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『な、なんとぉ! 今のは竜の咆哮、でしょうか!? バリアが突き破られるような試合は初めて見ました! 物凄い威力だぁ!!』


確かに、結果だけ見れば今のを竜の咆哮だと思ってしまうだろう。

しかし、ぼくは見た。眩い光が放たれる刹那、ナデさんの左手薬指にある指輪がキラリと輝いたのを。理屈は分からないが、今の攻撃の主は、ドラゴンでも竜騎士でもないナデさん、だ。こんな恐ろしい光を隠し持っていただなんて。相手を操る電撃に、破壊の光……ナデさんの能力が掴めない。

「ちょ、なによ今の、聞いてないわよ。てか今の魔力、まさかリリスの?」

「そ。あの子は魔力の質もよく分からなくってね、ただぶっ放しただけでこの威力だ。しかもたんまり吸ってるから打ち放題ときてる」

二人にしか分からない会話なのだろうけど、あのナイトさんが引いている様子から今の光の恐ろしさ、そして、打ち放題という絶望的な響きだけは理解出来た。

「おっと安心して千里君、今の『ビームは』もう使わない。そんでまだ終わらせないよ」

ナデさんはおもむろにぼくの名を呟き、同時に地を蹴っておもりさんへと飛び込んだ。

防戦一方からの一転攻勢。振るうのは……ただの左手の手刀。それに反応したおもりさんは当然白夜を返す。真剣対手刀。結果は火を見るよりも明らかだが――

ギィン! と火花が散った。

『おおっとぉ!? 何を血迷ったかと思われた編入生さんの手刀が! 何とおもりさんの白夜と拮抗しているゾォ!? 竜騎士の持つ武器はパートナーであるドラゴンの牙や角などを加工した物! どんな腕の頑丈さだぁー!?』

いや。見ればナデさんの腕には虹色のオーラ。それは、先程放たれた光と同じ輝きだ。

「お嬢さんお二人方が全然本気出してくれないから、少し追い込ませて貰うよ」

「くっ……!」 激しい剣戟。あのおもりさんと打ちあえるなんて、ナデさんは剣の腕も確かなよう。と、ここで視界がブレ始めた。それはこの視界共有能力が切れる事を意味する。能力を解き、意識を戻す。

「くそっ、あいつら、気の無い戦い方でおもりを馬鹿にしやがって……!」

客席に意識が戻ると、焔君がリングを睨んでいた。リング上ではおもりさんの剣術とディルゴの尾撃や突進という息の合ったコンビネーションで怒涛の攻めを展開しているが、ナデさんとナイトさんのコンビがその攻撃の雨をのらりくらりと躱している。たまに思い出したように手刀を振るうも、全て寸止めで、まるで『いつでも倒せる』と小馬鹿にしてるように思えた。

「おっ、千里、戻って来たか! 何か分かったか!?」

そうだ、焔君に伝えなければならない。この試合は止めるべきだと。それがおもりさんの矜持を傷付ける行為だとしても、恨まれたとしても、止めるべきだと。悲劇が、続く前に。

「焔君っ、今すぐに」「あはっ。ほむら、ここに居ましたのねー」

……この声は、と振り返ると、

「エレク? おま、寝てなくて大丈夫か? つかその『抱えてるやつ』はまさか……?」

「ふふ、そうなんですっ、見てくださいましー。トールが『帰って来た』んですのよー」

確かに。彼女の腕の中にはドラゴンの姿のまま『小さくなった』トールが眠っている。いや……でも、トールは死んだ筈だ。ならば、似た個体、か?

