ! ハァ! 手応えあったぜざまぁみろ……! グチャグチャのミンチだ……!」

「わおっ、ならお昼はハンバーグだねっ」

「――は?」 ディルの顔を上げた先には、満面の笑みを作るナデさんとすまし顔のナイトさん。仕留めた筈の相手が目の前に居る。それは、まだ予想出来た事だ。しかし……ディルは気付いた筈だ。居た筈の者が居ない事に。

ディルは腕を振るわせながら、重力圧殺で開けたリングの大穴から手を離す。

「ああ……あ……おも……り……?」「うわ、グロッ」

ぼくと焔君の場所から『ソレ』は見えない。けれど。この観客の悲鳴など関係無しに。何があるのかは想像に難くない。ぼくは、焔君を見る。彼は顔を伏せ、ただ、体を震わせていた。

「パートナーをプレスしちゃうなんて酷いドラゴンだねぇ。でもまぁ、これで試合は終わりかな? 胸糞なオチだけどー」

「――テメェらが」

「ぅん?」

「テメェらがやったのかあああああああああああああああ!!!!」

ディルの、己の喉を引き裂かんばかりの咆哮。リングに散らばる石片が空に向けて浮上していく。『ゴゴゴゴゴ』と震える大気。視界が陽炎のように歪む程の重力波。未だかつて、ディルが、ここまで魔力を練った事があったろうか。

「おい人のせいかい? ホントに教育がなってないドラゴンだなぁ。ま、僕らの仕業だけど」

「殺すッッ!! テメェらッッ!! 絶対に殺すッッ!!」

「おーおーいいねぇその威勢。漸く、君の本気が見られそうだ」

『皆様! 危険です! 最早バリアは意味を成しません! 避難の準備をッッ!』

今のディルは周囲に気を遣う余裕などあろう筈が無い。何もかもを滅ぼすつもりだ。

「ほらほら二人共っ、ボーッとしてないでこっから離れるよっ、えいっ」

ファフはぼくと焔君を抱え、グンッと模擬戦場の建物を一望出来る高さまで跳躍して、


直後、「デ ス グ ラ ヴ ィ テ ィ ! !」


『リングが消えた』。


…………、


ディルの生み出した重力波は周囲のあらゆるモノを飲み込んだ。観客席まで被害は及んでいないものの、もし人が居たらブラックホールさながら引き摺りこまれ、圧縮されていたろう。

……重力波がおさまり、リングも何もない更地に一人立ちすくむディル。寂しく、孤独に、何も残らぬ勝利。

「よっ」と、ファフは地面に着地し、ぼくらをおろす。

「……ありがとう、ファフ」

「いいってことよーセンリー。ほらーホムラもしゃんとするー。竜騎士は仲間の犠牲もつきものでしょー。そんなんで一々へこまないのー」

ファフは、そんならしい容赦の無い慰めをした後、ディルの元へ向かった。切断された腕の止血でもしてやるのだろう。

「焔君……」「ああ……俺はもう大丈夫――、あ?」

何かを、感じ取ったのか、焔君は客席から身を乗り出して何かを探し始める。それから「ッッッ!?」と目を見開き、駆け出した。

「おもりッッ!!」

焔君が叫んだその名に避難から戻って来た生徒らが反応し、客席から乗り出して来た。

『真実屋、実況を再開します!! ――おおっと? どうやら、先程大騒ぎしていた焔君が何処かへ向かったようですが……ッ!? あ、あそこに倒れている女生徒は!!』

ぼくも焔君を追い掛けつつ向かう先を凝視する。あの倒れている夜色髪の女生徒は……間違いない。不幸な事故に巻き込まれた筈の、おもりさんだ。

「おもり! おもりッ! ……い、生きてるぞ! 息もしてるッ! 怪我もないッ!」

心臓に耳を当て、呼吸を確認した焔君が涙声で叫ぶと、会場はドワッ! と大騒ぎ。

『な、なんという奇跡的な幕引き! 絶体絶命! 危機一髪! 八方塞がりなそんな状況の中を! だが! 最後に生き残ったのはおもりさんとディルゴのコンビだあああああ!!!!』

コロセウムに拍手が鳴り響く。重苦しかった空気は晴れ、お祭騒ぎ。

「ちょっとディル、まだ止血してないってー」

と、そんな中、『ズズズ……』と何かを引き摺る音。

それ以外何も見えていない一体のドラゴンが、体を引き摺りながら、パートナーの所へ向かっていた。力を使い果たし、満身創痍……なのに、それでも止まる気配が無い。誰も止められない。そして、漸く、辿り着く。おもりさんの寝顔を、ただ、ディルは眺めている。「んっ……」 と、おもりさんも示し合わすように意識を取り戻して、

「……、……ディル、ゴ?」

名を呼ばれたディルは、本当に、報われたような、心から安心したような笑みを浮かべて、


「オーバー・オールド」


一瞬にして、塵となって消えた。

朽ちるように、風化するように。


「はい、お疲れ様ーっと」「一番疲れたの私だけどもね」


ディルと代わるように現れたのは――消えた筈のナデさん達。何事もなかったように、会話をしている。まるで買い物中のような、緩い空気で。

「やー中々のファイナルアタックだったよ。知り合いの宝石竜ジュエルさん並の重力魔法だ」

「ちょっと……あの人だったらここらの学園都市ごと軽く更地に出来るわよ」

「ムキになんなよ大人げない、相手褒めてる所なんだから」

ぼくは、何処かで分かっていたのだろう。先程のディルのデスグラヴィティですらこの二人が負ける事は無いと。けれど、ディルが勝ったと信じたかったのだ。勝って欲しかったのだ。

「さて――次は君が本気を見せる番だよ」

 ナデさんは、そんな信じられない台詞を、おもりさんに吐いた。

「な……! て、テメェら! こんな状態のおもりに戦えってのか!?」

「そうだよ。そんでその子が言ったんだ。『どちらかが死ぬ事で勝敗をつける』って。因みにその子はヤル気満々みたいだけど?」

「は?」 ――気付けば、おもりさんは立ち上がっていて、

「貴様が……貴様が貴様が貴様がッッ! ディルゴをッッ!!」

怨嗟の籠った瞳で、ナデさん達を睨めつけた。

「この世界では竜騎士とドラゴンは似た者同士らしいけど……その怒り方、そっくりだ」

「黙れ悪魔がああああああああああああああああ!!!!」

「天使だっての」 なりふり構わず飛び掛かるおもりさんを、ナデさんは子供でも相手するように両手を広げて待ち構えて……けれど、どちらの目的も果たされる事は無かった。


ドサリ、おもりさんが崩れ落ちる。

焔君が、彼女を気絶させた。

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