39+40
開始を告げるゴングがコロセウムに響く。激突は必至――と思われた、が。
両者とも、一歩も動かない。互いに出方を窺っているのか、或いは……。
「どうした転入生? 先手は譲ってやるぞ」
「いやいや、お先にどうぞ。竜装憑依、だっけ? あれが君ら竜騎士が一番強くなれるフォームなんでしょ? 待ってるから、変身、どうぞ」
「……何のつもりだ。何を考えている」
「別にィ? ただ、僕らのルールみたいなもんでね。『相手が全力を出し切った後』に、反撃開始って決めてるんだ」
「貴様……私を愚弄するつもりか。どこまで巫山戯れば気が済む」
「いんや? 別に君だけ特別って訳じゃないよ。幹部さんらも学園長さんも生徒会長さんも、そんな感じで戦ったし? ほら、相手に全力を出させないで倒しちゃったら可哀想だし? 悔い残りそうだし?」
……それが本当ならば、それが意味するのは……つまりは全ての戦いにおいて、ナデさんらは『真剣』勝負などしていなかったという事。相手にすら、していなかった。
「ディルゴッ!」「応!」 ディルがその姿を夜色の美しい鱗を持つドラゴンへと変え、
「この常闇おもりを前にして、随分と舐めた事を言ってくれたものだ。貴様らにとって、私達は敵ですらない、と」
「んー、まぁそうだね。頑張ってる方だとは思うよ? (笑)」
「成る程、解った。ならば少しは楽しませねばな」 チャキリ 腰に下がる剣を抜くおもりさん。彼女の獲物は日本刀タイプの一振り、〈白夜〉。
「貴様ら、殺し合いが望みなのだろう? 叶えてやろう。これは決闘だ。互いのどちらかが命尽きた時を決着とする。我らがこの姿を見せた以上、無事に済むと思うな」
「かっけー。でも、ねぇ? 君の強さってどんくらい? 生徒会長さんと同じかな? ならさぁ」 期待出来ないな、とでも続きそうな話し方をして、
刹那、おもりさんが地を蹴った。激昂していると一目で解る顔。
振り下ろされる白夜。その刃先が、ナデさんの喉を切り裂いた、
と、誰もが思ったろう。
『おおっと! 何が起きたんだぁ!? 捉えたと思った一太刀は空を切り! いつのまにか編入生らがおもりさんの真後ろに立っているぞぉ!』
まるで瞬間移動。避けた、という次元では無く、現れた、という表現が正しい。
「ディルゴ!!」 しかしおもりさんはこの状況にも動じずパートナーへ叫び、意図を読んだディルは天に向け雄叫びを上げた。
『出た!! ディルゴの〈重力咆哮(グラヴィティボイス)〉! 周囲の重力を変化させ相手の自由を奪うエゲツナイ技! この黄金パターン! もう試合は決まったカァ!?』
素早く振り向いたおもりさんは再び白夜を振り下ろす。剣に重力魔法を乗せた一撃。ナデさんらは両足がリングに沈み身動きが取れない。
――鈍い音が会場内に広がる。
おもりさんの剣はその細身の刀では考えられないような巨大な鉄球が落ちたようなヘコみをリングに作っていて、
「ドンマイ。さ、早くドラゴンソウルやったやった」
そのヘコみの横で、ナデさんは眠そうな声で煽った。
――ドワッ! と盛り上がる会場。おもりさんの不可避の攻撃を難無く躱す転入生。あの戦姫が翻弄されている。その事実に興奮せずにはいられないのだろう。
「ふん……竜装憑依をしろだと? 貴様、なんでも自分の思い通りにコトが動くと思うなよ。それに、先程から何だその態度は。手など繋いで……真面目にやる気すら無いのか」
おもりさんの言うように、ナデさんとナイトさんは試合開始と同時に手を繋ぎ始めた。余裕の表れにも見えるけれど……。