「あれ? 確かにトールだね。体も力も幼竜になってるけど間違いないよー。おかしいなー、完全に消えたと思ってたのに」

ファフが言うのなら間違い無いのだろうが――『全部戻してあげるから』――ふと、ぼくはあの言葉を思い出していた。いや、まさか、そんな……。

「そ、そうか! トールが戻ったんなら万々歳だ! 兎に角エレク、今は休んどけ」

「えー? 別にどこも悪くありませんわよー? そうだ焔っ、お茶会をしましょうっ。良い茶葉が手に入ったんですのっ」

「エレク……お前……?」 彼女が来た時から、少し、おかしいと思っていた。どこか普段の彼女とは違うような、子供のような無邪気さがあると思っていたが……今分かった。

ナデさんらは、確かに見える傷は負わせなかった。だが、見えない傷は植え付けたらしい。

「エターニア、お茶会はまた後でしよう、篝火達は今は忙しいようでな。お前は見た限り少し疲れているようだ、先生が保健室まで同行してやる」

「えー」と膨れ面になるエレクさんだが、特に抵抗する様子も無く、竜宮先生と手を繋いで来た道を戻って行く。『後は任せろ』と竜宮先生は焔君に目配せし、焔君は頷いた。

そして、二人の姿が見えなくなって――すぐの事。

『おっとぉ!? 両者、動きが止まりましたよッ? 何を始めるつもりだぁ!?』

しまったっ、早く試合を止めないといけないのに! けど二人が止まった今がチャンスだ!

「焔君!」「ああ! 止めるつもりなんだろ!? 竜宮ちゃんが居ない今がチャンスだ!」

「えー、止めときなよー」と渋るファフはスルーし、ぼくらは急いでリングのある一階にまで下りる。途中乱入者等を見張る教師らも居たが、ぼくらの必死な表情で察したのか、将又彼らも葛藤していたのか、見逃してくれた。リングの側にまで辿り着いて、

「焔君っ、君ならジャンプであのバリアの破損した所から入れるよね!」

「ああ! おもりにトールの件伝えりゃおもりも頭にのぼった血が冷めるかもしれねぇしな! 退学になるかもだがんなこた後で考える! ナデ達の事もな!」


焔君はどこか楽しそうに、頼もしい事を言って跳躍。

バリアの破損部からリング内へと――

「あ?」「え?」


何が、起きた?

確実に焔君はリングへ飛び込んだ筈だ。けれど、その焔君は今『ぼくの隣』に居る。再び、焔君は跳ぶ。けれど、行っては戻っての同じ事の繰り返し。『時間を』繰り返している。

駄目だ、既にこのリングはナデさんらの掌の上。試合を中断させる事すら不可能だなんて。

「おい! お前ら試合を止めろ!」 リング内への乱入を諦めた焔君は、バリア越しに必死に中の対戦者らへ訴え掛けるも、聞こえている筈なのに、誰も反応しない。互いに、目を離さない。ぼくは……再び目を閉じ、意識を移動させる。その先は、おもりさん。

『おもりさん聞いて! トールが生きてたよ! もうナデさんらと戦う理由なんて!』

「むっ、千里か……おいあの馬鹿(焔)に言ってやれ。間抜け面をこちらに向けるなと」

『おもりさん!』

「すまんな千里。もう、止められないんだよ」

ッ! クソ! 解っていた! そういう頑固さがおもりさんなんだって! 死んでも戦いを止めない性格だって! ぼくは……駄目元で、意識を別の人へ移動させる。

「あら? おかえり千里君」

『っ……な、ナデさん、君らの強さは十分理解したよ。君らのその力を本気で向けられれば、ぼくらに勝ち目は無い。情けないけれど……おもりさんを見逃してやってはくれないかい?』

「ふぅん。やっぱり君は、僕らの『能力』を勘付いてる様子だね」

ピタリと――唐突に、世界から『音が消えた』。

「これが、僕らが見ている世界だよ」

ぼくら以外の全てが止まっている。やはり、この人達の持つ力は……。

「僕はね、この世界で君を一番評価してるんだ。君ならば皆を良い方向へと導ける」

『そんな……ぼくなんて』

「で。さっきの話だけど――ごめんね。これも『仕事』なんだ」

その時のナデさんの声色におちゃらけた様子は無くって。どこか申し訳なさげで。初めて聞いた、心からの声のようで。


……止まっていた時が動き出し、世界が回り始める。

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