「ああ、これ? いや、別に馬鹿にしてるわけじゃなくって、寧ろ逆で、これが僕らの戦闘スタイルなんだ、本気のね。『悪い事』をする時限定の姿さ」
「悪い事、だと?」
「うん。実は僕ら昔色々あって、生きるか死ぬかの弱肉強食な環境下に放り出されてね。何としてでも生きなきゃいけなかったから、当然、『悪い事』もしなきゃだった。でも、どちらか一方にさせる訳にもいかないじゃん? だから、二人でこうして手を繋いでヤレば『共犯』、てルールを作って。――ま、そんな訳で」
ニコリ、とナデさんは微笑む。いや、視点を借りてるぼくにこの人の顔は見えないのだけれど、笑ったのだと分かった。
「さっきの君の言葉を拝借するけど……僕らのこの姿を見た以上無事に済むと思うなよ」
直後、盛り上がっていた生徒ら全員が押し黙る。黙らされた。この感覚、押し潰されるような重苦しい空気は――竜の暴圧。ここに居る生徒らも、当然手練れ揃い。『大戦』を経験した者も多い。そんな数百人もの生徒らを、まとめて黙らせるような広範囲の竜の暴圧なんて……聞いた事がない。皆は嫌でも理解した筈だ。応援していたのが、どんな相手なのかを。
「くだらんな」 しかしそんな中で、その暴圧に動じていない者達も居た。
「わおっ?」 突如、グンッとおもりさんの方へ引っ張られるナデさんの体。
おもりさんの能力。触れた相手にマーキングをしておき、磁石のように引き寄せる力。良い奇襲だ。あの瞬間移動のような力は恐らくナイトさんの能力。二人を離せば、ナデさんの機動力は落ちる。つまりは、確実にこの瞬間、おもりさんは一撃を入れられる。
「ハァッ!」 白夜の一閃。これで試合は終わ「っ!?」
『な! 何をしているんだァおもりさん!? 白夜を、相手の頭のすんでの所で止めたぞ!? 慈悲の寸止めかぁ!? そんな中途半端な真似をする人では無いダロォ!?』
言いたい放題な実況の中で、「はい、捕獲完了」とナデさんはポツリと呟いた。
見れば、ナデさんの両手指からは『バチチ』と、まるでエレクさんの能力のような放電が。それがおもりさんの手足にまとわりついている。
「くっ、貴様! 私の四肢の自由を!?」
「んー、ここですっとぼけてもいいんだけど、バトル漫画よろしくネタばらしてやるか。ま、そうだね。コレで、君は何も出来ない」
これが、ナデさんの能力? 相手の体の電気信号を操る能力……本当に、コレだけか?
「テメェ、アタシを忘れてねえかッ!?」
「おっと、そうだった」 飛び込んで来たディルのクローをナデさんが避け、同時に、ディルはおもりさんの制服を噛んで救出。
「代わりにこいつをくれてやんよッ!!」
ディルがリングの床を尾撃で砕くと、破片が宙に舞い、落ちる事なく静止する。
「そのプレゼント、遠慮するってのはあり?」
「要らねぇってんなら避けてみろやッ!」
隕石轟雨(メテオシャワー)。ディルの魔力を帯びて宙に留まっていた石塊、それら全てが超高速でリング全域へと降り注ぐ。
当然、おもりさんには当たらないような精度。避けるにはリング外へと逃げるかおもりさんに近づくしか無いが、前者はバリアでリング外へ出る事が叶わず、後者はおもりさんの恰好の餌食に。どちらにしろ穴だらけになるのは避けられない。
今度こそはと誰もが思ったろう。まだ勝利を疑う者が居るならば……ぼくらぐらいだ。
「天使ビーム☆」
光、だった。
一瞬の、瞳を閉じざるを得ない程の光。音など皆無。光に音など無いのだから。
次の瞬間には、無数にあった石塊やコロセウムの上部の一部が消え去っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます